第2話 落第理由を言え
木張りの教室に、朝の鐘が二つ目まで響いた。
前日の木箱は、指定枠から九メートル以上離れたままだった。洗っても落ちきらない泥が、五人の靴の縫い目に残っている。
グレンは黒板に五本の縦線を引いた。
「昨日、何ができなかった」
誰も答えない。
「理由や夢は要らん。できないことだけ言え。先に言った者から座っていい」
最初に立ったのはリーゼだった。椅子の脚が床を擦り、ひどく大きな音を立てた。
「選択肢が三つを超えると、最初の一つを忘れます。昨日も、誰を止めるか考えているうちに動けませんでした」
グレンは一本目の線の横に『三つ』とだけ書いた。
フィオナが鼻を鳴らす。
「私は大術式を続けられない。起動できても、すぐに息が上がる」
「それで、昨日は錆びた軸を直せなかった」
「分かってるわよ」
白墨が二本目の横に『続かない』と走る。
マリエルは自分の指を見たまま言った。
「深い傷は塞げません」
それだけ言うのに、三度息を継いだ。
「でも、浅い傷なら――」
「今日は、できることを足すな」
グレンに遮られ、マリエルは口を結んだ。
ノエルの番になった。彼は立たず、窓の外を見たまま話した。
「魔力感知ができません。見つけたことも、確信がないと黙ります」
「昨日も何か見てたの?」とリーゼが訊いた。
「滑車の下の地面が傾いてた」
「どうして言わなかったの」
「間違ってたら、また時間を使わせるから」
「黙ったせいで三十分全部使ったでしょう!」
ノエルの肩が縮む。教室の後ろで、バルトが重い腰を上げた。
「俺は字が遅い。急がれると、読んだふりをする」
フィオナが振り向いた。
「読めないの?」
「読める。遅いんだ。似た札が並ぶと、勘で選ぶ」
「現場でそれをやったら困るわ」
「だから言ってる!」
バルトの拳が机を鳴らし、マリエルが身を引いた。リーゼは二人を止めようとして、フィオナとノエルにも目をやり、また言葉を失った。
グレンは止めなかった。五人の声が途切れるのを待ってから、黒板を振り返る。
『三つ』『続かない』『塞げない』『黙る』『読むのが遅い』
「少なくとも、試験までに都合よく消えるものは一つもない」
フィオナの顔が険しくなった。
「じゃあ、私たちをここへ集めて何をするんですか」
グレンは昨日使った紙札を机へ置いた。雨で滲み、細い字は半分読めなくなっている。その隣に、結び目を三つ作った縄と、赤布を巻いた縄を並べた。
「字が遅い者の前に、同じ字の札を並べない。三つを超えると止まる者に、十の判断を同時に渡さない。続かない術へ、三つの仕事を押しつけない」
マリエルが顔を上げる。
「できない人に合わせるんですか」
「現場では、いる人間で仕事を終える」
グレンは赤布の縄をバルトへ投げた。バルトは反射的に受け取る。
「明日は橋を架ける。バルト、お前がやり方を決めろ」
「俺が?」
「ただし、読んだふりをしたら全員を川へ落とすと思え」
バルトは赤布を握り、笑うべきか怒るべきか分からない顔をした。
グレンは黒板の五つの言葉を消さなかった。
「隠した欠点は、他人には見えない。見えないものは補えん。以上だ」
終業の鐘が鳴った。五人はすぐには席を立たなかった。
昨日より空気は悪い。それでもフィオナは、席を立つ前にバルトの縄の結び目を一度指で確かめた。誰がどこで手を離すかだけは、昨日より見えていた。




