↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が止まっても授業は終わらない ~五十二歳の辺境教官、落ちこぼれ五人に「全員で帰る手順」を教える~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/49

第27話 知らない成功

夕刻の北警備門を、空の医療便が戻ってきた。


 御者台のユートが腕を交差させ、左右へ開く。午前にリーゼから受け取った停止と分離の手信号だ。門番たちが同じ合図を後続へ渡し、中央の救護車線だけを空けて荷車を通した。


「今度は塞いでいないな」


 ダリオが言う。リーゼは胸元の赤い非常札へ触れた。


「はい。中央は最後まで救護用に残します」


「なら明日もそれで捌け。四十七秒の遅れは、始末書に残す」


 仮任用の取り消しではなく、明日の仕事が渡された。リーゼは返事をしてから、ユートの荷台に残った泥の手形を見た。どこで付いた印なのかは知らなかった。


 詰所の壁には、ダリオが描き直した退避図が貼られている。午前にリーゼが歩行者を中央へ集めた矢印は赤く消され、同じ中央の一本が救護用の無人線として太く縁取られていた。


 リーゼは自分の始末書へ『次回は中央救護線を先に確保』と追記した。助けた人数ではなく、次に変える一動作を残す。



 給水局西系統では、フィオナが手動弁の札へ『閉』の矢印を塗っていた。


「右、閉。左、開。声に出してから触れ」


 ガルムは新しい確認手順を言い渡し、浴場と染色工房から届いた損失票を自分の机へ積んだ。


「限定給水を決めたのは俺だ。お前は三十四秒と、回し間違いかけた事実を書け」


 フィオナは報告紙へ『全域復旧できていれば損失は――』と書きかけた。だが、三十四秒の間に圧力針が上がった光景が戻り、横線を一本引く。文字はまだ透けて見えた。


 その下へ事実だけを書き直しても、目は一度、大術式環へ戻った。判断は直せても、全域を救いたかった気持ちまでは消えていない。守った病院幹線とは別に、台帳上の商業枝管につながっていた治癒院別棟で水が止まり、倉庫から樽が走ったこともまだ知らなかった。


 復旧班の若い技師が、塗りたての矢印を指でなぞった。


「暗くても向きが分かるよう、刻みも入れよう。塗料が剥げたら同じだからな」


 フィオナは彫り鑿を受け取った。小さな改善にも、自分だけで完成させられない箇所が残っていた。



 治癒院では、届いた清潔水で最後の洗浄桶が満たされた。


 マリエルは水樽の手形へ掌を重ねたまま、搬送員へ尋ねた。


「この印は、南倉庫で?」


「ああ。大柄な見習いが始めたそうだ。手形は二人、だってさ」


 バルトの手だと分かった。けれど、彼が午前に南二と南三を読み違えたことまでは伝わってこない。マリエルも、自分が診断枠を二十三秒待ったことを水樽へ書かなかった。


 待合では、肩を外した患者がまだ痛みを訴えていた。診断枠は戻っているが、順番を変えた遅れまでは巻き戻らない。マリエルは謝罪を一度で済ませず、残り時間を三分ごとに伝えた。



 西郊測量地では、依頼主の商人が延期確認書へ渋い顔で署名していた。


「空洞がなければ、今日の損失はそちらへ請求する」


「承知しました」


 イヴァンは受け取り欄へ署名し、ノエルへ打診槌を渡した。


「明朝はお前が井戸と虫音を先に確認しろ。そのあとで魔導測量を重ねる」


「僕の確信は、まだ五割です」


「だから重ねるんだ」


 五割は百にならなかった。それでも、翌日の観測から外されることはなかった。


 ノエルは一本目の杭を抜かず、赤布を結んだ。自分が二分十四秒黙った間に打たれた位置を、翌朝の照合点にするためだった。



 南物流組合の第三倉庫では、白墨の丸、一本線、泥の手形、二重結びが、ネラの筆で臨時作業板へ写されていた。


「バルト。明日から伝票は指差して、相手と一字ずつ読む。分かったふりをしたら、その場で外すよ」


「分かった」


「硝子器の破損は私の命令。南三番の誤指示はあんたの責任。混ぜるんじゃない」


 バルトは口述した誤指示記録へ拇印を押した。作業板の手形は残ったが、それが治癒院まで届いたとは思ってもいなかった。


 帳場係が翌日の伝票を一枚持ってくる。バルトは反射的に受け取ろうとして、手を止めた。


「南二。……合ってるか、一緒に見てくれ」


「合ってる。南二だ」


 読めたふりをしない確認は、昨日までより一呼吸遅い。その一呼吸を、ネラは急かさなかった。


 五人は互いの失敗を知らない。自分の手順が、別の現場で一度ずつ形を変えたことも知らない。ただ、五人とも明日の持ち場を命じられていた。



 夜。カルド分校王都連絡所へ、各所管から二重封筒が五通届いた。


 外封には照合用の速報副本が入り、内封は所管印で閉じられている。内封の中身は、本人の記述と現場責任者の副署を転写し、原本保管番号と照合印を付けた認証写し正本だった。原本はそれぞれの職場に残されている。


 ヘレナとグレンは外封の速報副本だけを開いた。ヘレナは損失欄と処分欄を確かめ、グレンは余白の携帯時刻を拾う。五通の内封には触れなかった。


『停止初認十一時四十三分二秒。駆動復帰十一秒。非常停止発令四十九秒。判断遅延四十七秒』


『同期盤異常初認十一時四十三分〇秒。手動対応開始三十四秒。危険圧解除十一時四十四分十三秒』


『診断枠停止初認十一時四十三分一秒。紙選別開始二十四秒。魔法待ち二十三秒』


『測量器異常初認十一時四十二分五十六秒。安全域復帰十一時四十三分十四秒。中止進言十一時四十五分十秒』


『荷役停止初認十一時四十三分九秒。駆動表示復帰二十三秒。安全確認十一時四十六分五十四秒。伝票誤読一件』


 壁時計の公式欄は四十一分から四十五分まで散っている。携帯の生時刻は四十三分前後へ集まっていた。


「揃った、とはまだ言えないわね」


「ああ。時計ごとの進みと、朝の鐘との差を戻す」


 グレンは五枚の速報副本と自分の未送信遠話記録を、新しい照合用搬送封筒へ収めた。その表に二文字を書く。五通の内封は、所管印を切らないまま別に残した。


『要補正』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。