9.墓前での戦い
地面から突き出た手は浅黒く、指先は裂けて骨が見えている指もあった。目が離せず、口の中が渇く。袖に溜まった土がぼろぼろ落ちる。片方の手が腕まで出たところで、もう片方の手も土を押し分けて出てきた。
「な、なんだこれ、ぞ、ゾンビ!? ゾンビか!?」
陽の怯えた声で我に返り、後方を確認し限界まで距離を取ると右手を前に突き出した。光が収縮し、現れた銃を握りしめる。小刻みに手が震えていた。
埋められた状態から生き返るのかよ
「やめろ……やめてくれ」
懇願するゼインは腰が引けていて、顔は真っ青だった。少しずつ後退していく。
土が大きく盛り上がる。両手を地面につき、這い出ようともがいていた。土が崩れていき、栗色の髪が見えた。見てはいけないと本能が警鐘を鳴らすのに、視線を逸らせない。被っていた土が零れ落ち、顔の形をした何かが露になった。腐敗が進み目も唇もない。今まで嗅いだことのない悪臭が一気に押し寄せ、息を詰めた。離れていても目に沁みる。
「ぎゃあぁぁっ……うぇっ」
近くで叫んでいた陽はまともに吸い込んだようで、むせ返っていた。口に腕を押し当て、急いで距離を取っている。
「そんな、嘘だろ……ダズ」
ゼインは膝から崩れ、墓から這い出たかつての仲間を見ていた。空虚な声に、現実を拒絶する瞳。
「ちょっ、これどういう状態!? おっさんのために生き返った? それとも敵!?」
陽が口に腕を押し付けたまま、振り向いて叫んだ。陽は俺の斜め左手前にいる。二人で戦うときの配置だ。俺が銃を向けているから臨戦態勢は取っているが、剣は出していない。
「知るかよ! 襲い掛かってきたら敵だ!」
ゾンビは緩慢な動きで立ち上がり、周りを見回した。腐乱臭が濃くなり、体にまとわりつくようだ。浅く口呼吸に切り替えてもあまり意味はなく、えずきそうになった。ゾンビの顔が俺たちの方向で止まる。目があった場所は空洞なのに、まるで見えているようで、恐怖が体を駆け抜ける。
「陽! 剣を出せ!」
「わかった!」
陽が宙を裂くように剣を出し、ゾンビに向ける。その切っ先は震え、じゃりっと足を引いた音が聞こえた。ゾンビの手がゆるゆると持ち上げられ、俺たちに向けられた。
「――ゆ、しゃ――さま」
むき出しになった歯。その奥から絞り出されたような声に、恐怖と拒絶感が爆発した。照準を定めずに連射する。肉が飛び散り、崩れ落ちていく。
「流希! 撃つなら言え!」
発射音に飛びのいた陽の怒鳴り声で、俺はトリガーを引く指を止めた。肩で息をしていることに気付き、舌打ちが出た。
「悪い……」
倒せたかとゾンビに視線を向けた瞬間、ひっと喉の奥が鳴った。ゾンビは顔の空洞をこちらに向けたまま立っている。喉を打ち抜いたからか、不明瞭な音が漏れていた。
「ムリムリ! ゾンビじゃん、死なないじゃん! こっち来るな!」
陽はパニックになっていて、剣を突き出して追い払おうとしている。だがゾンビに痛覚はないのだろう。体に穴が開いても剣で切られても動きが変わらなかった。
「一緒だ。あの時と、一緒だ……」
ゼインは膝をついたまま、手をだらんと下ろして放心している。
「おい、何か知ってるなら教えろ!」
今は少しでも情報がほしい。だがそう問いかけても、ゼインはゾンビに顔を向けたまま、体を震わせていた。陽が駆け寄りその肩を掴む。
「おいおっさん! 何か知ってるかって聞いてんだよ!」
ゼインの肩が跳ね、弾かれるように陽を見上げたが、すぐに顔をゾンビに戻した。唇を震わせ掠れた声を出す。
「あの時も……俺たちは戦ったんだ。死なない、立っている魔物。……だけど、死ななくて」
確かにこのゾンビも敵意がなく、ただ立っているだけのように見える。
「どうやって倒したのさ!」
「た、倒してない……倒せなかった!」
悲痛な叫び声。立っている仲間の背後に、その時の戦場を見ているのだろう。ゼインは意味なく口の開け閉めを繰り返し、目線を落とした。平坦な声が落ちる。
「……急に地面が光って、目を覚ましたら、みんな死んでた」
生ぬるい風が吹く。首筋に冷たさを感じて、冷汗をかいていたことを知った。
「じゃあ、どうやって倒すんだよ!」
「陽! ひとまず首をはねろ」
「はぁ!? ムリだよ! これ人だったんだろ。俺人は殺せないよ!」
「もう死んでるだろ!」
陽は半泣きでわめき、首を横に振っている。俺の銃ではさすがに首は飛ばせない。
「勇者なんだろ! 人の形をしていても、敵に変わりはないだろうが!」
「で、でも!」
完全に腰が引けている。俺は悪態をつき、やるしかないと首に照準を合わせた。次の瞬間、地面が揺れ墓石が倒れだす。土が盛り上がっていた。
「おいおい、まじかよ」
「えっ、ちょっと、まじで!?」
「……なんで、みんなが」
最悪の状況だった。次々に墓から死体が蘇る。一気に刺激臭が押し寄せ、耐えられなくなりその場に吐いた。涙が滲む目を腕でこすり、何か打開策はないかとゾンビに視線を滑らせていく。全員顔は分からないが、髪色と服装、武器が生前の姿を連想させる。
「ゆる、許してくれ……俺が、俺だけが生きてるから、怒ってるのか? それとも、ちゃんと弔ってやらなかったから」
ゼインは頭を抱え、涙交じりの声で許しを請いながらうずくまっていた。手が腰の剣に伸びることはない。
くそっ、戦えないやつを気にしてもしかたない。冷静になれ。生き返るんじゃなく、死なない。……んなわけあるか。もとより死体だ。ということは、何かに動かされている感じか?
ゾンビから生命は感じない。そして意思も……と思ったとき、ゾンビたちが隊列を組んでいることに気付いた。のろのろと腕が武器に伸びている。
「陽! 来るぞ!」
俺はゾンビの頭を打ち抜いていくが、奴らは止まらずに武器を構えた。剣を向けるもの、弓をひくもの。ゾンビたちは体を揺らしながら、こちらに向かってきた。
「ぎゃあぁぁ! 来ないで! むりいぃぃ!」
陽は近づいてくるゾンビに剣を振り回して応戦していた。魔物相手だと威勢がよかったのに、人型になったとたんこれだ。ゾンビの動きは遅いので、陽に剣は届かず相手の腕を斬り飛ばしていた。斬りつけるたびに「ごめんなさい! ごめんなさい!」と謝っている。
俺は急所がないかと、頭、足、手と狙って撃つが倒せない。しかも動いているから的を絞れなかった。苛立ちが募る。そこに陽の甲高い叫び声が重なって、銃を投げつけたくなった。
「おい! お前魔法が使えるだろ! こいつらの動きを止めろ! それか燃やせ!」
「ひぃっ! 簡単に言うけどな、近くで見たら生々しいんだぞ!」
陽は文句を言いながらも、左手を突き出し、ゾンビの足元目がけて氷を放つ。氷は周囲を巻き込んで凍り付き、ゾンビの動きが止まった。そこを逃さず、俺は心臓に弾を撃ち込む。一瞬、ゾンビの動きが止まった気がした。
心臓の辺りか……?
狙いを絞り、心臓の周囲を撃っていく。上、右斜め上、右――。一つ一つ確かめるように撃ち抜き、心臓の左に穴をあけた。次の瞬間、ぐらっとゾンビが大きく揺れ、地面に崩れ落ちる。
「よしっ、……陽! 胸の中心から左に2センチ、紋章の羽あたりを狙え!」
「わ、わかった! ああぁ、おっさんの仲間さん、ごめん!」
陽は一歩踏み出し、服についている紋章を貫いた。ガクリとゾンビの動きが止まる。
よし、いける。そうだ、ゼインは!?
手ごたえを感じたところで、ゼインを探せばうずくまったまま顔だけゾンビに向けていた。涙を流し、口だけがかすかに動いている。銃の音で声は聞こえないが、仲間の名を呼んでいるような気がした。
5体、4体と減っていく。急所が分かっても、一発でそこに当てられない。陽が剣を防ぎ、足元を固めて俺が撃つという流れができていた。だが、二体同時に襲われたら崩れてしまい、時間もかかる。
ここで、あいつが敵を足止めしてくれたら……
ゼインはこんな状況になってもまだ、呆然と見ているだけで、考えても無駄だと目の前の敵に集中する。
「あぶねぇっ」
陽は剣を交わし、横からきた一撃を受け止める。
「うぐぐ……俺一人じゃむり!」
ゾンビたちは数が減ったが、連携しはじめていた。陽は魔法が得意とはいえ、剣で戦いながら動く敵に魔法を当て続けることはできない。自ずと一体ずつ処理していくことになり――。
「陽! 後ろ!」
目の前の敵に集中していた陽の背後で、弓を持ったゾンビが矢をつがえていた。矢先はまっすぐ陽に向けられている。弓を引き絞る音がやけに大きく聞こえた。
まずい!
急いで銃を向けるが間に合わない。
ビィンッ、と弾けた音が耳に刺さった。
「陽っ!」




