ep5
「やはり霧は消えていないか……」
フォルカーは試みに塔の外に出てみたが、まだ正午にもならないというのに辺りは薄暗い。立ちこめた霧は薄れる気配どころか深さを増しているようにも見える。
諦めて早々に塔へと戻る。焦りがないわけではないが、元々あてのない旅だ。霧が晴れるのを待つか、術師たちの到着を待つのが賢明だろう。
酒の勢いを借りて自暴自棄で訪れた森とはいえ、今のフォルカーはさすがに自らのたれ死にに行くほど正気を失っているわけではなかった。
塔に戻ったフォルカーは、与えられた自室に向かおうとする。すると再び竜が滑空してきて、こちらを向いてくっと顎をあげた。
「何だ、また俺に何か用か」
フォルカーが近付くと、竜はそこから少し離れた床へ着地する。またそちらへ近付くと、再び離れる。
「付いて来いと言うのか?」
竜に誘導されるままに後を追うと、辿り着いたのは小さな図書室だった。
小さいとは言え四方の壁は天井まで蔵書の詰まった本棚になっており、読書机も二つほど並んでいる。
飛び上がった竜が、一つの机の前で留まる。そこにはメッセージの書かれた紙が留め置かれていた。
『滞在中の退屈しのぎに、ここを使って構わない。』
古めかしい筆跡の手紙は、もちろん竜ではなくエリオの書いたものだろう。
フォルカーは頭を掻く。怒鳴ったのはこちらだというのに、魔法使いはここから出られない来訪者に気を遣ってくれたのだろう。この図書室なら時間を潰すことも出来るし、気まずい思いでエリオと顔を合わせることも少なくなるはずだ。
「……やはり一度謝った方がいいな」
そもそも招かれざる客はフォルカーの方であり、追い出されず滞在を許されているのは魔法使いの厚意によるものだ。
あの時は本気で腹が立ったが、初めて会ったエリオがフォルカーの忠誠心を理解しているはずもない。いっそ面と向かって自らの忠誠心を語り訊かせでもしたほうが、己だけでなくヴァレンテ王子の名誉の面でもまだましだったかも知れない。
フォルカーは己の不格好なあがきにため息を吐き、机上で尾を丸めた竜の背を撫でる。竜のランベルトは抵抗せず、眼を細めてされるに任せた。
「なんだ、竜というのはこんなに人懐こいものなのか? ……いや、それよりお前のご主人様が言っていた研究室というのはどこだ。エリオはそこにいるんだろう?」
だが竜はもっと撫でろと頭を擦りつけるばかりで、先ほどのようにどこかへ誘導してくれるような気配はない。
フォルカーは諦めて書棚に並んだ背表紙を眺めた。
極端に古い物や専門的な書物にはフォルカーには読めない言語のものも多いが、中には少し前に流行したロマンスなどもある。確かに時間は潰せそうだ。
フォルカーはその中から剣術についての本を一冊手に取ると、読書机の椅子を引いて腰を下ろした。
すっかり内容に熱中していた本が半ばへと差し掛かる頃、大人しく丸まっていた竜がぱちりと片方の目を開けた。
竜は起き上がると、何かに呼ばれたかのように図書館を出ていく。フォルカーも本を置き急いでその後を追いかけた。
竜が向かったのは、塔の地下にある薄暗い部屋だった。開いたままの扉からは、いくつもの棚と大きな作業台が見える。棚には何に使うのか分からない器具や本や液体の瓶などが、ランプの明かりに照らされてごちゃごちゃと積まれている。
その中に埋もれるようにして、エリオがいた。




