表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】この世でいちばん美しい魔法使い  作者: はちお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/15

ep3

 塔の小部屋で目を覚ましたフォルカーは、窓を開けた。やはり霧は晴れておらず、外はおそらく朝であるらしい曖昧な色をしている。魔法使いの言った通り、ここの霧は気まぐれのようだ。

 昨晩は到底落ち着いて眠ることなどできないかと思ったが、用意された柔らかなベッドに入ると案外すぐに眠りにつくことができた。

 これまでの旅の中でも安心の出来ない場所で眠ることは何度かあったが、それでこうも気を抜いたことはない。やはり王子と同じ顔と言うことでいくらか警戒心が薄れてしまったのだろうか。そう考えてフォルカーは嘆息する。

 その時、ドアをノックする小さな音がした。

 扉を開けてみたが、そこには誰も居ない。奇妙に思って足下まで見渡すと、昨日は気付かなかった生き物がそこに居た。

「鳥……ではないな」

 犬ほどの大きさの、大きな鳥のような、小さな竜のような、羽根のある青い生き物が足下でこちらを見上げている。

「今のはお前か?」

「――やあ、お目覚めかな旅の人」

 返事をしたのは小さな青い竜ではない。声の方向へ視線を向けると、廊下の奥で魔法使いがこちらを見て微笑んでいた。

「食事は必要かな? 私ではなく使い魔に用意させた物だけれど」

 魔法使いに招かれるまま入った部屋は食堂で、長いテーブルにはパンとスープからなる食事も用意されていた。食事そのものは簡素だが食器は質の良い物のようで、スプーンやフォークなどもきれいに磨かれている。

「……昔話の魔法使いも食事をするのか」

「厄介なことにね。人のように飢え死にすることはまずないけど、食事をしたいと思うことはある。だがそのおかげで、こうして君に食事を与えることも出来る」

「そうなのか……感謝する。ありがとう」

 魔法使いに促され、フォルカーは食事に手を付けた。何かよからぬものが入っていることを考えないわけではなかったが、もし魔法使いが悪さをしてくるつもりなら昨晩自分が眠っている間にもできただろう。

 そうやって逐一自分に言い聞かせないと、もはやフォルカーは警戒することすら忘れてしまいそうだった。

 具の入った温かいスープを口へ運ぶと、フォルカーの胃袋がじわりと温かくなる。

 魔法使いは、フォルカーの正面の席へ腰掛けると青い竜を呼んだ。

「ランベルト」

 小さな竜がばさりと翼を広げると、人が手を広げたほどの大きさになる。その翼の一打ちで竜はテーブルの上にふわりと着卓した。

「それは本物の竜か」

 目を閉じて丸くなった小竜をフォルカーが指さすと、魔法使いが口角を上げる。

「おや、偽物の竜というのが居るのかい?」

「いやそれは……よく知らんのだが」

 その返答に、魔法使いは笑った。

「それならよく見ておくといい。これは私が作った使い魔だよ。そういう意味で、ランベルトは偽物の竜だ」

 からかわれていることに気付き、フォルカーは苦い表情になる。

 本当の王子ならば、こうして人をからかうような笑い方はしなかった。顔立ちと声が似ているだけで気を許した自分の行為が、王子に対する不敬にも思えてくる。

「竜のことはいいから、お前の名前を教えてくれ」

「人に名を尋ねるというのに、自分は名乗らないのか。それともそれが最近の人間のマナーなのかな?」

「……フォルカーだ。俺が不躾だという指摘なら甘んじて受けるが、いちいち嫌味を言うのはよせ」

「なるほど、フォルカーだね。名前が必要なら、私のことはエリオと呼ぶといい」

「分かった」

 フォルカーは頷いた。偽名だろうとは思ったが、呼び名を伝えるということは魔法使いも会話をする気はあるのだろう。

「魔法使い、お前に──」

「……」

 エリオと名乗った魔法使いは、素知らぬ顔で小さな竜を撫でている。

「──エリオ、聞きたいことがある」

「何かな?」

 言い直して名を呼ぶと、ようやくフォルカーを見る。面倒な奴だと思うのと同時に、敬愛する王子の顔を見せられることで一瞬波立つ気持ちもある。

「この森を出るにはどうしたらいい」

「簡単さ。入って来た道を逆に戻ればいい」

「おい、それが出来ないから訊いているんだ」

 フォルカーが顔をしかめると、エリオは目を細めた。

「自分から勝手に入って来ておいて、その訊き方かい?」

「……迷ったのだと言ったろう。それに、この森は入ったときから何かおかしかったぞ。同じところばかり歩かされる」

「それはこの森に《入ろうとした》からだ。出ていく者は惑わさない。霧さえ晴れればね」

「そう……なのか?」

「この森の魔法使いが、人間の滞在を歓迎しているとでも思ったのか? 入らせたくない相手なら、出て行かせたいに決まっているだろう」

 確かに一夜の寝床と一食は与えてくれたが、歓迎されている実感はまるでない。人を惑わせて捕らえるつもりがあるなら、嘘でももう少し違った態度になるだろう。

「それなら、霧はいつ晴れるんだ」

「さあね。言っておくがここの霧は私のせいではないよ。人払いに都合が良かったから、この場所を選んだだけだからね。ついでに親切心で言うが、霧の出ている間は出歩かない方がいい。ただでさえ人を迷わせる上に、気付かず水辺で足を滑らせて死ぬ者もいる」

「……忠告感謝する」

 歓迎はされていないが、少なくとも思っていたよりはずっと親切な魔法使いではあるようだ。

 退治をする気などとうに失せていたフォルカーは、酒場で聞いた話をエリオに伝える気になった。

「聞いてくれエリオ。この近くの町に、王都からの兵士が来ていた。お前を捕らえるために、討伐隊として高名な術師を呼んだらしい」

「ふうん……」

 だがエリオは少し首を傾けただけで、そう驚いた様子もなかった。

「知っていたのか」

「いいや。だが昔から、時々そういうことはある。能力のある術師を寄越すというのなら本気なのだろうが、それならかえって話が通じそうだ。私の姿に惑わされずにいてくれるかも知れないからね」

 思いのほか楽観的な様子に、フォルカーは拍子抜けをする。

「討伐隊の派遣が、よくあることなのか?」

「長く生きているとね。とは言え、普通の人間ではまず霧を抜けてここまで来ることが稀だし、私の姿に驚いて統率がとれなくなることも多い。何もしなくても、目の前で殺し合いが起きたこともある」

 話を聞いたフォルカーは、もし自分が討伐隊の兵士であったらと考えて身震いした。目の前で王子と同じ顔と声の者が害されて、大人しく見殺しにできるだろうか。逆に自分が誰かの愛する人と同じ姿の者に切りつけて、邪魔をされないと言えるだろうか。

 訪れたのが自分一人であったことは、ある意味幸いだったかも知れないと思う。同時にこの魔法使いが、こんな場所を選んで一人でいる理由も少し分かるような気もした。

「討伐隊も、安全のために霧が晴れるまでは森に入らないだろうね。もし霧の中を無事にここに来られるような術師がいるなら、君も隊と一緒に帰るといい」

「なんだ、討伐をされる気などまるでないようだな」

「それはそうさ」

 エリオが椅子から立ち上がる。小さな竜は、もう撫でてくれないのかとやや不満げに首を上げたが、諦めたのかまた丸くなった。

「君のように剣を持った怪しい旅人を、どうして簡単に塔に招き入れたのだと思う? 君が善良そうだったから? それとも太らせて食べるためかな?」

 言いながら、魔法使いは卓のこちら側にゆっくり歩いてくる。フォルカーはほとんど反射的に、念のため足下に置いてあった剣に触れる。

「いいよ。その剣で私を斬ってご覧」

 笑みを浮かべたエリオが、無防備に両手を広げる。それがかえってそら恐ろしい。

「そんな……理由がない」

 言いながらも長年の鍛錬の成果か、その手はじりじりと剣を引き寄せてしまう。魔法使いを退治するのは、ここへ来た理由の一つでもある。このまま武器を取るという選択肢も、ないわけではない。

 だが、これほど余裕がある魔法使いを素直に切れるものだとも、ここで相手に敵意を向けるのが得策だとも、どちらも到底思えなかった。何より、王子と同じ顔をした相手を切るということに、強い抵抗感がある。

「案外律儀だね。たとえ斬っても、森の魔法使いを退治したと言われて責める者はないよ」

「責められるからではない。俺が、嫌だ」

「この見た目のせいかな? それなら先に言っておくが、君は私を殺すことは出来ないから安心するといい」

「本当だな?」

「本当だよ。嘘であっても君に損はないと思うがね」

「……わかった。ならば俺は刃の当たる直前で手を止める。動いて怪我をしても知らんぞ」

 フォルカーは立ち上がって剣を抜く。軽く振り抜こうと下に構えた途端、急激に剣の重さが増した。

「……ッ!」

 ゴツ、と重い音を立てて石造りの床に剣が落ちる。想定した動きがとれなかった身体は咄嗟に剣を避ける。

「ああ、君に怪我がなくて良かった」

 エリオは、皮肉なのか本心なのか分からない言葉をかける。

「何だ、今のは……」

「好きなだけ試しても構わないよ。何度やっても同じ事になるけれど」

 フォルカーが剣を拾うと、それはいつも通りの重さで手に収まった。しかし再び斬り付けようと構えた途端に、手に負えない重さになる。

 討伐隊が『何度も』訪れるということはつまり、これまで彼が一度も討伐されていないことを意味していた。

「これで分かっただろう、私を殺せる者は誰もいないんだ。時間でさえもね」

 その自信ありげな言葉に反して、声は微かな憂いを帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ