2 出発
オレは今、飛んでいる。
空を飛んでいる。
もちろん魔法はまだ使えない。
サーフボードのようなものに、体を括り付けて飛んでいる。目の前には小型飛行機で悠々と飛ぶ、パパ。
食事を終えたオレは、あれよあれよと言う間にこのボードに固定され、飛ばされた。
「さっきも言ったが、一秒でも早く回収だ」
だそうだ。小型飛行機は一人乗り用、それも一機のみ。パパ専用らしい。
このボードは、オレ用に食事後に数分でチャチャッと作ったものだ。離陸と操縦飛行は可能だが、着陸はできないらしい。
「君は強い!問題なし!」
大アリだわ!
というか、魔法いらなくね?この世界。
着陸できないのは大問題だとしても、離陸も操縦飛行もできるこんな代物を、ものの数分で作れるんだぞ!?
ちなみに食事は人間の食事だった。それもめちゃくちゃ美味い!
貴族が食べるような豪華な食事で、もう料理がキラキラ輝いて見えたんだ。舌が喜ぶってやつだな。五臓六腑に染み渡り、細胞が貴族って感じ?貴族が肌に合っちゃうっていうか、貴族っていうか?え、なになに?ノブレス・オブリージュ?もちろん、もちろん。貴族だから。
「そろそろ排泄の時間だろう。この辺なら誰もいないからしていいぞ」
話の腰を折るなよ!
詳しいことはよく分からないが、排泄モードにすると食べたものが排泄物となって出てくるらしい。
「排泄しないと不具合起こすからな!」
ハイハイ。ったく。
排泄モードは、これか。
モード切替ボタンを押す。
ポチッ
ウィーーーン
お尻のあたりが開いた。
ウィーーーン
真っ赤なハート型の何かを持った2本のアームが伸びた。
ポイッ
ハート型の何かを放した。
ウィーーーン
ガチャ
何事もなかったかのようにお尻が元通りになった。
……ハート型にしたって可愛くないが?いや、こんなことするぐらいなら、食事いらない体でよかっただろ、絶対!!
よし、なかったことにしよう。
今目指しているのは、飛行系の魔法が埋まっているというシャスキー山。元々、飛行系の魔法の産出地で、数日前に別の用事で行った時にはあったらしい。
物理攻撃の装備は十分だが、生活系の能力は壊滅的らしく、冒険に出る上で必要になりそうな魔法を集めることになったのだ。
広大な森の向こうに突きだしている山を見つけた。
パパが着陸態勢に入った。心の準備できてないって。それでも、ついていかないわけにはいかない。
急降下する。
いやぁぁぁぁぁぁぁ!
無事、岩に突っ込みボードは大破。オレは無傷で済んだが。
「さすがパパの子だ」
無傷ではあるが!
「さあこっちだ」
パパが草木をかき分け奥へ進んでいく。
「草木を戻しておいてくれ。通った痕跡を消すように」
前に歩きながら通ってきた道を隠していく。何とも歩きにくい。
少し進んだところに突然、大きな洞窟が現れた。
「ここを隠してあるんだ。魔法を守るためにね」
下へ下へと続く洞窟を、ひたすらパパについていく。懐中電灯の明かりがなければ真っ暗で何も見えない。
「確かこの辺りに……ああ、あったあった。これが魔法だ」
パパの指の先で、岩がツヤッと光った気がした。
「この辺りの岩を砕いてくれ。そっとだぞ。そーっと。君は力が強いからな」
言われて通り、そーっと岩を殴ってみた。
「そんなヘナチョコじゃ砕けんぞ」
(弱くって言われたから)
「ヨワクッテ イワレタカラ」
「文句はいい。もっと強くだ」
ボカーンッ
力を込めて殴ったら、想像以上の威力が発揮され、巨大な穴を開けてしまった。
「ゴホッゴホッ。加減しろと言っただろうが!」
弱くだ、強くだ、注文が多いな!
(加減したわ!)
「カゲンシタワ!」
「もっとだ!加減したことぐらい分かってる。君が加減なしで殴ればこんな山一つ、簡単に崩せる。攻撃モードにしたら、街一つ壊滅させるのも容易だぞ。加減しろよ」
オレ、そんなに強いのか……。
「とりあえずこの黒いやつ、飲み込め。魔法名は『ジェット』だな。君、引きがいいな」
積み上がった瓦礫の隙間で、岩とは違う光り方をしているものをパパが拾った。何か別の光るものも拾っていたが、すぐに隠してしまった。
渡された黒い方は4〜5センチほどのトゲトゲした石だった。色ツヤは宝石のジェットに似ている。名前もジェット、同じものか?そういえば鉱石の一種だと言ってたな。
平らなところに置き、割ることにした。
「待て待て。いくら君の力が強くても魔法は割れないぞ」
……え?だって魔法が砕かれて各地に散ったって。
「本来魔法が砕けることはないが、闇魔法で砕かれたんだ」
(じゃあどうやって体内に取り込むの?)
「ジャア ドウヤッテ タイナイニ トリコムノ?」
「そのまま飲み込めばいいだろう」
いやいやいや。こんなデカくて痛そうなものを丸飲みすんの?!
「それを飲み込まないと君はどこにも行かれないぞ。歩いていくと言うならそれでもいいが、次に行くところは私の飛行機で二日かかる」
(はあ!?)
「ハア!?」
「つべこべ言わずに飲め」
ジェットと向かい合う。
これを飲み込むか。飛行機で二日の距離を歩くか。
……飲むか。
もう一度ジェットを持つ。
大きく息を吐く。
よし。
ゴクッ
ウッ……。
味はないが、のどに違和感がある。
急に脳がフワフワした感覚になった。
・サーソンフォー・
なんだ?サー、、え?
一瞬、頭に何か浮かんだような……。
本当にこれで魔法使えるようになったのか?
「よし。行くぞ。今のうちに少しでも進もう」
(待ってくれ。どうやって飛ぶんだ)
「マッテクレ。ドウヤッテ トブンダ」
「魔法飲んだだろ。魔法で飛べば……ああ。忘れてるのか……。腹の底から光が湧き上がってくるイメージをする。光が脳を満たしたその瞬間、スペルを唱えるんだ。ジェットのスペルは、気体噴出」
腹の底から光が湧き上がるイメージでスペルを……
(サー)
「待て!中でやるな、外でやれ!」
「サー」
ハッ!ここ洞窟の中だった……。
パパの小型飛行機のある場所まで戻ってきた。再挑戦だ。
腹の底から光が湧き上がるイメージで……
(サーソンフォー)
「サーソンフォー」
体から空気が噴出され、空に向けて浮かび上がった。
うぉおおおお!魔法っぽい!
パパの小型飛行機も離陸し、横についた。
「さすが大魔法使いの脳だな!記憶はなくとも魔法への適応が速い。そのまま飛びたい方向を意識し続けろ。スピードも意識次第で変えられるはずだ」
方向、スピードを意識。
(パパの飛行機に合わせて、もう少し速く)
「パパノ ヒコウキニ アワセテ、モウスコシ ハヤク」
(ああ、違う)
「アア、チガウ」
急にガクンと下がった。
声に出さないように意識しながら、魔法にも意識を向けるのが難しい。
スペルを唱えるときも、自分が意図しているタイミングと微妙にずれる。その間、意識を光のイメージに向けなければならないのが面倒だった。飛ぶだけなら問題ないが、攻撃系の魔法を使う場合、オレは殺られるだろう。
そんな魔法が存在するかは知らないが、発声方法を変えられる魔法、せめてタイムラグをなくす魔法を探さなければ。
ギュイーーーー
「まずい!降下しろ!」
動物の咆哮のようなものが聞こえた瞬間、パパがそう叫んだ。理解が追いつくよりも前に降下する。もちろん、意識してのことではなく、魔法への意識が途切れ落下しているのだ。
ゴオオオオ
追いついてきた動物から火炎放射を受けた。ボディの強さはこういう事態に備えてのことだったのか。
炎に照らされ現れたのは、羽を持つ巨大な金魚のような動物だった。
「大丈夫か?!」
少し先を猛スピードで降下中のパパがこっちを見ている。
「そいつは魔獣だ!攻撃モードに切り替えろ!」
モード切替ボタンを数回押すと、攻撃モードに切替わった。
慌ててジェットを発動し直す。
「やっつけるんだ!」
攻撃モードのオレは特に強いらしいから、気をつけないと。
ボスッ
弱点もよくわからないので、とりあえず空飛ぶ金魚(仮)の背後、背びれの上に浮上し、適当に一発食らわせた。
ミチッ
ミチッ?
聞いたことのある音がしたか思うと、次の瞬間、空飛ぶ金魚(仮)が地面に叩きつけられた。
慌てて追う。パパも着陸した。
地面で横たわる空飛ぶ金魚(仮)は、液体のように潰れていた。
「いやー申し訳ない。君が強いことを忘れて逃げるよう叫んでしまった。それにしてもよくやったな。あの一撃で筋を破壊して地面に叩きつけるとは、加減が上手くなったな」
そうだ。あの音、膝の筋が断裂したときの音だ。
加減したわけではないが、結果オーライ。……か?何かが足りないような……。
「こいつはドラギーナという動物で、ドラゴンの亜種だ。同じ先祖から派生したとされている。ビビリで、人前に姿を見せることは絶対にない。
食うと上手いんだが、ここまで溶けていては食うもんも食えんな」
人前に絶対に出てこない生き物を食う?パパって何者なんだ?
「腹のあたりを探ってみろ。魔法があるはずだぞ」
言われた通り腹のあたりを触っていると、硬いものに当たった。
皮を破って取り出す。5ミリほどの欠片だった。内臓だか身だか分からないドロッとしたものが合わせて流れ出てきた。
あまり見たいものではないな。
「見せてみろ」
ドロッとしたものがついたままの魔法の欠片をパパに渡した。ライトで照らしたり、触ったりしながら首を傾げている。
「これだけじゃ、何の魔法か分からんな。まあ、何でもいいだろう。飲み込んでおけ」
え?このドロッと付きのこれを?いやいやいや、勘弁してよ。
(そうだ。完全な状態じゃなくていいの?)
「ソウダ。カンゼンナ ジョウタイ ジャナクテ イイノ?」
ジェットを砕いて飲み込もうとした奴が言うことではないが、時間を稼げれば、せめて洗いには行かれるかもしれない。
「ああ。問題ない。同じ魔法同士が極めて近くにいれば、勝手に結合する。残りの欠片が貯まれば、腹の中で一つになり、勝手に魔法が使えるようになる。だから安心して飲んでくれて構わない」
退路が断たれた。もしかしてオレ、とんでもないことやるって言っちゃったんじゃない?
(どうやったら結合したって分かるの?)
「ドウヤッタラ ケツゴウシタッテ ワカルノ?」
「さっきジェット飲んだとき、体に変化なかったか?気持ち悪くなる。目眩がする。頭が痛くなる。そんなやつ」
(なんかフワフワした気はする。もうすぐ眠りに落ちるときみたいな感じで)
「ナンカ フワフワシタ キハスル。モウスグ ネムリニ オチルトキ ミタイナ カンジデ」
パパが目を見開いている。変なこと言ったか?
「さすが大魔法使いの脳だな。記憶はなくとも機能はそのままか。いいか。普通、魔法を飲み込むとさっき言ったような症状が出る。いずれも不快なものだ。魔法耐性があっても、一瞬拒絶反応を起こすせいでな。だが極稀に、桁外れの魔法耐性を持つ魔法使いがいる。彼らは、どれだけ強い魔法を体内に取り込んでも拒絶反応を示さない。それどころか、快楽さえ感じるらしい。君のフワフワというのが、まさにそれだ」
(オレ一応、大魔法使いに転生したんだな)
「オレ イチオウ、ダイマホウツカイニ テンセイシタンダナ」
(あ、間違えた)
「ア、マチガエタ」
「何を言っているのかよく分からなかったが、そのフワフワするのが、魔法が完全な形になった合図だ。そうなればこの、私が独自開発した魔法検査鏡で所持している魔法を確認できるようになる」
出た。独自開発。
独自独自うるさいが、多分この人、相当すごい人なんだと思う。
(鏡?)
「カガミ?」
「試しに顔を映してみたまえ」
渡された手鏡に顔を映してみると、ジェットの文字が浮かび上がった。
(おー!)
「オー!」
「ジェットと表示されただろう。さあ。この欠片も飲み込みたまえ。一秒でも早く回収をしなくては」
ウゲェ……。
時間引き伸ばし作戦、不発。
これを体内にいれるのか。気持ちわりい。
せめて服を着ていれば拭えるんだが。
ふぅ。
はぁ。
いけ。いける。いけ。
ゴクッ。
ウギャーーー!
思わず全身を掻きむしった。気持ちわりい気持ちわりい。
「思いがけず魔獣に会ったが、君が今後すべきはこういうことだ。頼んだ」
こんなグロいことが83年も続くのか、オレ。逃げたい。
「日が落ち切る前にもうちょっと進むぞ。できるだけ魔獣の目撃が少ないところで野営しよう」
光が湧き上がるイメージをして。
(サーソンフォー)
「サーソンフォー」
あれ。そういえばさっき頭に浮かんだのって、そんな感じの言葉じゃなかったか?
あーーー!
飛び始めて思い出した。魔法!魔法使いなのに魔法使わずに魔獣倒してる!
いや、攻撃系の魔法使えないけど。
確かに詠唱無しで魔獣を一撃、とは言ったけど。
そういうことではない!




