第16話 首席ではない合格
東区画十八名の生還から三日後、王都の新聞は彼らを『奇跡の受験生』と呼んだ。
試験主任アデル・クロフォードは、委員会の冒頭で新聞の束を裏返した。
「美談は採点資料に含めない」
東区画十八名については、最終実地の得点と順位を付けないことが先に決まっていた。その上で、事故前の条件を満たす者だけを、資格合否について個別に審査する。トマ、イリナ、ヤンを含む他十三名の個別審査は別枠で進められ、今はカルド分校五名の番だった。セドリックだけが証人として後部席に残っている。
審査室の中央に、リーゼ、フィオナ、マリエル、ノエル、バルトが一列に立った。長机の上には、泥の乾いた紙票、切れた縄、鉤形に曲がった扉の写図、ノエルの観測紙が並んでいる。
アデルは一番左のリーゼを見る。
「なぜ止まった」
「魔導橋の上で補助が一斉に消え、転倒者が出たからです」
「最初の指示は」
「その場で停止。点呼と負傷確認です」
「人数の根拠は」
「出発名簿十八名と、二名一組の呼称確認。移動のたびに再点呼しました」
「なぜ課題品を捨てた」
「試験を続ければ、負傷者の搬送が遅れると判断しました」
「つまり試験放棄か」
「はい。帰還を優先しました」
アデルは一度も頷かず、フィオナへ移った。
「魔術師セイル。怪物へ攻撃術を使わなかった理由は」
「倒せる出力がありませんでした。魔力の強い方へ寄る動きを見たので、攻撃すればこちらへ引いた可能性があります」
「可能性?」
「理由は分かっていません。現場で確認できたのは、魔導具と防御術へ向かったことだけです」
「扉では何を焼いた」
「留め金ではなく、錆びた割りピン一本です」
次はマリエルだった。
「治癒師ノース。重傷二名を治癒しなかった理由は」
「私の出力では塞げません。塞げるふりをすれば、止血と搬送が遅れました」
「何をした」
「圧迫止血、固定、保温。歩ける三名を先に処置し、担架の人員を確保しました」
「失敗は」
「最初の一人へ手を置いたまま、他の四人を見るのが遅れました」
アデルのペン先が短く動く。
「斥候ノエル。空白の原因は」
「分かりません」
「鉱殻喰いではないのか」
「分かりません。あれが魔力のある物へ寄り、周囲の低下を悪化させた可能性はあります。空白が先か、あれが先かは、僕の記録では決められません」
「報告を遅らせた事実は」
「あります。混成課題で、鳥声の変化を最初は黙りました」
「本番では」
「事実、推測、確信度を分けました」
最後にバルトが前へ出る。
「実務員エッガー。扉の開放手順を説明しろ」
「扉の隙間へ丸太を入れて支点を作り、滑車で引く向きを揃えました」
「誰が配置図を書いた」
「書いてません。俺は字が遅い。泥の丸、線、結び目で示して、リーゼに復唱してもらいました」
「損傷は」
「ロープ一本。扉は再使用不能。あと、途中で荷重の見積もりを一度間違えて、引くのを止めました」
五人の答えは短く、ところどころ不格好だった。だが、ノエルの時刻記録、セドリックを含む十三名の証言、外周側の救護記録と食い違わなかった。
後部席から、腕に包帯を巻いたセドリックが立つ。
「東区画の指揮権をリーゼへ渡したのは僕です。外部同期を失った後、僕の装備と手順より、彼女たちの確認法が状況に合っていました。課題品を最初に捨てたのも僕です」
アデルが問う。
「君は彼らを英雄と考えるか」
「いいえ。判断が遅れ、損失も出しました。ただ、十八名を帰すのに必要な仕事はしました」
審査室が静まった。
アデルは得点表を開く。
「カルド分校補完実務班、五名。事故前の三科目は、全科目で得点率四十パーセント以上。合計四十八点から五十二点。最終実地の最低点十二点を得れば、通常合格点六十点へ届く者である」
彼女は次の紙を重ねた。
「東区画十八名への第四十七条適用を確認する。そのうちカルド分校五名について、安全確認、救護、連絡、搬送、撤退判断が資格要件を満たすと、委員会は全会一致で認定した。最終実地は資格合否のみで代替判定する」
フィオナの握った拳が震えた。
「東区画十八名には、最終実地点、総合点、総合順位を付与しない。個別審査の合否に関わらず、同区画から首席者は出ない」
点数なし。順位なし。既存規程に基づく、ただの合格。
「異議は」
「ありません」
五人の声が重なった。
扉の外で聞いていたグレンは、そこで初めて壁から背を離した。声をかけず、廊下の端に置かれた空の担架を救護倉庫へ戻しに行った。
*
同じ夜。王立魔力環境局の地下保管庫で、研究官セラ・オルテは二枚の記録紙を机へ並べていた。
一枚は、東区画で発生した二十七分の局地空白。もう一枚は二十三年前、辺境の観測坑道で起きた落盤事故のものだ。
古い方の表紙には、死亡者の名が記されている。
『ユリウス・レイン研究員』
セラは二本の線へ定規を当てた。どちらも崩落の直前に乱れ、途中で記録が途切れている。似ている。だが同じ原因だと決めるには、二例では少なすぎる。
「似ている、まで」
彼女は自分へ言い聞かせ、比較表の結論欄を空白にした。
代わりに、地域の異なる古記録を請求する用紙を五枚書く。事故名ではなく、発生時刻、欠測時間、復帰遅延、地盤変位の有無で探すためだった。
最後の一枚へ署名した時、保管庫の時計が零時を打った。
セラはユリウスの記録を閉じなかった。
まだ答えではない二本の欠測線が、暗い机の上で向かい合っていた。




