8.騎士が剣を置いた理由
翌朝、朝食を済ませて部屋に戻ると、陽がベッドの上であぐらをかいて座っていた。朝起きたらいなかったので、どこかに行っていたのだろう。目が合った瞬間嫌な予感がして、回れ右したくなった。
「なあ流希、今日あのおっさんのとこ行こうぜ」
やはり諦めていなかった。俺は向かいのベッドに腰を下ろす。
「……冒険者ギルドに行くってことになっただろ。昨日カイに別のやつを探すなら一カ月かかるって言われたんだから」
昨晩、様子を見に来たカイに尋ねたときに、面倒そうな顔でそう返された。だから今日は、ゼインに会いにいかずにまず冒険者ギルドでいい人材がないか探すことになったのだ。カイに急ぎの仕事が入って、ゼイン説得についてこられないことも理由の一つだった。
「そうなんだけど……実はさっきまで、この辺りであのおっさんのことよく知ってるおばあちゃんたちと話しててさ。遠征の時以外は、毎朝この辺り走って川辺で素振りしてたんだって。小さい時から毎日毎日……それが、プッツリ無くなったから心配してた」
先ほどから少し沈んだ様子だったのは、その話を聞いたからか。
「だから……力になりたいんだ。俺たち、勇者だろ?」
「……勇者、か。戦場で心に傷を受けた兵士が戦えるとは思えないけど」
仄暗い感情が引きずり出され、吐き捨てるような言い方になった。
「見捨てられないじゃん。大丈夫だって。こういうのは、正面からぶつかれば分かり合える」
陽の表情にいつものようなふざけた様子はなく、俺は内心ため息をつく。
本気でできると信じてるのか……
今から別のやつを探すにしても一か月かかる。それなら、もう一度ゼインに会って見極めるのも悪くない。
「――今日1日だけな」
「よっしゃ! じゃあ、午前中はできるだけおっさんの情報集めて、午後から突撃だ!」
そうして午後、俺たちは再びゼインのもとを訪れていた。呼び鈴を鳴らしても出て来ず、鍵のかかっていないドアから入る。家具や人形はそのままだが、コップがなくなって空の酒瓶がテーブルに置かれていた。
「ここが昔孤児院だって分かってから見ると、なんか悲しいよな」
陽がおもちゃの山から外れて転がっていたぬいぐるみを持ち上げ、軽くほこりを払って窓辺に置いた。柱やテーブルの傷、戸棚の小さな食器たちから、子どもの声が聞こえてくるような気がした。軽く眉を寄せて、進むべき廊下の先に視線を向ける。
「……裏庭にいなかったらどうするんだ」
「帰ってくるまで待つ」
ここまで来たら、引き返す選択肢はない。陽が裏庭に続くドアを開け、一歩裏庭に足を踏み入れた瞬間空気が震えた。二人して右に顔を向けると、砂地に不揃いな石が等間隔で並んでいる。そこに、ゼインがいた。
口の中が渇く。何に対する緊張か分からない。考え始めるよりも先に、こちらに背を向けて立っていたゼインが振り向いた。
「また来たのか、ガキども」
「あ、どうも。こんにちは~」
陽は笑顔を作って近づいていく。その顔が少し引きつって見えるのは、この変な空気のせいか、ゼインの刺々しい雰囲気のせいか。
「何度来ても答えは変わらないぞ」
ゼインの声には芯がある。目に力があり、こちらをまっすぐ見ていた。ほんのり酒の臭いはするが手に酒瓶はなく、昨日、一昨日に比べれば正気に近いように思える。陽と俺は、ゼインに手を伸ばせば届く距離まで近づいた。その気になれば、ゼインに腰にある剣で斬りかかられる範囲。
「やだね。俺たちはおっさんと行くって決めたんだ」
「あの姉ちゃんに何ていわれたのか知らねぇが、騎士でも冒険者でも俺より強くて面倒見がいい奴はごまんといる。さっさと次をあたりな」
ゼインは軽くあしらってきた。前回と違い会話が成り立ちそうだと、俺も話へ入り交渉の糸口を探す。
「次を探すにも時間が惜しくて、一刻も早くこの国の危機を救わなくてはいけないんですよ」
「興味ねぇ」
「俺たちについてくれば、国からまとまったお金がもらえますし、名誉だって」
「ますます嫌だね」
思った通り、名誉も金も使命感も刺さらない。ゼインは鼻で笑い、その目に憐れみが映った。
「ガキ二人に何ができる。お前たちこそ、勇者なんてやめちまえよ。世界を救う? 馬鹿な夢見てんじゃねぇよ」
「おっさん、勇者なめんなよ! 俺たちには世界を救える力がある。だから努力して、強くなったんだ。困っている人がいて、助けられるならやるに決まってるだろ!」
清々しい善意に、俺の前勇者への復讐という悪意が照らされる。
「とんだお人よしの甘ちゃんだな。そんなんじゃ利用されて捨てられても文句は言えないぞ。顔を洗ってこい。助け合いの優しい世界なんかどこにもねぇ」
それは俺も同感だが、他人の口から出ると不思議と苛立つ。だが、俺が言い返すよりも早く、本人の怒気が露になった声が飛ぶ。
「はぁ? ネガティブすぎだろ。うじうじうじうじと、いい年したおっさんが、いつまでも過去の失敗を引きずってんじゃねぇよ!」
「……なんだと?」
ゼインの声が揺れる。空気が一段と冷えた。ゼインは剣の柄に手もかけていないのに、切っ先を向けられているような緊迫感。
「町の人たち、みんな言ってた。おっさんは子供の時から人一倍努力家で、孤児院のみんなと騎士になるって夢のために頑張ってたって。で、実際騎士になったんだろ? そりゃ、仲間を失ったのは辛いだろうけど、ここで立ち止まったら今までの努力が無駄になるじゃん」
陽は胸を張って堂々とゼインに語りかけていた。ゼインは唇を固く引き結んでいる。
「努力は必ず報われるんだ。報われてないなら、それはまだ努力じゃないんだよ」
――きれいごとだ。陽のまっすぐな目は、俺には痛かった。ゼインの顔が歪む。二人から視線を外してしまったせいで、ゼインの動きに反応できなかった。
「努力は必ず報われるだぁ?」
「うわっ」
ゼインは一歩距離を詰め、陽の胸倉をつかんでいた。血走った目と殺気が混ざった怒りに止める声も出せない。陽の足が地面から浮く。
「それじゃあ、こいつらが死んだのは、努力が足りなかったからだってか!? こいつらが血反吐を吐いて必死に突き進んだ道を、お前は努力じゃねぇって、墓の前で言えんのか!」
歯を見せて吠えたゼインは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「……はな、せよ」
陽は逃れようとゼインの腕を両手で掴むがビクともしない。蹴りを入れようとした次の瞬間、背中から石に叩きつけられていた。墓石が一つ倒れる。
「いってぇ……」
陽は痛みに顔を顰めながら石に手をついて立ち上がり、周りを見回す。
「これが、全部……墓?」
石は全部で9つ。どうりで嫌な感じがしたわけだ。
「……そうだ」
ゼインは舌打ちをし、倒れた石を起こした。土を払って、元の場所に収める。墓石を見つめるゼインの目は優しく、その下にいる仲間たちに向けられているのだろう。
「この孤児院で育って、俺のバカみたいな夢に付き合ってくれた仲間だ。やっと夢が叶って、これからだったのに……あっけなく死んじまった。俺には、こいつらを巻き込んだ責任がある。……だからここで、墓守として生きるんだ」
初めてゼインの輪郭を掴めた気がした。怠惰でも、挫折でもない。絶望でうずくまっているのでもない。ここにいると決めている。
「そんな……でも、俺は勇者で、みんなを救う使命が」
陽はうつむいたまま、ぶつぶつと何か小さく呟いていた。ゼインは静かに息を吐いて立ち上がり、顎でドアを指した。その目がこれ以上関わるなと告げていた。
だけどその目は、初めて会った時と同じ――。
俺はゼインの視線を正面から受けた。
「……それでも、諦められないんじゃないのか」
その目の奥では縋っている気がした。
「は?」
「え?」
怒りと驚きの声に次の言葉を探そうとした瞬間、足元から何かが這い上がる感覚がした。遅れて鳥肌が立っていることに気付く。
「――え?」
自分の声か、誰かの声か。視線が小刻みに震える石に吸い寄せられる。土が盛り上がっていき、手が突き出た。




