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11/24

勘づかれ始めた日本


神崎所長が「緑の小瓶」を大事そうに抱えてセーフハウスを後にした直後——。


目的地である東京都郊外の「国立高度医療科学研究所・地下特級分析室」では、日本の分子生物学、遺伝子工学、薬理学、そして防衛医科大学校から集められた数十名のトップクラスの頭脳が、息をのんで待機していた。


室内に鎮座するのは、耐震・耐核シェルターと同等レベルのセキュリティで守られた二重の超低温金庫。

そこには、春奈のアパートから押収・回収された10本のポーション(エメラルドグリーンの神薬)が厳重に保管されている。


「神崎所長! 到着されたか!」


完全防護服(レベル4バイオハザード対応)を着用した研究所の首席研究員たちが一斉に駆け寄る。


神崎はアタッシュケースを開き、今朝回収されたばかりの「緑の小瓶(万能傷薬)」を中央の分析台へ設置した。


「これより、回収された【ポーション(検体A:10本)】の追加精密検証、および本日受領した【万能傷薬(検体B:1本)】の緊急成分解析を開始する!」


神崎の号令とともに、室内はカチカチという機械音と目まぐるしく変化するモニターの数値で満たされた。


【1. 10本のポーション(検体A)の追加検証結果】

まずは、二重金庫から取り出された10本のポーションの検証結果が大型スクリーンに投影された。


「10本すべての質量分析および分光分析が完了いたしました……!」


担当の遺伝子解析官が、モニターの数値を指差しながら震える声で報告する。


「結果は……10本すべて、分子構造およびエネルギー波形が100%完全一致です。不純物の混入はゼロ。やはりこれは偶然の産物ではなく、極めて高い再現性をもって製造された『完全な製品』です」


画面には、培養された人間のがん細胞(ステージ4末期相当)にポーションを1滴垂らしたタイムラプス映像が流された。


「ご覧ください。投薬からわずか3.2秒で、増殖していたがん細胞が自己崩壊アポトーシスを起こし消滅。同時に、周囲の損傷した正常細胞のDNAへ『未知の生体エネルギー』が介入し、傷ついた塩基配列を完璧に修復しています」


「……何度見ても信じがたい」


防衛省から出向してきた医官が息を呑む。


「さらに追加実験で、老化に伴い短縮していたテロメア(染色体の端にある構造)が劇的に伸長・復元していることが確認されました。つまりこの10本は、ガンや難病の治癒にとどまらず、人体そのものを若返らせる『不死の薬』そのものです」


「1本で国家予算……いや、地球上のあらゆる石油利権すら超える価値があるな」


神崎所長は静かに拳を握りしめた。


「この10本は、我が国の『絶対防衛カード』として引き続き地下二重金庫にて完全封印・防衛省の厳重警戒下に置く。政府の最高許諾がない限り、一滴たりとも使用は許されん」


続いて、今朝持ち込まれた「緑の小瓶(万能傷薬)」のマイクロピペットによる微量抽出分析が始まった。


科学者たちは「前回があれほどの神薬だったのだから、今回も世界をひっくり返すような超技術が入っているのでは」と全身に冷や汗を流しながらデータを待った。


最新鋭の質量分析計が音を立て、解析データが弾き出される。


「データ出ました! ……え?」


オペレーターの科学者が首をかしげた。


「どうした!? 何が出た!?」


「あ、あの……主要成分の92%が……純粋な水と、数種類の鉱物ミネラル。そして残り8%が……『地球上のどの分類にも属さない未知の植物エキス』です」


「……それだけか?」


「はい。DNAの完全修復作用……なし。テロメアの伸長……なし。がん細胞への攻撃性……なし、です」


室内を一瞬、拍子抜けしたような微妙な空気が包んだ。


「な、なんだ……今回は『ただの傷薬』なのか……?」


しかし、臨床試験チームの悲鳴がその空気を一変させた。


「待ってください! 生体皮膚組織への実験データをみてください!!」


モニターに、深く切断された実験用豚の皮膚組織の映像が映し出された。

そこへ「緑の小瓶」の液体を一滴垂らすと——


ズズズ……と肉芽組織が超高速で盛り上がり、わずか2秒で切り傷が痕形もなく塞がった。


「「「「うわああああっ!?」」」」


科学者たちが叫び声を上げた。


「細胞分裂の速度が通常の『数千倍』に加速しています! しかも炎症反応も瘢痕組織(傷跡)も一切残らない! 出血も一瞬で止まっています!」


「ば、バカな……!『ただの傷薬』と言ったが、外科手術や救急医療の概念が根底から覆るぞ! 縫合手術が不要になるんだぞ!?」


神薬ポーション」が人類の生命の限界を超える神の領域の品だったとすれば、今回の「万能傷薬」は、戦場で一瞬にして傷を塞ぐ極めて実用的な『超高性能救急薬』だったのだ。


「神崎所長!」佐藤研究員が目を輝かせて詰め寄った。


「10本の神薬は人工合成の目途すら立ちませんが、この傷薬なら話は別です! この未知の植物エキスの分子構造を解明し、バイオリアクターで培養・人工合成ができれば……数年以内に我が国の医療現場、そして自衛隊の衛生部隊へ『塗るだけで傷が塞がる夢の救急薬』として配備できます!!」


「よし……!」


神崎所長は強く頷いた。


「10本の神薬は『国家の究極のカード』として温存。そしてこの『緑の小瓶』の解析と人工合成プロジェクトを、我が研究所の最優先事項とする! 総員、総力を挙げて取りかかれ!!」


「「「オーーッ!!」」」


数十名の天才科学者たちが歓喜の声を上げ、徹夜確定の分析作業へと突入していった。


その頃。

セーフハウスの最上階。


国家のトップ頭脳たちが「神薬の完全封印」と「傷薬の超応用」に涙を流して歓喜していることなど知る由もなく、春奈は右手の『収納の指輪』をかざして遊んでいた。


「しゅんっ、ポコンっ、しゅんっ……」


指輪の空間にポテトチップスの空き袋を入れたり出したりしながら、春奈は至福の笑みを浮かべていた。


「う〜ん、やっぱりゴミ箱まで行かなくていいの最高だな〜。あの緑の瓶、ただの傷薬っぽいから神崎さんたちにあげちゃって正解だったわ」


春奈は国費で頼んだ高級メロンを一口食べると、ふかふかの布団に包まり、今日も呑気に昼寝を始めるのだった。


その日の深夜——。

東京都心から太平洋を挟んで約数千キロメートル離れた、アメリカ・バージニア州。


針葉樹林の森に囲まれ、巨大な衛星通信アンテナの群れが夜空を見上げる国家安全保障局(NSA)の広大な敷地内に、世界中の電信・通信データを24時間体制で傍受・解析するSIGINTシグナル・インテリジェンス統合解析センターが存在していた。


何百台もの高解像度モニターが淡い青光を放つメインオペレーションルームにて、深夜シフトに当たっていた若手アナリストの端末が、低く鋭い警告音を鳴らした。


「……ん? なんだこのトラフィックのスパイク(急上昇)は……」


若い解析官が首をかしげ、画面上に並ぶ幾何学的な暗号データのグラフを見つめたまま眉をひそめる。

その微かなつぶやきを聞きつけ、コーヒーカップを片手に持ったベテランの主任解析官が、ゆっくりと背後から近づいてきた。


「どうした、トム。どこかの通信ケーブルでも切断されたか?」


「いえ、違います。日本政府の暗号通信ログです。ここ二十四時間のデータ量を解析していたのですが……日本の内閣官房、防衛省、警察庁、厚生労働省、防衛医科大学校、さらには『国立高度医療科学研究所』のあいだで交わされている最高ランクの暗号通信量が、平常時の約十八倍という異常な跳ね上がりを見せています」


主任解析官の目が、コーヒーの湯気の向こうで鋭く細められた。


「十八倍だと……? 日本国内で大規模な自然災害でも発生したか? 地震か、あるいは巨大台風の直撃か?」


「直ちに気象庁およびUSGS(アメリカ地質調査所)のデータを照合しましたが、主要な地震も気象異常も起きていません」


若手解析官がキーボードを打ち込むと、大型スクリーンに日本列島の詳細な地図が投影された。東京を中心に、無数の通信回線を示す赤いラインが網の目のように複雑に絡み合い、激しく点滅している。


「自衛隊の動向はどうだ?」


「一部の特殊部隊および衛生部隊が、極秘レベルの行動命令を受けて移動している痕跡があります。ですが、防衛省のデータベースに『災害派遣』の記録は一切作成されていません」


「テロか? 警察庁公安部の動きは?」


「公安、特別捜査隊ともに、目立った出動体制は確認できません。テロの予告も扇動もキャッチされていません」


「……未知の感染症か? 厚労省が噛んでいるんだろう?」


「厚労省のトップラインは確かに激しく稼働していますが、全国の主要病院や保健所に対して感染症警戒レベルを引き上げる通達は一切出ていません。パンデミックの兆候もゼロです」


暗いオペレーションルームに、束の間の静寂が訪れた。

膨大なデータを監視し続けてきた主任解析官は、腕を組みながら低く呟いた。


「……説明がつかないな。日本政府の全省庁が、何らかの理由で同時にパニックを起こしている……いや、高度に統制された『緊急事態』に対処している最中だ」


その時、デスクのAI自動解析システムが「ポーン」と静かなシグナル音を立て、新しい分析レポートを画面に表示させた。


【危険度評価(THREAT LEVEL):継続的上昇中】


「主任、またデータが入りました。特定のノードにデータが集中しています」


「どこだ?」


「東京都郊外に位置する地下研究施設——『国立高度医療科学研究所』です」


解析官が画面に施設の詳細データを表示させる。


「施設の電力消費量が、本日未明から通常の三・七倍に達しています。内部の冷却システムがフル稼働状態です」


「三・七倍……!? あの規模の研究所でそれだけの電力を食うとなると、何をやっている?」


「外部からの電力ログと電磁波ノイズの解析から推測するに、超高分解能の電子顕微鏡、大型粒子分析装置、そして世界最高スペックの超高性能質量分析計が、24時間完全フル稼働で回されています」


主任解析官は顎に手を当て、深く思考を巡らせた。


「あのクラスの研究施設が全装備を不休で稼働させるとなると……新型兵器の開発か……?」


「その可能性はあります。ですが放射線モニタリングの衛生データに異常はありません。核関連の実験ではないでしょう」


「生物兵器か? 遺伝子組み換えの致死性ウィルスか何かか?」


「施設内のバイオセーフティレベル4(BSL-4)区画が完全に閉鎖・稼働しています。可能性としては否定できません」


二人の間に、重苦しい空気が漂う。

しかし、若手解析官は首を傾げながら画面のデータをさらにスクロールした。


「ですが主任……仮に危険な生物兵器や新型兵器の研究なのだとしたら、防衛省と一部の専門家だけを隔離して処理すれば済むはずです。なぜ総理官邸、警察庁、厚労省、さらには文部科学省や一般大学の研究機関、防衛医科大学までが、同時に同じ暗号ラインに組み込まれているのでしょうか?」


「……お前の見立てを聞こう」


「国家全体が、省庁の垣根を完全に撤廃して……たった一つの『何か』を総力を挙げて守り、解明しようとしているように見えます」

読んでいただきありがとうございます!

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