ep11
「私の生は人のものよりも長い。君を失った後の私に、共にいたよりもずっと長い時間を一人で過ごせと言うのかい?」
魔法使いの噂がおとぎ話になるほどの長い時間、この男はそうした別れを幾度となく経験してきたのだろう。エリオの言葉にフォルカーはそう気付いて、胸を突かれた。
「君と共にいるほど、私は今よりも君と別れ難くなる。たとえ君が会いに来てくれたとしても、死ぬまで君を閉じ込めておけたとしても、どちらにせよ君は先にいなくなるんだ」
「それは……」
あやうく『だが、いずれ慣れるはずだ』と思いかけたフォルカーは、すぐにそれを飲み込んだ。自分がかつて王子を失った時にそんな言葉はいくつも聞かされたが、只中にある哀しみの慰めにはまるで役に立たなかったからだ。
「君がこのまま旅を続けてくれれば、私はきっとどこかで君が旅をしているのだと思いこむ事が出来る。これから先、ずっと、何年も、何百年も」
「そうして何年も何百年も、一人きりでいるのか」
「今はまだランベルトがいる。私はこれまでもずっとそうだったんだよ。君がここを訪れさえしなければ」
「……邪魔をしたのは俺か」
「ああそうだよ、君は本当に酷い男だ。でも君が来なかったら、私は君を憎むことすら出来なかった」
魔法使いの顔はいつの間にか弱々しく歪み、まるで駄々をこねる幼子のような表情になっていた。
「君ももう気付いているかも知れないけど、私が『その人の最も愛する者の姿』として見えるのは、昔にかけられた古い呪いのせいなんだ。ずっとそれを解こうとしていたら、いつの間にか魔法使いと呼ばれるようになっていた」
「だからここで呪いの研究をしていたんだな……」
「それも、最近ではよく分からなくなってきてしまったよ。呪いが解ければ私はどこにでも行ける。でも君は、王子の姿でない私への興味を失うかも知れない」
「そんなことはない!」
そんなことはないはずだと、フォルカー自身も信じている。今となっては王子のこととは無関係に、エリオ自身への親愛の情もある。だが実際にエリオの本当の姿を目のすることもできずに、口先だけではないと伝えることは難しい。
「すまない、私も君を疑っているわけではないんだ。信じたいと思う。もちろん呪いも解きたい。……それなのに私は、私自身の姿を見せて君に拒絶されることがおそろしくもある」
言い終えると、エリオは力尽きたように項垂れた。
「どうせ私は一人きりでしかいられない。人里では暮らせない。君をここにとどめることも、ともに行くこともできない。何が魔法使いだ。呪われてただの人でいられなかった私は、こんなものになるしかなかったんだ……」
やはりエリオは王子とは似ていないとフォルカーは思う。王子はたとえ死の直前であっても弱みを見せなかった。それどころかこんなに不器用な哀しみや怒りを向けられたことなど、無論なかった。
エリオがフォルカーに見せたのは、皮肉げな笑みや赤くなった頬や、こうして項垂れた姿だ。それらはフォルカーにとってヴァレンテ王子を思い出すようなものではなく、すべてがエリオのものだった。
「──エリオ、俺はお前が愛おしいと思う」
とうに抱いていたが言葉にはしていなかった気持ちを、フォルカーは初めて口にした。
「だからお前をヴァレンテ様だと思うことは俺にはできないし、そのつもりで抱くこともない」
フォルカーはエリオの肩を抱いた。己よりも少し低い体温の身体が、抵抗もなくことりと引き寄せられる。こんな時でさえ、その重みが他愛もなく嬉しい。
だがこの腕の中にある青年の身体さえも呪いの姿形なのだとしたら、この気持ちはどこへ向かわせれば良いのだろうか。たとえ本当の姿が美しくても醜くても、大きくても小さくても老いていても幼くともかまわないから、この気持ちだけはエリオ本人に向けたものだと思いたかった。
「ありがとうフォルカー。その言葉だけで今の私には充分だよ」
エリオが片手を少し動かすと、ベッドサイドの灯りが急に消えた。突然の暗闇の中で何も見えないフォルカーの隣で、エリオが立ち上がる。
何を、と問う前に、フォルカーの頬が両手で包まれる。額に柔らかいものが触れて、すぐに離れた。
「いっそ私に、君をここに閉じ込めてしまう勇気があれば良かったのに……!」
額に口づけられたのか。フォルカーがそう気付いたときにはエリオの気配は離れていった。
「もう行くよ。出発の前に大事な睡眠を邪魔して済まなかったね。最後の夜だと言うのに、こんな終わり方をさせてしまって悪かった」
「エリオ、お前は」
「すまないけれど、顔を見ないで欲しい。……今の私は世界一醜い魔法使いだ」
そう言って、エリオは来たときと同じように静かに部屋から出て行った。
一人とり残されたフォルカーは後を追うことも出来ず、閉じられた扉を闇の中で呆然と見つめていた。それから耐えきれず足元に向かって呪詛を吠え、大きく息を吐くと、顔を覆って寝台に寝転がった。
ここにいて欲しいと、エリオが一言乞うだけで自分にはその望みを叶えられる。だがあの男はそれすらも厭わしい程に孤独をおそれているのだ。
そこから夜が明けるまでの時間は嫌になるほど長く、いっそ朝にならなくても構わないとさえフォルカーは思った。




