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ポーションの違い

「世界の神々(あるいはそれに等しい叡智を持つ者たち)との間に『確固たる交易と絆』を結ぶための最初の一歩だ。我が国が価値ある対価を差し出せることを示さねば、今後の加護は得られん!」


「は、ははっ! 直ちに手配いたします!」


側近の将校は深く頭を下げて力強く敬礼すると、その靴音を司令部内に響かせながら、弾かれたような勢いで猛然と駆け出していった。


そして——。


それから数十分という、緊迫した時間が経過した頃。


王立錬金術工房の最奥と、王家が厳重に管理する宝物庫の扉が開かれ、固い木材で頑丈に梱包された木箱の数々が、次々と防衛司令部の中央へと慎重に運び込まれてきた。


厳重に封がされた箱の中に大切に収められているのは、全部で十本にも及ぶ極上のポーション。


その一本一本が、アルディア王国においては王侯貴族であっても一生に一度目にできるかどうかというほど、極めて希少価値の高い最高級品ばかりだった。


さらに、重厚な金属の装飾が施された別の箱の中には、周囲の闇を柔らかく照らし出すように淡い青白い光を放つ魔石が五つ、静かに鎮座していた。


その魔石の周囲に漂う魔力の密度があまりにも高かったため、近くで待機していた熟練の魔導士たちでさえも、思わず息を呑んで立ちすくんでしまうほど濃密な魔力を内に秘めていたのだ。


「これが……我々の未来を賭けて、未知なる異世界へと送られる品々なのですね」


「そうだ、間違いなく我が国の誇る至宝である」


バルドス将軍は深く重々しく頷き、兵士たちを見回した。


「これより、我らの救世主である春奈様へと謹んで献上する。万が一にも手に狂いを生じさせ、床に落とすようなことだけは絶対に許されんぞ」


「はっ! 命に代えましても!」


兵士たちは額に緊張の汗を浮かべ、かたずをのんで木箱をしっかりと腕の中に抱え直した。


『春奈様! こちらでのすべての準備が滞りなく整いました!』


日本側に設置された大型モニターの画面いっぱいに、凛々しい表情を浮かべたバルドス将軍の姿が映し出された。


『つきましては、そちらの領域へこの品々を安全に送るための具体的方法をご教授いただきたい!』


「えーっとね、そんなに難しく考えなくて大丈夫だよ」


モニターの前に設置された椅子にちょこんと座っていた春奈が、いつも通りの軽やかでのんびりとした調子で答える。


「普通に、そっちの部屋の天井に向かって勢いよく投げてくれればいいからね」


「よし、言葉通りにやってみようじゃないか!」


春奈はそう言うと、画面に映る位置から少しだけ後ろへと足早に離れた。


『皆の者、春奈様のお言葉を聞いたか!? 天井に向かって全力で投げ上げるのだ!』


バルドス将軍が司令部全体に響きわたるような大声を張り上げる。


緊張に包まれた兵士たちが、呼吸を合わせて重厚な木箱を高く持ち上げていく。


そして——。


「せーのっ!」


ゴッ!


十本の極上ポーションが収められた木箱が、かけ声とともに天井の開けた空間へ向かって威勢よく投げ上げられた。


すると次の瞬間。


浮遊した木箱が空中の中央でストップし、眩いばかりの淡い光の粒子によって優しく包み込まれる。


まるで最初からその場所に何も存在していなかったかのように、重厚な木箱がすうっと空中に溶け込むように姿を消していったのだ。


『おおっ……! なんという奇跡だ……!』


アルディア王国の司令部からは、目の前で起きた超自然的な現象に対して、一斉に驚嘆と歓喜の声が上がった。


そして、それと全く同時に——。


現代の日本側。


セーフハウスとして使用されている部屋の天井付近の空間に、突如として神秘的な青白い光が発生した。


「来ます! 全員、衝撃に備えて下がってください!」


神崎が鋭い声を張り上げて周囲に警戒を呼びかける。


空間を歪める光が一瞬だけ眩しく強く輝いたかと思うと——。


ドサッ!


春奈のすぐ目の前の床に向かって、アルディア王国から送られた重量感のある木箱が落ちてた。


「きたー! 届いたよ!」


春奈は幼い子供のように目を輝かせると、嬉しそうに木箱の元へと駆け寄っていく。


「おおー……これは素晴らしい……!」


神崎たち調査チームの面々も、期待と興奮を隠せない様子ですぐさまその周囲へと集まっていった。


蓋を慎重に開けると、頑丈なクッション材の中から深みのある美しい緑色の液体で満たされた特製のガラス瓶が、静かにその姿を現す。


「……緑色、ですか」


佐藤研究員が、その液体の色合いをじっと見つめながらぽつりと呟いた。


「所長。このポーションの質感、もしかして……」


「ああ、わかっている」


神崎の穏やかだった表情が、一瞬にして研究者としての鋭いものへと変化した。


ガラス越しに見える、その液体が持つ特有の色合い。


光を透過させたときの独特な透明度。


そして、フラスコに似た繊細なガラス瓶の形状。


それらは以前、全く別の異世界からサンプルとして送られてきたポーションの特徴と、驚くほどに、そしてあまりにもよく似ていたのだ。


「まさか、こんなことがあり得るのだろうか……」


神崎は手袋をはめた手で、慎重にその瓶を一本取り出す。


「前回の異世界で採取されたポーションと、構造的に同系統のものだとでもいうのか?」


「ですが所長、世界そのものが完全に異なっているのですよ?」


若い研究員が、自身の持つ常識と目の前の現実とのギャップに戸惑いを隠せない様子で問いかける。


「もし仮に同じ世界の別地域というのであれば、技術の伝播として理解できます。しかし、このアルディア王国と前回の異世界との間に何らかの交流があったとは、物理的にも理論的にもまず考えられません」


「だからこそ、時間をかけて徹底的に調べる価値があるのだよ」


神崎は取り出したポーションを、衝撃吸収機能のついた特殊ケースへと慎重に収めた。


「すぐに分析班の全メンバーを招集してください。今回はあらゆる角度から、徹底的に成分比較を行います」



それから数時間が経過した頃。


国立高度医療科学研究所の最深部に位置する、地下特級分析室。


厳重に管理された室内には、アルディア王国から届いたばかりのポーションと、以前に別の異世界から提供されたポーションが、比較しやすいよう整然と並べられていた。


白いガウンを着た研究員たちは、精密機械を用いて両者の成分や波長を慎重かつ迅速に分析していく。


「液体のpH値ですが、驚いたことに前回のデータと極めて近い数値を示しています」


「こちらの光学特性や屈折率に関しても、相互に高い類似性が確認されました」


「ただし、微量に含まれている特定の鉱物成分や有機物の構成には、若干の地域差のような違いが見られます」


「最も重要な、魔力反応のデータはどうなっている?」


神崎の問いかけに対し、分析機器を操作していた研究員の手がピタリと止まり、室内に緊張した静寂が広がり渡った。


測定結果の数値を何度も確認した研究員が、息を呑みながら振り返る。


「……存在します。アルディア製のポーションからも、前回回収されたポーションとほぼ同一のパターンを描く魔力反応がしっかりと確認できました」


「ほぼ同じパターン、だと……?」


「はい、波形のグラフをご覧ください」


研究員が手元の端末を操作すると、メインモニターに二つのポーションから得られた波形データが重ね合わされて表示された。


分子レベルで完全に一致しているわけなかった。


しかし——。


根本的なエネルギーの波長や波形の規則性といった共通する特徴が、単なる偶然の一致とは到底思えないほどに多く存在していたのだ。


「これは……いったいどういうことなのでしょうか? ただの偶然の一致にしてはが出来過ぎています……」


誰かが漏らした困惑の呟きに対して、神崎はすぐには答えを返せなかった。


その代わり、彼はモニターに表示された別の比較用データを静かに指差す。


「生体組織に対する、治癒作用の比較データを表示してください」


「はい、すぐに切り替えます」


特殊な培養細胞を用いて行われた、傷の修復プロセスに関する実験データが画面上に大きく映し出された。


アルディア王国製のポーションによる修復データ。


そして、以前回収された異世界製ポーションによる修復データ。


二つの液体の治癒効果と時間の経過を示す折れ線グラフが、並んで伸びていく。


「……これは、すごいことですよ……」


画面を見つめていた佐藤研究員が、あまりの衝撃に思わず声をもらした。


「全体の治癒完了に至る速度こそ環境によって多少の差がありますが、傷ついた細胞に対して直接働きかける初期の分子反応が……」


「全く同じプロセスを踏んでいる」


神崎が、確信に満ちた声でその言葉を継いだ。


「構成している物質そのものは完全に同一ではない。しかし、生体の治癒能力を飛躍的に促進させるための最初の段階におけるメカニズムが、酷似しているどころか本質的に同等なのだ」


その言葉を受けた室内に、静かだが確実なざわめきが波のように広がっていく。


「つまり、それは何を意味するのでしょうか……」


若い研究員が、自身の推論に確証を持てないまま、恐る恐る口を開いた。


「ポーションという概念やその製造法は、それぞれの異世界において完全に独立して別々に発明されたものではない……ということでしょうか?」


「あるいは、こういう仮説も成り立つはずだ」


神崎は真剣な眼差しで画面のデータを見つめ続ける。


「たとえ生まれ出でた世界や文明が異なっていたとしても、『魔力』という宇宙規模の共通原理が存在することによって、結果として自然と似通った治癒現象が導き出されているのかもしれない」


「もしその仮説が正しいとするなら……あちらの魔石についても同様のことが言えるのでは?」


誰かが投げかけたその一言によって、室内にいた全員の視線が一斉に別の保護ケースへと注がれた。


そこには、アルディア王国から届いたばかりの、幻想的な青白い光を放つ五つの魔石が大切に収められている。


「現段階では、まだ決定的な証拠が足りないため断定することはできません」


神崎は静かな、しかし情熱を秘めたトーンで語りかけた。


「しかし、もしもあの魔石に秘められたエネルギー構造にまで複数の世界を越えた共通の原理が存在するのだとすれば——」


神崎の瞳に、知的な探求心に満ちた鋭い光が宿る。


「我々がこれまで『特定の異世界だけに存在する固有の魔法技術』だと思い込んでいたものの中に、実は異世界全体を貫く共通の巨大な自然法則を見つけ出すことができるかもしれないのだ」



その頃、研究室での緊張感とは対照的に、セーフハウスの室内では——。


「ねえねえ、神崎さん」


春奈が柔らかいソファの上に思いきり寝転がりながら、スマートフォンを片手に尋ねていた。


「今回送られてきたポーションって、やっぱり前に別の世界からもらったやつとすごく似てる感じなの?」


「ええ、私たちの予想を遥かに超えて驚くほどによく似ているのですよ」


「へえー、不思議なこともあるもんだね」


春奈は興味津々な様子で、手元にあったサンプル用のポーションが入った瓶を光にかざしながら眺める。


「じゃあさ、世界は違っても作り方とか材料の秘密は全部同じだったりするのかな?」


「まさにそこが、現時点ではまだ解明できていない謎なのです」


通信画面の端に映る神崎は、どこか困惑したように苦笑いを浮かべた。


「存在している世界そのものが根本から異なっているにもかかわらず、なぜか極めてよく似た物理的・魔力的性質を持っている。科学者としては、むしろそのメカニズムの解明こそが最も重要な発見になるかもしれません」


「ふーん、なるほどねぇ……」


春奈はソファの上でゴロゴロ転がりながら、少しの間だけ何かを思案するように首をかしげた。


そして——。


「じゃあさ、思いついたんだけど」


「はい、なんでしょうか?」


「もっと他のいろんな異世界のポーションもたくさん集めて比較してみたら、今まで分からなかったすごいことがもっとたくさん分かるんじゃない?」


その言葉を聞いた瞬間、神崎の動きがピタリと固まった。


すぐ隣にいた佐藤研究員もまた、置物のように完全に固まる。


数秒間の静寂が部屋を支配した。


「…………」


「…………」


二人は何も言わないまま、お互いの顔をじっと見合わせる。


「所長……」


「佐藤、何も言うな」


「私はまだ一言も発していませんが」


「だが、君が何を言おうとしているかくらい顔を見ればわかる」


「……『超跨世界性異世界ポーション網羅的比較研究計画』、ですね」


「やはり口に出して言うと思ったよ」


春奈は、画面の向こうで真面目な顔をしてやり取りを繰り広げる二人の様子を見て、楽しそうにケラケラと声を上げて笑いだした。


「あはは! じゃあさ、早速バルドスさんにも他にどんな薬があるのか聞いてみよっか」


春奈がソファから起き上がり、スマートフォンを操作し始める。


「『もっといろんな種類のポーションとか魔石とか持ってないのー?』って聞いてみるね」


その言葉を聞いて、神崎の顔が即座に引きつりだした。


「あ、春奈様……! お願いですから少し待ってください……!」


「ん? なにい?」


「その大雑把な尋ね方をされてしまうと、春奈様のご要望に応えようとするあまり、アルディア王国の貴重な宝物庫が文字通り一晩で空っぽになってしまいかねません」


「あ、たしかにそれは困るかも」


春奈は少しだけ人差し指をあごに当てて考えてから——。


「じゃあ語尾に『くれぐれも無理のない範囲で集めてね!』って一言付け加えておくね!」


「それならば……まあ、少しは歯止めがかかるでしょうか……」


神崎は深く息を吐き出しながら、諦めたように苦笑いを浮かべる。


その一方で。


通信画面の向こう側に位置するアルディア王国の司令部では、バルドス将軍が春奈からのメッセージを神妙な面持ちで受け取っていた。


『なんと……他の種類のポーションについてもお知りになりたい、とおっしゃるのですか!?』


『うん! もし普通に使われているポーションとか、別の効果があるポーションがあったら、研究のためにぜひ見せてほしいんだって!』


『もちろんでございますとも! 喜んでご協力いたしましょう!』


バルドス将軍は躊躇することなく即答する。


『我がアルディア王国には、一般の兵士が使う初級品から、一子相伝の技で作られる特級品に至るまで、実に多種多様なポーションが存在しております! 直ちに王立錬金術工房の長へ命じ、城中に存在するあらゆる種類を集めさせましょう!』


『えっ、ほんとに!? バルさんありがとう!』


『それと……誠に恐縮ながら……』


バルドス将軍はヒゲを蓄えた口元を緩め、少しだけ誇らしげに重厚な胸を張った。


『我が国には、一般的なポーションの範疇には収まらない、全く別系統の伝統的な秘薬も多数存在しております』


「秘薬……?」


春奈は聞き慣れない言葉に、不思議そうに首を傾げた。


『はい。失われた魔力を急速に回復させる魔力回復薬、あらゆる毒を無効化する強力な解毒薬、厳しい環境に耐えうる各種耐性薬……そして、我が王家に代々伝わる秘宝と称される極めて特殊な薬までもが保管されております』


その言葉を聞いた瞬間、神崎の瞳の色が研究者としての鋭い輝きへと一変した。


「……春奈様、失礼いたします」


「なに? 神崎さん」


「そのバルドス将軍との通信、私にも直接聞かせていただけないでしょうか」


「うん、全然いいよー!」


神崎はモニターのカメラに向かって、身を乗り出すようにして語りかけた。


『バルドス将軍。今おっしゃられた、その「王家に伝わる特殊な薬」について、差支えがなければより詳しく教えていただけますでしょうか?』


『もちろんでございますとも、知勇兼備なる軍師殿! 喜んで詳細をお話しいたしましょう!』


こうして——。


アルディア王国から日本へと提供される、数々の物資。


最高級のポーション、濃厚な魔石、そしてまだ見ぬ未知なる秘薬の存在。


異次元の隔たりを越えた「物資交流」は、単なる初期の支援や恩返しの段階を遥かに越えて、双方の未来をかけた本格的な異世界間交易へと着実にその姿を変え始めていった。

書いてて思ったんですけど、転移する瞬間詳しく書いてなくね?って思ったので付け加えましたー!

読んでいただきありがとうございます!おもしろいと思ってくれた方はぜひブクマ登録と評価お願いします!

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