誘引破滅作戦 2
すみません、昨日は忙しくて投稿できなかったです。今日は二話投稿する予定です!
「報告! 敵陣東方の糧食庫および馬糧蓄積所より爆煙を確認! 発動、成功いたしました!」
アルディア王国防衛司令部内に、通信魔導士の歓喜の叫びが響き渡った。
『よしっ……!!』
バルドス将軍は思わず固く拳を握りしめた。
ペガサス騎士団二十騎による奇襲攻撃は、異世界の軍師たちが提示した死角ルートを正確になぞることで、敵の魔力感知陣に一切引っかかることなく成功したのだ。
後方の糧食庫から立ち上る凄まじい黒煙を目にして、西門周辺に押し寄せていた敵軍八万の勢いに一瞬にして動揺が走る。
「おい、裏手が燃えているぞ!?」
「食料が……! 補給部隊はどうした!?」
「退路を絶たれるぞ! 一旦引くんだ!」
前線では水路の決壊による泥沼化と狭隘地での過密状態で身動きが取れず、後方では命綱である兵糧が炎に包まれる——圧倒的優位に立っていたはずの八万の大軍勢は、わずか一時間足らずで完全なパニック状態へと陥っていた。
◇
日本の地下会議室。
プロジェクターに映し出された巨大な戦況モニターを見つめながら、経済学者と心理学の専門家が弾き出したデータを素早く神崎へ差し出した。
「神崎所長、敵軍の士気推移データが出ました。補給所喪失の視覚的ダメージにより、敵の統率力は現在急激に低下しています」
「よし……」
神崎は眼鏡のブリッジを押し上げ、マイクを取った。
『バルドス将軍、最終段階へ移行します』
『いよいよ決着か、軍師殿!』
『ええ。敵は食料を失い、包囲を維持する余力を完全に失いました。ですが、八万のパニック軍勢をそのまま潰し合わさせると、王都周辺のインフラまで壊滅します。ここで「逃げ道」を用意してあげるのです』
『逃げ道……だと? 追い詰めた敵を逃がすというのか!?』
『古代からの兵法の鉄則です。「囲師には必ず闕く」。完全に退路を断たれた大軍は捨て身の暴走を起こしますが、安全に逃げられる道(逃走路)をひとつだけ残してやれば、兵士たちは戦う意欲を失い、一斉にそこへとなだれ込みます』
軍事専門家がモニターの東側を赤く発光させた。
『東側の平原方向への包囲ラインを意図的に薄くしてください。そして、城壁の上から降伏の勧告と、「東へ退却する者は追撃しない」という宣伝を行わせるのです。同時に、残りの魔導兵団で空に向けて威嚇の広範囲攻撃魔法を放ってください』
『なるほど……死の恐怖と生き残る選択肢を同時に突きつけ、戦意を完全に挫くか! 相変わらず容赦のない完璧な策法だ……!』
バルドス将軍は即座に配下の将校たちへ怒号のような指示を飛ばした。
『全軍に通達! 東門の圧力を解除し、逃走路を開け! 街の投石機および魔導兵は空へ向け全火力で威嚇射撃を行え! 敵の戦意を砕くのだ!!』
◇
ドドドォォォン!!
王都の上空を埋め尽くす光と炎の威射。
そして城壁から響き渡るアルディア軍の勝鬨と退路の提示。
「ひ、ひぃぃっ! 東へ逃げろ!」
「補給もない、街も落とせない! ここにいたら全滅だ!」
雪崩を打つとはまさにこのことだった。
あれほど死角のない完璧な陣形で王都を包囲していた八万の敵軍勢は、武器や重い鎧を投げ捨て、争うようにして東の平原へと逃走を開始した。
開戦からわずか数時間。
国家の滅滅を覚悟していたアルディア王国の王都防衛戦は、信じがたいことに「王国有軍の損害ほぼゼロ」という、歴史に残る大勝利をもって決着を迎えたのである。
◇
『勝った……。本当に……勝ってしまったのか……?』
防衛司令部では、重苦しい静寂のあと、爆発的な歓声が沸き起こった。
「勝利だぁぁぁぁ!!」
「王都を守り抜いたぞ!」
「信じられん、あの八万の大軍を撃退したんだ!」
涙を流して抱き合う兵士たちの中で、バルドス将軍は一人、空中に浮かぶ「声の出どころ」に向かって深く、激しく膝をついた。
『異世界の軍師殿……いや、神の御遣いよ! 貴殿らの叡智が、我がアルディア王国と三百万の民を救ってくださった! この恩義、言葉では到底言い尽くせぬ……!』
画面の向こうから聞こえる感謝と狂喜の叫び。
日本の地下会議室でも、張り詰めていた緊張が解け、専門家たちが安堵の息を漏らして互いの労をねぎらい合っていた。
「ふぅ……なんとか第一関門は突破ですね、所長」
佐藤研究員が汗を拭いながら微笑む。
「ああ。しかし、これで我々は『異世界の戦争に直接関与した』実績を作ってしまった。今後は政治・外交・貿易面での本格的なバックアップ体制を整えねばならん」
神崎は国家の未来を見据えた真剣な顔つきになり、そして、この壮大な作戦の立役者である少女へと視線を向けた。
「春奈様、本当にお見事でした。貴女がこのチャンネルを繋いでくださらなければ、ひとつの国が消滅していたところです」
「んー? 私はただ画面見てただけだけどねー」
キングサイズベッド(セーフハウスから特別に運ばせた高級ソファ)の上で、春奈は最後のポテトチップスをパクリと口に含んだ。
「あ、バルドスさん? 勝ったみたいでよかったねー」
『はっ! 春奈様とお呼びしてもよろしいでしょうか! 貴女様のおかげで我が国は救われました! 王国を代表し、国王陛下より最大限の謝礼と栄誉を賜りたく……!』
「ううん、お礼とかはいいよ。……あ、でも」
「そっちの世界の美味しいものとか珍しいスイーツがあったら、今度送ってほしいな!」
春奈は指についたポテチの塩分をパパッと払うと、思いついたようにスマホに向かってニッコリと微笑んだ。
春奈の「スイーツ」という呑気な発言を聞いた瞬間、横から神崎が焦った様子でゴホンと大きく咳払いをして割り込んできた。
「あ、あの……春奈様! ちょっと待ってください!」
「ん? なに、神崎さん?」
「スイーツも大変魅力的なのですが……せっかく異世界と直接物資のやり取りができる千載一遇のチャンスなのです! 我々研究者や政府としては、もっとこう……現代の地球には存在しない未知の物質をご所望いただけると、大変ありがたいのですが……!」
「えー? 未知の物質って?」
春奈が首を傾げると、神崎は眼鏡の奥の目をギラリと輝かせて熱弁をふるい始めた。
「例えば! 高密度の魔法エネルギーを秘めた『魔石』や、あらゆる怪我や病を瞬時に治癒させる『ポーション』、あるいは現代の超合金すら凌駕する未知の金属などです! これらが手に入れば、日本のエネルギー問題や医療技術、科学技術が一気に数十年分跳ね上がる可能性が……!」
「あー、なるほど。ポーションとか魔石かぁ。前の国とは違うかもしれないからねぇ」
春奈は納得したようにポンと手を打つと、再びスマートフォンのマイクに向かってあっけらかんと言い放ったのだった。
『あ、バルドスさん聞こえるー? さっきのスイーツの話、前言撤回で! スイーツもいいんだけど、代わりにそっちの世界にしかない特別なポーションとか魔石をいっぱい送ってくれませんか?』
画面の向こうで、バルドス将軍は一瞬呆気にとられたものの、すぐさま深々と頭を下げて力強く胸を叩いた。
『ポーションに魔石でございますか! お安い御用にございます! 我がアルディア王国の宝物庫に眠る特級の魔導石や、王立錬金術師が調合した極上の治癒薬を、すぐさま春奈様の方に投げさせていただきます!』
『わーい、ありがとー!』
◇
その頃王都防衛戦の大勝利の興奮も冷めやらぬ中、アルディア王国・防衛司令部は直ちに次の大任務へと動き出していた。
「急げ! 王立練金術工房と大宝物庫へ伝令! 特級魔導石と最高純度のハイポーションを、ここに集めさせるのだ!」
バルドス将軍の声が司令部に響き渡る。
先ほどまで八万の大兵力に包囲され、絶望の淵にいた王国とは思えないほどの活力と素早さだった。
「将軍、本当によろしいのですか!? 特級魔導石といえば、我が国の国家防衛の要でもある決戦用魔導兵器の核……! ハイポーションに至っては、王家にのみ一族相伝で伝わる最高級品です!」
側近の将校が困惑と戦慄の混ざった声を上げる。それも無理はない。提示された品々はどれも、一個で都市が一軒建つほどの国宝級の価値を持つものばかりだったからだ。
しかし、バルドス将軍は即座に首を大きく横に振った。
「馬鹿者! 考えてもみろ! 我々は今日、その国宝すら使う間もなく国が滅ぶ手前だったのだぞ! 八万の敵を『被害ゼロ』で追い散らしたあの異世界の叡智……春奈様と神の軍師方への感謝として、これでも安すぎるくらいだ!」
「は、ははっ! 申し訳ございません!」
「それに……これはただの感謝の印ではない」
バルドスは声をひそめ、力強い眼光で空中に浮かぶ通信用魔術陣を見つめた。
「異世界の神々(あるいはそれに等しい叡智を持つ者たち)との間に『確固たる交易と絆』を結ぶための最初の一歩だ。我が国が価値ある対価を差し出せることを示さねば、今後の加護は得られん!」
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