第8話 中下位の五人
王立総合実務院の広場に張り出された巨大な掲示板の前は、統一資格試験の前半戦を終えた受験生たちの熱気と溜息で溢れかえっていた。
試験は全四科目。第一科目『法規・手順(配点二十)』、第二科目『専門個人技能(配点三十)』。この二科目の速報値が、名前と共にずらりと並んでいる。
人混みの後ろから背伸びをして自分の名前を探していたリーゼは、見慣れた四人の名前を見つけると、ふうっと長く息を吐き出した。
「どうだった、リーゼ」
「……ギリギリよ。全員、本当にギリギリで首の皮一枚繋がってるわ」
後ろに控えていたバルトたちに、リーゼは少しだけ引き攣った笑みを向けた。
彼らカルド分校の第一期生五人の成績は、お世辞にも華々しいとは言えなかった。名簿の上から探すよりも、下から探した方がずっと早い。上位陣にはセドリックをはじめとする中央校のエリートたちが名を連ねており、点数には絶望的な開きがあった。
だが、五人のうち誰一人として『赤線』は引かれていなかった。
「各科目で得点率四十パーセント未満なら、その時点で即失格……本当に危なかったわ。フィオナなんて、専門個人技能は最低線を一点上回っただけよ」
「う、うるさいわね。出力不足なんだから仕方ないでしょ。でも、照明と切断の小術で拾った一点よ」
そっぽを向くフィオナに、マリエルが苦笑する。
試験は能力の限界を測るものではない。一定の基準を満たせるかどうかを問うものだ。彼らは自分の欠点が治っていないことを誰よりも理解していた。だからこそ、できる範囲で一点ずつ拾ったのだ。
バルトは自分の太い指を見つめ、ホッと肩の荷を下ろしていた。
元農夫である彼は、文字情報の処理が極端に遅い。第一科目の『法規・手順』の筆記試験は、彼にとって最大の鬼門だった。
試験開始の合図と共に、バルトは問題文の長文を『読む』ことを早々に諦めた。代わりに、グレンに教わった通り、問題文に書かれている現場の状況を余白に『図解』として描き出した。文字の羅列を、荷車の重心、滑車の支点、ロープの結索という自分に馴染みのある物理的な構造に置き換えて理解したのだ。
読むスピードは他の受験生の倍以上かかったが、図解による状況把握は正確だった。結果は八点。二十点満点中の四十パーセントという、まさに崖っぷちの最低点突破だった。
一方、ノエルもまた己の欠点と正面から向き合っていた。
第二科目の『専門個人技能』において、斥候志望の彼は試験官の前に立つなり、はっきりとこう告げたのだ。
『僕は魔力感知が完全にできません。ですから、別規定による非魔法観測での受験を申請します』
魔力探知が主流の現代において、その申告は試験官を驚かせた。結果として彼は、鳥の鳴き声、風の匂い、草の踏み跡といった物理的な痕跡だけを紙の点検表で辿るという、途方もなく時間のかかる試験ルートに回された。
競争形式の課題では当然ビリだった。だが、彼の提出した観測記録は事実と推測が厳密に分けられており、観測の精度そのものは基準を満たしていた。
「……教官の言う通りでしたね。できないことを隠さなければ、使い道はある」
ノエルがぽつりと呟くと、他の四人も無言で頷いた。
彼らは奇跡の力で覚醒したわけではない。中下位の落ちこぼれのままだ。だが、決して折れないしぶとさを身につけつつあった。
午後。
大講堂に集められた全受験生を前に、統一試験主任のアデル・クロフォードが登壇した。
四十代の彼女は、仕立ての良い制服を隙なく着こなし、眼鏡の奥の瞳には微塵の感情も浮かんでいない。規則と公正さを何よりも重んじる、冷徹な実務官だった。
「前半戦を終え、すでに二割の受験生が足切りで姿を消した。残った諸君には敬意を表する」
アデルのよく通る声が、講堂の隅々にまで響く。
「明日行われる後半戦は、第三科目『混成協働課題(配点二十)』、そして明後日の第四科目『最終実地(配点三十)』だ。通常合格の要件は、四科目の総合点が六十点以上であること。ただし、どの科目であっても得点率が四十パーセントを下回った瞬間、総合点に関わらず不合格となる。一つでも手を抜けば、即座に終わりだ」
受験生たちの間に緊張が走る。
配点が二十点の協働課題なら八点未満。三十点の実地なら十二点未満がアウトだ。五人のように前半戦でギリギリの点数しか取れていない者は、後半で少しでも失敗すれば総合六十点に届かない。
「それから、例年通り試験規程の確認を行っておく」
アデルは手元の分厚い規程集をめくり、淡々と読み上げた。
「試験規程第四十七条、非常時代替評価。戦乱、あるいは大規模な自然災害等により、最終実地試験の継続が不可能となった場合に適用される特例だ」
「災害……?」
「そうだ。その場合、委員会は通常の採点と総合順位の決定を停止する。対象となるのは、事故前に行われた三科目すべてで最低点(四十パーセント)をクリアし、かつ三科目の合計が四十八点以上である者のみだ。その条件を満たした者が、災害時の行動において資格要件に足る働きをしたと複数の記録と証言で全会一致で認定された場合、最終実地を『資格合否のみ』で代替判定する」
講堂がざわついた。
最終実地で最低点の十二点を取れば通常合格点六十点へ届く者だけが、代替審査へ進める。事故以前の不足を、美談で埋める規程ではない。
「勘違いするなよ。この四十七条は、試験が破綻したという国家の不名誉を示すものだ。使われない方がいい規程だ」
アデルは規程集をパタンと閉じ、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「だが、規程はある。万が一の時には、我々は規則に則り、一切の温情を挟まずに諸君らの行動を審査する。肝に銘じておくように。説明は以上だ。後ろの掲示板に、明日の第三科目『混成協働課題』の班分けを張り出している。各自確認すること」
アデルが降壇すると同時に、受験生たちは一斉に後方の掲示板へと群がった。
明日の協働課題は、初対面の相手とどれだけ連携できるかを見るための混成チームで行われる。誰と同じ班になるかは、点数を左右する死活問題だった。
人の波を掻き分け、掲示板の前に辿り着いたリーゼは、自分たちの班の構成を見て目を丸くした。
「嘘でしょ……」
「どうしたの、リーゼ」
後ろから覗き込んだマリエルも、その名前の並びを見て息を呑んだ。
『第十二班:リーゼ、バルト、マリエル、フィオナ、ノエル』
『同班:セドリック・ローヴェン、その他中央校生五名』
カルド分校の落ちこぼれ五人と、中央校の首席候補率いるエリート集団。
昨日、背中さえ追えなかった相手と、まさかの合同チームが組まれていた。水と油のように正反対の技能と思想を持つ彼らが、明日、一つの課題に挑むことになる。
リーゼは掲示板を見つめたまま、無意識に胸ポケットの『三項目カード』を強く握りしめた。




