9 ポンコツ親子
「どうやら今は満潮のようだ。時刻を間違えたな」
朝かなり早起きをして、シュナーさんに朝食用と昼食用のサンドイッチを持たせてもらったオレたちが今いるのは、手ぶらの人間とパンダ型ヒューマノイドでは立ち入ることのできない、満潮時刻の洞窟の入り口。
海から少し離れているが、満潮になるとここまで水が入ってくるらしい。下を覗くまでもなく水が溜まっているのが分かる。離れている分、多少潮が引くだけで洞窟から水はなくなると、パパンは言っている。
だとしたら、ピンポイントで満潮の時間にやってきたパパンって一体……。
(パパンって、割とポンコツだよね)
「パパンッテ、ワリト ポンコツ ダヨネ」
「なッ!と、とりあえずここで潮が引くのを待つぞ」
(焦ってるとか言うわりに、昨日も木の下でボーッとする時間あったな)
「アセッテル トカ イウワリニ、キノウモ キノシタデ ボーットスル ジカン アッタナ」
「脳を休めるためにも大事な時間だぞ。お前は脳なんだから」
間違ってはいない。が、聞いたことのない文章が故に、言葉として処理するまでに時間を要した。
(あ、そうだ。昨日の話、今してもいい?)
「ア、ソウダ。キノウノ ハナシ、イマ シテモ イイ?」
「昨日の話……ああ。聞こう。時間はたっぷりある」
(パパンのせいで)
「パパンノ セイデ」
「……サンドイッチを食べながらにしよう。空腹は正常な判断を鈍らせる」
最もらしいことを言いながら、サンドイッチを差し出してきた。丸い白パンにたっぷり挟まれている具。サンドイッチまでもが献上品感満載の豪華さだ。オレには分かる。これは美味い。
シュナーさんのおかげでパパンのポンコツがチャラになる。感謝だ。感謝しろよパパンも。
話をする前に一口。
新鮮なシャキシャキ野菜にかかっているソースが、野菜の甘みを引き出しながらほんのり塩気を感じる絶妙な味付け。そしてこの酸味が、たっぷり入ったハムの肉肉しさを和らげながらハムらしい旨味を最大限に活かしている。ガッツリしているのに、朝から食べてもくどくないこの妙。なんてことだ。
あまりの美味さに言葉も出ない。オレ、貴族じゃなかった。王様だった。
もう一口頬張り、しっかり味わってから話を始める。
(魔法を飲み込んだとき、頭に言葉が浮かぶんだ)
「マホウヲ ノミコンダトキ、アタマニ コトバガ ウカブンダ」
パパンがサンドイッチを食べる手を止め、オレの顔を見ながら真剣に聞いている。ポンコツな変態ではあるが、有言実行タイプのようだ。
(初めはただの意味の分からない言葉だと思ったんだけど、どうもそれがスペルなんだよね)
「ハジメハ タダノ イミノ ワカラナイ コトバダト オモッタンダケド、ドウモ ソレガ スペル ナンダヨネ」
あまりに見つめられるので気まずくなり、食べるのをやめた。さすがに恥ずかしい。この美味さをお預けか。くそっ。
「魔法を飲み込んだだけでスペルが分かる、ということか」
(そう)
「ソウ」
パパンが考え込んだ。
「そんな話は聞いたことがないな。確かなのか」
(ジェットのときは突然のことで、浮かんだ言葉をちゃんと覚えていなかったから、なんとなくそんなだったな、って感じだけどその後のは間違いない)
「ジェットノ トキハ トツゼンノ コトデ、ウカンダ コトバヲ チャント オボエテイナカッタカラ、ナントナク ソンナダッタナ、ッテ カンジダケド ソノアトノハ マチガイナイ」
「それで昨日すぐにスペルが分かったのか」
(うん)
「ウン」
「スペルは正確だったな」
パパンが再び考え込んだ。ブツブツなのか言っているが、何を言っているのかは分からない。
これがあれば辞典を持ち歩く必要も、暗記する必要もない。ありがたい。大魔法使いがどんなにすごい人だったのか知る由もないが、オレはさほど勉強が得意なタイプではない。
宝石会社に入れたのは、その会社の社長の友人のインド人と知り合いだったからで、学歴云々ではない。あの分厚いのを暗記するのは83年あっても無理だ。断言する。無理だ。だから助かった。
(脳の中身は今オレだけど、性能ってオレじゃないのか?)
「ノウノ ナカミハ イマ オレダケド、セイノウッテ オレジャ ナイノカ?」
(脳はそもそも単体として自我を持っているものなのか?オレは今脳。自我がある。その場合、オレが人間だったときは脳にも自我があって、共生してたってことになるが。
いやいやいや。脳もオレだったぞ。
ってことはこの脳は大魔法使いのもので、性能も大魔法使いで……。じゃあとんでもなく優秀なのか。
じゃあオレは何なんだ?)
「ノウハ ソモソモ タンタイトシテ ジガヲ モッテイル モノナノカ?オレハ イマ ノウ。ジガガ アル。ソノ バアイ、オレガ ニンゲンダッタ トキハ ノウニモ ジガガアッテ、キョウセイシテタ ッテ コトニナルガ――」
「何を言っているんだ?自我とか人間とか」
(ん?オレ?)
「ン?オレ?」
「ああ」
(あれ?オレ今喋ってた!?違う違う。独り言。気にしないで)
「アレ?オレ イマ シャベッテタ!?チガウチガウ。ヒトリゴト。キニシナイデ」
「そうか。そのスペルの件だがな。記憶がない状態とは、記憶を引き出せないだけで記憶そのものは残っているとも言われている。大魔法使いの記憶が呼び起こされているのかもしれないな。あの方は当然、全てのスペルを覚えていたから」
そういうことか。それなら納得だ。
「ところでまだ記憶は戻らないのか」
(戻らないよ。ってか一生無理だ)
「モドラナイヨ。ッテカ イッショウ ムリダ」
「なぜ断言できる。もっと魔法を体得すれば戻るかもしれんだろう」
(無理。絶対。オレ別人)
「ムリ。ゼッタイ。オレ ベツジン」
「何を言っているんだ」
記憶がどうこう言い合っている間に、だいぶ水が抜けている。
(どのぐらいまで待つの?)
「ドノグライマデ マツノ?」
「完全に水が引くまでだ」
カンゼンニ……?
「岩の一番下まで降りなければならない。パンは濡れたらショートするからな」
ホント、なんであんなに朝早起きさせられたんだ。ゆっくり朝食食べる時間もあっただろ、絶対。
食べるのをやめたまま手に握られていたサンドイッチを頬張る。シュナーさんも一緒に旅に出てくれないかな。毎日これが食べられるのは幸せだ。パパンの料理と日替わりでどうだろう。
もうそうなれば、あの変な排泄も気にならなくなる。今まで飛んでいる間に排泄をしていたから、機能の珍妙さばかりに意識が向いていたが、あのハートがどこかに落ちているってことだ……。
待て。あまりに気持ち悪い。
(キモい。キモすぎるって!!)
「キモイ。キモスギルッテ!!」
「どうした」
(なんでオレ今まで気づかなかったんだ!オレの真っ赤なハートのウンコがそこら辺に落ちてんだぞ!?オレもポンコツかよ!?ちゃんと親子じゃねえか!)
「ナンデ オレ イママデ キヅカナカッタンダ!オレノ マッカナ ハートノ ウンコガソコラヘンニ オチテンダゾ!?オレモ ポンコツカヨ!?チャント オヤコ ジャネエカ!」
「パン、落ち着け。一体どうしたんだ」
(どうしたもこうしたもあるか!!なんだあのウンコ?!あんなのが落ちてんだろ!?キモすぎるだろ!?落ちてるハートがウンコなんだぞ!?オレの!!)
「ドウシタモ コウシタモ アルカ!!ナンダ アノ ウンコ?!アンナノガ オチテンダロ!?キモスギルダロ!?オチテル ハートガ ウンコ ナンダゾ!?オレノ!!」
「ああ。あれか。可愛いだろう。愛しの娘から出た真っ赤なハート♡食べちゃいたい。ムフ」
(息子じゃ!)
「ムスコジャ!」
もう絶対飛びながらしない!埋めるぞ。ちゃんと土の中に埋めるぞ。
ってかなんであんな機能つけたんだよ!おかげで美味いもの食べられるけど!あれがウンコなら食べなくていいわ!
「師匠とお呼びしても?」
パパンがオレの真似をして、上目遣いにぶりっ子ポーズをした。変態が肉体を持つとこうなる。
「あの時のパン、可愛かったなあ。ずっとあれでいてくれ」
勘弁してくれ!
慌ててサンドイッチを食べきり、パパンから離れる。見えなくなるまで離れた岩の裏で、急いで排泄する。
『ERROR 排泄できるものがありません。食事をしてください』
エラー表示とともに、オレよりよっぽど人間らしい声が告げた。もう一度押す。
『ERROR 排泄できるものがありません。食事をしてください』
何度やっても同じことだった。
「食事は消化してから排泄物になるからね。まだ無理だよ」
パパンが岩からひょっこり顔を出していた。
「乙女の恥じらいってやつかい?可愛いな、まったく」
男でも人前で排泄しねえ!性別関係なくすんな!
そして排泄だと分かってるなら覗くな!変態!エロオヤジ!禿げろ!
んで律儀に消化までさせんな!オレはアンドロイドだぞ!
「パパンは分かってきたよ。その沈黙は何か言いたいんだね」
クッソ!また声に出てねえ!
こんな機能もう嫌だーー!




