女子校に入学しました(バレたら終わりです)
第一話
女子校に入学しました(バレたら終わりです)
第一章 理事長室
春の日差しが差し込む理事長室で、俺は人生最大級の理不尽に直面していた。
窓の外では桜が風に揺れている。
世間は新年度。期待と希望に満ちた季節だ。だが俺には関係なかった。
なぜなら今、人生の分岐点に立たされていたからである。
しかもかなり悪い方向の。
「今日からあなたは女子です」
そう言ったのは、俺の叔母であり、聖ルミナス女学院の理事長でもある柏木真由美だった。
紅茶を優雅に飲みながら。
あまりにも自然な口調で。
まるで、
「今日は晴れね」
くらいのテンションで言われた。
対する俺は頭を抱えていた。
温度差がひどい。
「嫌だ」
「即答ね」
「むしろ何秒悩むと思った?」
「三秒くらい?」
「ゼロ秒だよ」
叔母は楽しそうに笑った。
全然面白くない。
俺はソファから立ち上がる。
「まず確認する」
「なに?」
「ここ女子校だよな?」
「そうね」
「俺男だよな?」
「そうね」
「じゃあなんで俺が女子の制服着るんだよ!」
ばんっ!
思わず机を叩いた。
理事長室に乾いた音が響く。
しかし叔母は平然としていた。
紅茶を一口飲み、
「似合うから?」
と首を傾げる。
「疑問形で言うな!」
「だって本当に似合うんだもの」
「褒めても誤魔化されないからな!」
「残念」
「残念じゃない!」
叔母は肩をすくめた。
まったく反省している様子がない。
こっちは人生がかかっているんだぞ。
少しは緊張感を持ってほしい。
いや本当に。
マジで。
心の底から。
「そもそもさ」
俺は額を押さえながら言った。
「なんでこうなったんだよ」
「説明したでしょう?」
「聞いた」
「なら問題ないわね」
「問題しかないんだけど!?」
事の発端は奨学生制度の手続きミスだった。
俺自身も詳しく理解しているわけではない。
推薦枠。奨学金。学籍登録。色々な手続き。
それらが奇跡的な確率で噛み合った結果、なぜか俺は女子校へ入学することになった。
普通なら取り消しになる。
しかし色々な事情が重なった結果、叔母が出した結論は、
「女装して通いなさい」
だった。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
「もっと他に方法あっただろ」
「なかったわ」
「絶対あった」
「なかったの」
「ある」
「ない」
「ある!」
「ない」
小学生か。
俺たちは。
しかし叔母は先に折れた。
いや折れてない。
面倒になっただけだ。
「いいから」
立ち上がった叔母が俺の肩を掴む。
嫌な予感しかしない。
そのまま部屋の隅へ連れて行かれる。
そこには全身鏡が置かれていた。
「見てみなさい」
「嫌だ」
「見なさい」
「嫌だ」
「見なさい」
「強引だな!」
半ば無理やり鏡を見せられる。
そして。
俺は言葉を失った。
鏡の中にいたのは、どこからどう見ても女子高生だった。
紺色のブレザー。
胸元のリボン。
チェック柄のスカート。
肩まで伸びる栗色のウィッグ。
軽いメイク。
整えられた眉。
中性的な顔立ち。
全部が噛み合っていた。
正直、想像以上だった。
「……」
「ほら」
「……」
「可愛い」
「言うな」
「かなり可愛い」
「二回言うな」
「学校一も狙えるわよ」
「狙いたくねえよ!」
俺は鏡から目を逸らした。
悔しい。
すごく悔しい。
でも。
確かに女の子に見える。
それも問題だった。
「どう?」
叔母が聞く。
「……」
「どう?」
「……いけそうなのが腹立つ」
叔母は満面の笑みを浮かべた。
「でしょう?」
「嬉しそうにするな」
「そりゃ嬉しいわよ」
「なんで」
「可愛いから」
「その理論やめろ」
叔母は上機嫌だった。
最悪だ。
本当に最悪だった。
「一年間ね」
「軽く言うなよ」
「大丈夫」
「それ一番信用できない」
「絶対バレないわ」
「その根拠は?」
叔母は俺を指差した。
そして堂々と言い放った。
「顔」
「最低だな!」
理事長なのに判断基準が顔だった。
終わっている。
色々終わっている。
しかし。
結局。
俺には選択肢がなかった。
このまま進学資金を失うわけにもいかない。
高校生活を棒に振るわけにもいかない。
だから。
やるしかない。
やるしかないのだ。
たとえそれが、女子として女子校へ通うという狂気のミッションだったとしても。
俺は深くため息を吐いた。
窓の外を見る。
桜が風に舞っていた。
誰か言っていた。
春は出会いの季節だと。
だったら俺の場合は何だ。
事件の季節か。
トラブルの季節か。
いや違う。
もっと正しい言葉がある。
人生終了の季節だ。
「はぁ……」
「頑張りなさい」
叔母は笑う。
「一年後にはいい思い出になるわよ」
「ならなかったら?」
「その時考えましょう」
軽い。
とことん軽い。
俺はもう一度ため息を吐いた。
そして鏡の中の自分を見る。
女子高生。
どう見ても女子高生。
だが中身は男。
この秘密がバレたら終わり。
退学一直線である。
俺は鏡の中の自分に向かって小さく呟いた。
「終わったな……」
もちろん。
その時の俺はまだ知らない。
明日から待っている女子校生活が、今想像しているより何倍も過酷で、何倍も騒がしくて、何倍も楽しいものになることを。
第一章 理事長室 完




