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誘引破滅作戦 1

『だ、誰だ!? いったいどこから話しかけている!?』


防衛司令部を兼ねる王宮の会議室。そこに置かれた巨大な作戦卓を囲んでいた王国の重鎮たちが、突如として空間を震わせた「少女の声」に息をのんだ。


声は、誰もいないはずの作戦卓の真っ中央——空中にぽっかりと浮かび上がるように響いていた。


「な、なんだ!? 敵の通信魔導か!?」

「いや、魔力の波長が検知できません! 完全な無から……空間そのものから声が聞こえてきます!」

「何事だ、防衛障壁バリアを突破されたのか!?」


緊迫した叫び声が交錯し、近衛兵たちが一斉に抜剣する。金属音が室内に甲高く響き渡った。


そんな異世界のパニックを、地下施設の特設モニター越しに見守っていた日本の専門家チームの面々は、あまりの反応の早さと警戒心にゴクリと息をのむ。


「春奈様、落ち着いて」


神崎がマイクの横から小声で指示を出した。


「まずは怪しい者ではないこと、そして我々が彼らの『味方』になり得る存在であることを伝えてください。相手の指揮権を持つ最高責任者を出させるのです」


「はーい」

春奈はポテトチップスの袋を膝の上に置き、スマートフォンのマイクに向かって、まるで友人に電話でもするかのように緩いトーンで話しかけた。


『えーっと、怪しいものじゃないですよー。ちょっと遠いところ……っていうか、別の世界からスマホ……あ、異世界の道具で話しかけてます。怪我とかさせないから、剣をしまって落ち着いてくださいね?』


『別の……世界……だと……!?』


作戦卓の最奥、全身に傷を負った鎧を纏う初老の男——アルディア王国軍最高司令官・バルドス将軍が、目を血走らせて声を張り上げた。


『戯言を! 敵の大軍が我が王都を包囲し、城壁が崩壊しかけているこの未曾有の国難に、そのような悪質な幻術で我らを惑わそうというのか!』


『幻術じゃないですってば。えっとね、そっちの状況、こっちから丸見えなんですよ。……あ、ほら、バルドスさん? 貴方の左肩の鎧、さっきの衝撃で金具が外れてブラブラしてますよ。あと、右の奥歯に青菜が挟まってます』


『なっ……!?』

バルドス将軍は思わず左肩を押さえ、顔を真っ赤にして口元を隠した。周囲の副官たちが「本当だ……」とざわめく。


『ね? 見えてるでしょ?』


春奈は少し誇らしげに鼻を鳴らした。


『でね、なんか八万人くらいの敵に囲まれてすっごく困ってるみたいだから、助けてあげようかと思って連絡したんです。責任者の方、いますかー?』


『助ける……? 八万の敵勢を前に、何を……』


バルドスは困惑と疑念に満ちた表情で空間を睨みつけた。しかし、いまの彼らに選り好みをしている余裕など一微塵も存在しないのは確かだった。


『……私が、この王都防衛軍の最高指揮官、バルドスだ。声の主よ、本当に我がアルディア王国を救う手段があるというのか……!?』


『あ、よかった! えーっと、詳しいことは私じゃなくて、専門家のおじさんたちと交代しますね。神崎さん、どーぞ!』


「感謝いたします、春奈様」

神崎はメガネの位置を正すと、春奈からマイクを受け取り、威厳と知性を込めた声で語りかけた。


『初めまして、バルドス将軍。私は異世界の国家機構において、安全保障および危機管理を担当している神崎と申します。我が国には、貴国へ直接的な兵力を送り込む術はありません。しかし——』


神崎の声が、重厚に会議室へと響き渡る。


『我々には、数十万の軍勢を翻弄し、最小の兵力で勝利を収めてきた「歴史」と「科学的な戦術アプローチ」の蓄積があります。貴国の状況をリアルタイムで観測し、我々の専門家チームが「軍師」として貴方に最適な勝ち筋を提示しましょう』



『ぐ……軍師だと……? 姿も見せぬ異世界の者が、この地獄のような戦場を指揮するというのか!?』


バルドス将軍の傍らにいた若い副官が食ってかかった。


『戯れ言は破滅を早めるだけだ! 敵の巨大魔導砲によって第二城壁はすでに半壊! 西門の防衛ラインはあと数時間で突破される! 物資も底をつきかけているのだぞ!? 盤上の駒を動かすような机上の空論で、この現実が覆せるはずがない!』


その言葉を聞き、日本の戦略会議室に座る軍事史の専門家がマイクを引き寄せた。


『——西門の防衛ラインが手一杯なのは、敵の重装歩兵の突撃を真正面から受け止め続けているからですね?』


『なっ……なぜそれを!?』


『画面越しに見れば一目瞭然です。敵の陣形は「槌と金床」の戦術を模していますが、補給線の維持を意識するあまり、中央の重装歩兵部隊の後方が極端に伸びきっています。さらに、敵の巨大魔導砲——あれは発射の度に周囲の「魔力」を過剰に吸引し、一定時間の冷却を必要としていませんか?』


『!!?』


バルドスを含め、部屋にいた将校全員の顔色が変わった。


異世界の人間が、初見のはずの敵兵器の弱点と陣形の欠陥を、わずか数分で見抜いてみせたのだ。


『敵は八万という圧倒的兵力に頼り切り、兵站(補給)の維持のために進軍ルートを限定させています。結論から言いましょう。この戦争、勝てます』


『か……勝てる、だと……!?』


『ええ。ただし、我々の指示に寸分の狂いもなく従っていただく必要があります。まず、今すぐ第三城壁の魔導兵団を引かせてください。彼らを西門へ送るのではなく——東側の旧市街の水路網へ配置するのです』


『何を馬鹿な! 水路網などに兵を回せば、西門が破られた瞬間に王都は陥落するぞ!』


『陥落させればいいのです』


『……は?』


神崎が静かにマイクを引き取り、冷徹な、しかし確信に満ちた声で付け加えた。


『西門をあえて突破させ、敵の先鋒部隊を崩壊した城壁の内部——旧市街のボトルネック(狭小地帯)へと誘い込みます。我々が上空からの「神の視点」で敵の動線を完全に誘導し、狭い路上で八万の密度を押し潰す。防衛戦ではありません。これは、王都そのものを巨大な罠とした「誘引殲滅作戦」です』


会議室の空気は、完全に静まり返っていた。

常識を遥かに超えた現代兵法と、全体を完璧に俯瞰する「異世界通信」という圧倒的な情報アドバンテージ。


バルドス将軍は全身の毛穴が泡立つような戦慄と、同時に湧き上がる謎の鼓動を感じていた。


絶望にしがみついて死を待つか。

それとも、画面の向こうにいる「姿なき異世界の軍師たち」に賭けるか。


バルドスは深々と息を吐き出すと、腰の剣をゆっくりと鞘へと納めた。


『……異世界の軍師殿。我がアルディア王国の三百万の民、そして命を賭して戦う兵たちの運命……貴殿らに預けよう。指示をくれ!』


「了解いたしました」

神崎は不敵に微笑むと、背後の数十名の専門家たちに向かって振り返った。


「これより『アルディア王国救済・作戦コード:天眼』を開始する! 全員、担当部署に着任! 敵軍の補給線、魔法の力学解析、リアルタイムでの部隊誘導を開始せよ!」


「「「オーッ!!!」」」


熱狂的な歓声が地下会議室に響き渡る。


そんな狂乱の作戦本部の中、当のきっかけを作った春奈はといえば。


「あ、神崎さーん。ポテトチップスもう一袋開けてもいい?」


「……ええ、春奈様。特上のおやつを何袋でもご用意させます」


神崎は苦笑しながら頷き、春奈は「わーい」と声を弾ませてポテトチップスをパリリと噛み砕いた。


異世界の命運を賭けた、人類史上初となる「スマートフォン越しのリモート戦争指導」が、今ここに開幕したのだった。


「――第一段階、西門防衛線の意図的後退を開始してください!」


神崎の号令が地下会議室に響き渡ると同時に、軍事史と戦術分析の専門家たちがマイクの前に身を乗り出した。


『バルドス将軍、聞こえますか! 西門の守備隊に撤退命令を出してください。ただし、パニックを起こした逃走に見せかけるのです。旗を捨て、装甲を一部崩しながら旧市街のメインストリートへと引き込んでください!』


アルディア王国の防衛司令部では、生きた心地のしない将校たちが怒号を交わしていた。


『ほん……本当に門を開け放つというのか!?』


『敵の先鋒は「鉄血騎士団」と呼ばれる重装甲の精鋭だぞ! 街の中に入り込まれたら惨劇になる!』


『案ずるな!』


バルドス将軍が力強く一歩を踏み出し、血走った目で空間(春奈のスマホ)に向かって叫んだ。


『異世界の軍師殿を信じるのだ! 全軍、西門の後退を開始! 旧市街へ敵を引き込め!』


数分後。


城壁の外で攻城陣形を組んでいた敵軍八万の総大将は、突如としてアルディア王国の西門が大きく開かれ、防衛兵が崩れるように街の中へ逃げ込んでいく光景を目撃した。


「ハハハ! ついに限界を迎えたか! 崩壊したぞ!」


敵総大将は勝ち誇った笑みを浮かべ、剣を突き上げた。


「全軍突撃! 王都を蹂躙し、一気に王宮を制圧せよ!!」


怒涛の歓声とともに、重装甲で身を固めた数千の敵先鋒部隊が、狭い西門となだれ込むようにして旧市街へと乱入していった。


しかし、彼らが目にしたのは、整然と並ぶ民家と、複雑に交差する狭い路地——そして、人っ子ひとりいない不気味な静寂であった。


「……む? 敵の守備隊はどこへ消えた?」


その頃、日本の地下会議室。


高精細モニターに映し出された俯瞰映像を見ながら、地理学者と兵站の専門家が高速でペンを走らせていた。


「敵先鋒の約三千、旧市街のボトルネック(第一狭小エリア)へ進入完了!」


「後続部隊との距離、およそ五百メートル! 完璧に分断のチャンスです!」


軍事専門家が速やかにマイクへ語りかける。


『バルドス将軍、今です! 旧市街の南北にある水路の仕切り弁を、魔導兵の攻撃魔法で同時に破壊してください!』


『なに……!? 水路を壊せば、旧市街の一部が浸水するぞ!?』


『それが狙いです! 敵の重装甲兵は数十キロの金属鎧を着込んでいます。水深膝下に達するだけで足を取られ、機動力を完全に失う! 壊した水路から流れ出る水と泥で、彼らの足止めを行ってください!』


『——なるほど! 全魔導兵、東西の水路壁を爆破せよ!!』


ドカァァァン!!


王都の旧市街に轟音が響き渡り、両脇の石造りの水路が崩壊。激しい濁流が石畳の通りへと一気に流れ込んだ。


「ぬぐっ!? 水……水だと!?」

「泥で足が取れる! 鎧が重くて動けん!」


浸水した路地で、鉄の鎧を纏った敵の精鋭たちが次々とバランスを崩し、将棋倒しになっていく。狭い路地にぎゅうぎゅうに詰め込まれた三千の兵は、互いの身体が邪魔をして身動きすら取れなくなっていた。


『続いて第二段階!』


日本の軍事専門家が、モニター上の赤と青のマーカーを指差しながら指示を飛ばす。


『建物屋上に潜ませておいた弓兵隊、および軽装歩兵を出してください。狙うのは敵の指揮官ではありません。後方に控える「攻城魔法師部隊」です! 敵の退路を断ち、パニックを拡大させます!』


『よし! 屋上の弓兵隊、射ち下ろせぇぇぇ!!』


建物の影や屋根の上から、雨のように降り注ぐアルディア軍の矢。

足を取られ、身動きの取れない敵先鋒部隊は、一方的な攻撃に晒されて大混乱に陥った。


「引き返せ! 一旦門の外へ退却しろ!」

「だめです! 後方から味方が押し寄せてきて、逆走できません!」


八万という圧倒的な大軍勢が、裏目に出た瞬間であった。

膨大な兵力が狭い城門に殺到した結果、前線のパニックと後方の推進力が激突し、城門周辺は完全な過密状態(集団将棋倒し)と化してしまったのだ。



防衛司令部の作戦卓で、リアルタイムの報告を受けたバルドス将軍は、驚愕のあまり言葉を失っていた。


「じ……信じられん……。我が軍の損害はほぼゼロ……敵の精鋭三千が、わずか数分で無力化されただと……!?」


『バルドスさん、驚くのはまだ早いですよ』


神崎の声が、冷静に、そして力強く響く。


『これはまだ、敵の「前線」を混乱させたに過ぎません。我々の真の目標は、敵八万を維持している屋外の巨大補給基地の破壊です』


『補給基地……!? しかし、敵の本陣深くにある施設など、手が出せるはずが……』


『出せます。敵の視線がすべて西門の混乱に釘付けになっている今、貴国の「ペガサス騎士団(飛空騎兵)」二十騎を、東の山間部から超低空飛行で迂回させてください。敵のレーダー(魔力感知)の死角となるルートを、こちらで完璧にナビゲートします』


モニター前で気象学者と魔力解析の専門家が頷いた。


「風向、東から南南西へ変化。敵陣上空の魔力濃度障害、発生中。いまなら高度五十メートル以下の低空飛行で完全に隠密接近できます!」


『飛空騎兵に持たせるのは爆発系の魔導具だけで十分です。敵の糧食庫と馬糧置き場へ投下させてください。兵糧を失えば、八万の大軍勢は三日と保たずに自滅します』


バルドス将軍は、背筋に寒気が走るほどの戦慄を覚えた。


(姿も見せぬ異世界の軍師たち……。彼らは戦場の「全貌」だけでなく、風の向き、魔力の揺らぎ、そして敵の心理までをも完全に手の中に収めている……!)


『……了解した! ペガサス騎士団、直ちに出撃せよ! 指示された座標へ迂回攻撃を仕掛ける!』



その頃。


超国家規模の白熱した作戦が繰り広げられる日本の地下会議室で、春奈はふかふかのソファに深々と体を沈めていた。


「ねえ神崎さん」


「はい、春奈様! どうかされましたか!?」


(作戦の不備でも指摘されるのかと身構える神崎)


「このスマホの画面、もうちょっと大きくプロジェクターに映せないの? 私、ポテチ食べながらだと画面が小っちゃくて見づらいんだけど」


「あ……すぐさま最大サイズで投影させます!」


「あと、炭酸水欲しいです」


「ただちに用意させます!」


画面の向こうでは数万の軍勢が命懸けの攻防を繰り広げ、日本のトップエリートたちが額に汗をかきながら超高度なリアルタイムシミュレーションを回している中、そのすべての中心にいる少女は、相変わらず究極に呑気な時間を過ごしていた。


だが、彼女が気まぐれにタップしたそのスマートフォンこそが、今まさに一つの国家の絶望的な運命を、奇跡的な勝利へと塗り替えようとしていたのだった。

読んでいただきありがとうございます!

もしおもしろいと思ってくれた方はぜひブクマ登録と評価お願いします。

明後日からは通常の投稿時間に戻ると思います。投稿数も1日二話に戻す予定です。

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