8 シュナーさん
「温まりましたかな」
「ええ。おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。こちらこそ、傘を持ってお待ちしているべきでした」
「雨が降る前に戻ってこられれば良かったのですが」
小屋の主、シュナーさんが、ずぶ濡れのパパンのために湯を沸かしてくれた。ここでは風呂やシャワーといった文化がないようで、乾いたタオルで拭いたあと、足湯に浸かっていた。
肉体疲労は一切感じないにも関わらず、風呂を求めてしまうオレは、転生してもなお日本人なのだと痛感する。むろんショートは避けなければ。
防水になれば入れるのか……?
「粗末なものですが、よろしければ召し上がってください」
テーブル一面に並べられた食事は、粗末なんて呼ぶにはあまりに豪華だ。大きな鳥の丸焼きに、ビーフシチューっぽいもの、野菜のチーズがけのようなもの。見るからに柔らかいパン。他は何だかよく分からないが、唯一分かるのは、これらが間違いなく美味いこと。
「すみません」
「とんでもない。ほかでもない、あなた様のためです」
「せっかくだ。冷めないうちにいただこう」
これはあれだ。皇族王族が食べる食事だ。
パパンの作る食事ももちろん美味いが、この食事は献上品の感がすごい。つまり絶対に美味い。
「魔法は見つかりましたかな」
「ええ。とても良い出会いがありました。スクモーが見つかったのです」
「なんと。スクモーが。私はもう耐性の上限を迎えてしまい、ここ数年は魔法を探しにも行かなくなりましたが、この丘を守っておいて良かったですな。そんな強力な魔法が飲み込まれでもしたらと考えると……」
「ええ」
待て。魔法耐性に上限があるなんて聞いてないぞ。体得できる魔法に限りがあるってことか?オレ、強すぎる魔法飲み込んじゃったけど。
パパンを問いただす必要ありだな。
「それにしてもしばらく見ないうちにすっかり大きくなられて」
「もう中年太りを気にする歳になりましたよ」
シュナーさんと談笑するパパンは、いつもと何かが違う。なんというか、普通だ。普段のパパンは、変態感を隠しもしていないが、今は滲んですらいない。借り物感がすごいな。
「そちらがお話の魔法使いですかな」
「ええ。娘のパンです」
「可愛らしくていらっしゃる。しかしなんとも、見慣れない容姿ですな」
「遠い東の方に生息する動物をモデルにしました」
「さようでしたか。つぶらな瞳なんかは、思わず見惚れてしまいますな」
「パンちゃん、ご挨拶を」
(……パンです。どうぞよろしく♡)
「パン デス。ドウゾ ヨロシク♡」
可愛い娘で貫くつもりか、この変態は。
仕方がないのでパパンの指示通り可愛くしてみた。気持ちの上では声を高くしてみたが、変わらず無機質な声だ。
念のため、ぶりっ子ポーズもしてみようか。
(……キャハ)
「キャハ」
「可愛らしいお嬢様ですな」
「いやー自慢の娘です」
恐縮という言葉を知らんのか、この変態は。
ハッ。ツッコミ間違えた。パパンの満足そうな顔を見たら間違えた。
娘じゃねえ。おかげでがっつけない。こんなに美味い食事を前にがっつけないだなんて。お嬢様と呼ばれるのはなんともむず痒い。
スープを小さく口に運ぶ。ああ、ごくごく飲みたい。パパン、恨む。
「こちらのシュナーさんには昔から世話になっているんだ」
可愛らしい娘を演じながら会釈する。
「この国ではトップクラスの魔法使いだ。何か困りごとがあったら助けてもらうといい。きっと力になってくださる」
「こんな老いぼれでお力になれますかどうか」
こういう時の、可愛い娘の正しい対応は――
(師匠とお呼びしても?)
「シショウト オヨビ シテモ?」
上目遣い、ぶりっこポーズを添えて。
沈黙が流れる。間違えたか。
パパンが目をパチクリさせている。
間違えたな。ただ無意味に恥ずかしい。「お世話になります」とか無難に言うべきだったか。
可愛くなろうと生きたことなどない。可愛くなれと言われても。脳から汗が噴き出している気がする。
「ハッハッハッハッ。いやー、血は争えませんな」
……つながっていないが。
「いえ昔、お父上に全く同じことを言われましてね。魔法耐性を持たないお父上に、私がして差し上げられることは何もなかったんですがね、師匠、師匠とずっと私ついて回っていらしたのですよ」
この二人はどういう関係なんだろう。なんとなく聞いてはいけないような気がして、聞けなかった。
「懐かしいですな。パンお嬢様の師として、お父上の師として、できる限りのお力添えをお約束いたします」
どうやら本当にパパンの幼少期をよく知る人のようで、幼き日のパパンの話をたくさん聞いた。
おねしょを隠蔽するために、風系の魔法で乾かしたこともあったらしい。師匠と呼ぶ割には都合よく利用しているような気もする。
それにしても、変態にもそんな可愛らしい時期があったのか。
パパンの子どもの頃の話に花を咲かせているうちに、外はすっかり暗くなっていた。雨も弱くはなったが上がる気配はない。
「こんなボロ屋ですが、今夜はお泊まりください。この天気で外に出られては、風邪を引いてしまいます」
「お世話になろうか、パンちゃん」
(はい♡)
「ハイ♡」
朝までずっとこれか。しんどい。やめたい。
「泊めていただくお礼に薪割りでも何でもしますよ」
「いえいえ、とんでもない。あなた様にそのようなことをさせただなんて知れたら」
「これでも一人暮らしは長い。薪割りも慣れましたよ。パンちゃんいこうか」
(はい♡)
「ハイ♡」
裏の軒下に薪が堆く積まれていた。木を倒してからしばらくは、乾燥させなければ薪としては使えないらしい。知らなかった。スイッチひとつで誰でも使えるエアコンとIHコンロで生きてきたオレが、知る由もない。いかに便利な生活をしていたかが、今なら分かる。
人生初薪割り。今はパンダ生だが。
斧を振りかぶって……
バキバキ
「……もう少し力を抜いて大丈夫だ」
薪どころか薪割り用の台である丸太まで砕いてしまった。オレ強いんだった。地面を割らなくて本当に良かった。
「斧の重みを利用して、木に刃を入れるイメージだ。無理に割ろうとしなくて良い。あとは斧の重みで割けていく」
力を抜いて再挑戦。
カーン
勢い余って下まで突き抜けた斧は、下にあった石を砕いた。当然、刃も欠けた。
「……薪割りはパパンがやろう。中でシュナーさんの手伝いを頼めるか」
(はい♡)
「ハイ♡」
あれ、今シュナーさんいなくね。無駄に恥ずかしい。
中ではシュナーさんがパンを捏ねていた。
「ああ。パンお嬢様。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
(いえ。お泊めいただくお礼には足りませんでございます)
「イエ。オトメイタダク オレイニハ タリマセンデゴザイマス」
(それより何かお手伝いいたしましてことよ)
「ソレヨリ ナニカ オテツダイ イタシマシテコトヨ」
「お嬢様の手を煩わせるわけには参りませんよ」
(私がサボったなんてしれたら、お父様ブチギレ案件ですのよ)
「ワタクシガ サボッタナンテ シレタラ、オトウサマ ブチギレ アンケン デスノヨ」
いつか見たアニメに出てきたお嬢様はこんな感じだった。はずだ。急にお嬢様だなんて呼ばれたもんだから、乏しいお嬢様の引き出しを必死に探した。
「ではお願いしましょうかね」
(ええ。何でも申し付けてくださってよくってよ)
「エエ。ナンデモ モウシツケテ クダサッテ ヨクッテヨ」
「この生地を捏ねていただけますかな。明日の朝食用です」
(はい♡)
「ハイ♡」
人生で(もういちいちパンダ生だなんて言い直さない)パンを捏ねるのも初めてだ。しょっちゅう食べていたが、パンを食べるための苦労と言えば、家から出て買う程度のもので、ネットで頼んでしまえばそんな苦労すらせずに美味いパンにありつけた。ありがたき日本。
シュナーさんの動きを見よう見まねでやってみる。確かこう、グッと力を入れていたな。よく言う腰を入れるってやつか。
ガシャーン
台ごと破壊。
「何事だ?!」
パパンが斧を片手に駆け込んできた。
「お前ッ!シュナーさんすみません。力加減が下手で、薪割りの台も粉砕してしまって」
そうだった。オレ壊しまくってるんだった。
(すみません!シュナーさん。本当にすみません)
「スミマセン!シュナーサン。ホントウニ スミマセン」
「そんなことよりパンお嬢様。お怪我はございませんか」
(全く。強さだけが取り柄なので。それよりこれ……)
「マッタク。ツヨサダケガ トリエ ナノデ。ソレヨリ コレ……」
「こんなものはどうにでもなりますよ。お嬢様にお怪我がなくてなによりです」
「本当にすみません。今持ち合わせがないので後日弁償します」
「頭をお上げくださいな。何よりあなた様のお子様ですからな。6歳のあなた様を思い出しますな。元気があって何よりです。ハッハッハッ」
お嬢様なんて力じゃない。物を破壊したことを元気の一言で片付けていいような歳でも、元気があることを褒められるような歳でもないんだが、何も言えない。
「ああ。忘れていたのに……」
パパンが急に顔を真っ赤にして俯いた。
「お父上がまだ6歳であらせられた頃、トリッシャー国から友好の証として送られた、大切な陶器のライトを壊されたのですよ。それはそれは、こくお……おっと。話しすぎですな。さあ。怪我をする前に片付けましょう」
こくお……?国王?まさかな。
コクオなんたらていう、人の名前か何かだろう。
それにしてもオレ、しっかりしろ。パンを捏ねることすらできないのか。名前パンなのに。
結局、シュナーさんとパパンに椅子に座ったまま大人しくするよう命じられた。
暇すぎて、ひたすらボンゴラッレを発動する。これなら最悪、最大で出力してしまっても、オレの周囲に硬いシールドができるだけだ。周囲に害はない。
ボンゴラッレで魔力調整するとどうなるんだ?強度の違いか?
色々な魔力出力で発動してみるが違いが分からない。まあ、シールドだな。
「ボンゴラッレですな」
シュナーさんがシールドに気がついた。
(はい♡)
「ハイ♡」
「ボンゴラッレは地上でも、もちろん強力なシールドとなりますが、海中での発動する方が広範囲に渡って防御ができる魔法なのですよ」
(海中でですか?)
「カイチュウデ デスカ?」
「ええ。今は最大出力をしようが、自分にピタッと貼りつく程度、せいぜい自分が触れているものしかシールド内には入りませんな」
(はい)
「ハイ」
「海中では、出力量に応じてそのシールドを張るエリアの広さを調整できるんですよ。強い魔法を出力すればしただけ、シールドが広範囲に及ぶ。海に潜る魔法使いはほとんどいませんので、知っている者はいないでしょうがな」
(海の中で魔法使いが必要になることはないんですか?)
「ウミノ ナカデ マホウツカイガ ヒツヨウニ ナルコトハ ナインデスカ?」
「ないわけではありませんが、魔法使いも人間です。水中では息ができません」
(ああ。それは魔法でもどうにもならないんですね)
「アア。ソレハ マホウデモ ドウニモ ナラナインデスネ」
「水中で呼吸ができる魔法は存在しているとされていますがね、その魔法が存在するとされる場所があまりに過酷で、誰も取りに行かないのですよ。美しい魔法だと文献に記載があり、数十年前に挑んだ魔法使いがいたようですが、その後帰っては来なかったそうです」
(そうなんですか……)
「ソウナンデスカ」
「もう少しそちらでお待ちくださいね」
シュナーさんが片付けに戻ってしまった。
海中でどうなるのか興味はあるが、どのみち防水になるまでは海には潜れない。防水になったらやってみよう。オレ、防水になれば潜っていいのか?息、してるのか、オレ。
その、過酷な場所にあるっていう魔法も気になるな。オレ、どの程度の過酷さまで耐えられるんだ?
炎、問題なし。
水、壊滅的。
風、未知。
暴力、勝てる。
考えられる攻撃があまりにも乏しい。魔法集めて攻撃の手数を増やさないと、これじゃ誰にも勝てん。
そして暇だ。もうボンゴラッレは飽きた。
他にオレが使える魔法は、ジェット、イグニース、ボンゴラッレ、フォルセルチ、スクモー。
スクモーならここで使っても問題ないような気が。スペルは確か……
「さあ。パンちゃん。寝ようか。明日は水の魔法を探しに行こう」
(……水なのに防水じゃなくていいの?)
「ミズ ナノニ ボウスイ ジャナクテ イイノ?」
「ああ。行くところは引き潮になれば水がなくなる場所だ」




