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魔法が止まっても授業は終わらない ~五十二歳の辺境教官、落ちこぼれ五人に「全員で帰る手順」を教える~  作者: 他力本願寺


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第12話 魔法が止まる

その瞬間、世界から一切の『補助輪』が外れ落ちた。


 東区画の最深部。深い谷底の旧坑道の上に架かる、幅の広い魔導橋を渡っていた時のことだ。


 谷全体を青白く照らし出し、低く唸っていた高出力の中継核が、まるで心臓の鼓動が乱れたようにチカッ、チカッと激しく脈動し――次の瞬間、プツリと完全に沈黙した。


 同時に、受験生たちの視界を覆っていた魔導地図の光が弾け飛び、耳元の通信器から一切の音が消え去った。


「なっ……!?」


 先頭を歩いていたセドリックが、呻き声を上げて片膝を突いた。


 彼が纏っていた魔導装甲の駆動補助が急停止したのだ。それだけではない。魔力による『身体強化』で険しい地形を踏み破っていた中央校生や他校生たちは、突然体を支える見えない糸を断ち切られたようにバランスを崩し、次々と硬い橋の床材へ激しく転倒した。


「痛っ! なんだ、いきなり強化が切れて……!」


「地図が消えたぞ! おい、誰か照明を出せ!」


「ダメです、外気からの魔力同調が全くできません。術式が崩れます!」


 深い谷底は完全な暗闇と混乱に包まれた。


 それが、後に《局地空白》と記録される二十七分の始まりだった。


 正確には、魔力そのものが消えたのではない。外の魔力と術式が噛み合わなくなったのだ。体内に残した僅かな魔力なら燃やせる。だが、水筒の水だけで火事を消そうとするほど量は限られていた。


「本部に連絡を取れ! 予備の通信器があるだろう!」


 転倒した他校の生徒が怒鳴る。中央校生の一人が慌てて腰のポーチから別系統の予備通信器を取り出し、魔力スイッチを叩いた。


 だが、何度叩いても赤い警告光が点滅するだけだった。


「繋がりません! 予備も死んでます!」


「そんな馬鹿な! 主通信とは別の機器のはずだぞ!」


 機器は別でも、時刻合わせと位相制御は同じ外部同期網を使っていた。セドリックは二台を見比べると、すぐ予備をしまった。


「同じ基盤だ。叩いても戻らない」


「セ、セドリック……!」


 暗闇の中、リーゼは震える声で前衛の影を呼んだ。


 彼女自身は日常的に魔力補助を使いこなせていなかったため、急停止による転倒は免れていた。しかし、想定外の事態に頭の中の選択肢が爆発し、呼吸が浅くなっていた。


「セドリック、班長! 指示を! どうすればいい!?」


 恐怖に駆られたリーゼは、反射的に最も優秀な『権威』であるセドリックへと指揮権を投げ返そうとした。


 だが、暗闇の中でゆっくりと立ち上がったセドリックは、魔導装甲の重いパーツをガチャリと外し、床へ投げ捨てながらはっきりと告げた。


「僕では無理だ、リーゼ」


「え……?」


「身体強化も探知も死んだ。外部同期を前提とした僕の非常時手順は、今の環境では一切適合しない。だが、君たちの外部同期を使わない手順なら、この暗闇でも機能するはずだ」


 セドリックの声は震えなかった。彼は橋の中央から一歩退き、リーゼが全員を見渡せる場所を空けた。


「君が指揮を執れ。僕らは君の指示に従う」


 リーゼは息を止め、胸元の紙片を握った。


「……分かったわ」


 リーゼは両手で自分の頬を強く叩き、腹の底から声を張り上げた。


「全員、その場から動くな! 惰性で動けば落ちるぞ! まずは点呼だ、怪我の状況を声で報告しろ!」


『止まる』『数える』。


 グレンの教えが、冷たい夜気に響き渡る。


 中央校生たちもセドリックの決断に従い、一人ずつ声を上げた。マリエルとバルトが手探りで倒れた者たちに触れ、状態を確認していく。


「全員で十八名、生存確認!」


「ですが、橋の上で転倒して、骨折の疑いが二名、歩行困難が三名! 他校のヤンは右脚を動かせません!」


 マリエルの報告に、リーゼは唇を噛んだ。


「フィオナ! 光源は確保できない!?」


「今やってる! 訓練で開けた型と同じよ。外の同期線を抜いて、密閉電池から開閉器と灯りへ直接繋げば……!」


 カチッ、という物理的なスイッチ音と共に、フィオナの手元で淡いオレンジ色の小灯が点灯した。外部の魔力に依存しない、機械的な直結回路による灯り。その光が、不安に怯える十八名の顔を微かに照らし出す。


「よし。重傷者を橋から降ろすわ。バルト、担架の準備を」


 リーゼは懐の『三項目カード』を握りしめ、生存・人数・退路の確保に思考を集中させた。歩けない五人をどう安全な場所へ移すか。その人手と道具の割り振りに意識の九割を割いていた。


 だからこそ、彼女は足元の微かな変化に気づけなかった。


「……待ってください」


 最後尾にいたノエルが、耳を澄ませて声を上げた。


「事実。橋の下で、予備ロックが二度空打ちしました。中継核が止まって、橋の姿勢補正も落ちています。右の斜面から水が出てる。転倒して、全員の重さが右へ寄った」


 ノエルの声は震えていたが、あの日のように黙り込むことはなかった。


「推測。長雨で緩んだ橋脚側の斜面が、片寄った荷重ごと滑ります。確信、七割!」


「なっ……!」


 リーゼの脳裏に、梁を模した砂袋が落ちた時の音と、自分でカードに書き足した『上方、二次崩落』の文字が閃いた。


 三項目だけに固執し、第四の危険を見落とすところだった。


「バルト、担架は後回し! 怪我人を背負え! 全員、橋から降りて坑道側の岩場へ走れ!!」


 リーゼの絶叫。セドリックやバルトが負傷者を抱え上げ、全員が橋から岩場へと飛び移る。


 直後、ズルリと重い音が響き、彼らが先ほどまで立っていた魔導橋の片側の地盤が、泥流と共に谷底へと崩落していった。橋脚がねじれ、巨大な桁が斜めに傾いて止まる。


「……間一髪、だったな」


 セドリックが息を吐き出す。


 岩場に逃れた十八名は、土煙の中で咳き込みながら、ノエルとリーゼの判断に救われたことを悟った。


 だが、安堵する暇はなかった。


 ゴリッ……ゴリ、ゴリゴリゴリッ……。


 地盤が崩れたことで露出した、旧坑道のさらに奥深く。


 そこから、硬い岩盤を何か巨大な顎が噛み砕きながら、真っ直ぐにこちらへ這い上がってくるような、不気味な振動が響き始めた。


 局地空白の暗闇の中、真の脅威が口を開けようとしていた。

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