7.訳ありの騎士
翌日、俺たちはゼインのところではなく、冒険者ギルドに来ていた。身分証が必要なのと、この世界を知るには手っ取り早い方法だからだそうだ。
「ギルドカードゲット~。冒険者って、男のロマンって感じだよな。クエストに報酬、楽しみ!」
「……まあ、冒険者兼王宮の職員として石碑を周ってもらうから、依頼を受ける必要はないけどね」
「俺もさっさと石碑周って勇者を見つけたい」
掲示板で依頼は見たが、薬草採取に魔物討伐、人探しと特に興味を惹かれるものはなかった。
「も~、二人とも夢がないなぁ」
そして、講習とランク判定試験に一日かかるということで、カイとは一度別れることになった。講習でギルドのシステムと冒険者について学び、回復薬を3本支給されただけで西の森に入って魔物討伐試験に挑む。試験官に指示されるままに、魔物を倒していった。
ギルドに帰れたのは日が暮れる頃で、俺たちはAランクになったのだった。
「すげぇなあいつら、初日でAランクとか久々じゃね?」
「あぁ、ゼイン以来だ」
周りの冒険者の反応に、陽は自慢げにカードをひらひらさせている。Aランクはカードが金色で目立つ。
ゼインか……強さは本物みたいだが、あの様子じゃあな……。ここにいる冒険者でもいいんじゃないか?
戦闘面を補うなら、強さがあればいい。後でカイに会ったら聞くことにする。
そしてその帰り道、陽は上機嫌で実地試験の話をずっとしていた。
「なあなあ! 流希が大鷲の羽を撃って、俺が首を飛ばしたやつ最高にかっこよかったよな! そんで、ここに騎士がいれば楽勝じゃん!」
それは同感だ。だが、それは別にゼインでなくてもいい。
適当に相槌を打てば、陽はずっとしゃべっている。さすがに疲れたのでさっさとご飯を食べて宿に戻りたい。何を食べようとかと道の両脇にあるご飯屋に目を向けたところで、陽に服を引っ張られた。
「おい」
「ちょっ、あれ見て。ゼインだ!」
小声で陽が指さした先には、千鳥足の男がいた。赤い髪、昨日と同じ服、間違いない。
「ミザリーちゃ~ん! 今日もぉ、可愛いね~。今ひまぁ? いっぱい、どう?」
道を行く女性にゼインが絡んでいた。呂律もあまり回っていない。仲間にしたくない度がさらに上がった。
「いい加減にしなさいよ! ラウダの名が泣くわね! それに私はミザリーじゃないわ!」
強気の女性はゼインに平手打ちを食らわせ、肩を怒らせて立ち去って行った。
「うわぁ……最低」
さすがの陽も引いている。
「なんだよ……どいつも、こいつも」
ゼインはしばらく女の後ろ姿を見ていたが、ふらりと歩き出し近くの店に入っていった。後をついて看板を見れば、酒の出る大衆食堂だ。
「見ちゃいけないもの見た感じだよなー。でも気になるし……よし、入ろう」
「なんでだよ。会うのは明日だろ」
「いいじゃん。何かわかるかもしれないし、うまくいけば酒の勢いで仲間にできるかも」
何を能天気なと制止する前に、陽は店に入っていった。こういう馬鹿は考えるより先に動くからこっちが疲れる。しかたなく、俺も店に足を踏み入れた。
店内は活気にあふれていて、兵士が多かった。冒険者の姿も何組かある。俺たちは店の奥にある席に座った。メニューは壁にかかっている板に書かれていて、肉の串焼きが名物のようだ。店員に肉と野菜の串焼きとスープ、パンを頼んだ。陽は串焼きを全種頼んでいる。
「あいつ、まだ飲むのかよ」
ゼインは俺たちと対角線上にあるカウンターにいて、木のジョッキで酒を飲んでいた。周りの客が飲んでいるのを見るに、ビールに似た何かだ。
来た料理を食べながら、ゼインの様子を伺う。
「げっ、もう3杯目だ。あ、お姉さんに向かって何か言ってる。あれぜってぇ、もっと酒寄越せとかだぜ」
決めつけにかかっているが、間違いでもなさそうだ。給仕の女性は心配そうな顔をしているのに対し、ゼインは怒りもあってか顔が真っ赤だ。しばらく問答が続き、ゼインは拳をカウンターに打ち付けた。一瞬で店内が静かになったが、すぐに騒々しさが戻る。
「何今の」
肉にかぶりつき、串から外しながら陽は鋭い目を向けていた。
「みっともねぇ大人だな」
俺はゼインから目を離し、周りで酒を飲んでいる男たちを見回した。さっきの静寂には違和感があった。元に戻るのが速すぎたんだ。
――こいつら、何か知ってそうだな
聞いてみようかとタイミングをうかがいながら、肉をフォークで外していると、向こうから声をかけられた。
「よお、見ない顔だな。冒険者か?」
隣のテーブルにいた男が、ジョッキを持ってこちらに座ってきた。若い兵士で、陽の隣に座る。
「はい! 俺たち同じ村の出身で、最近この町に来て冒険者になったんです。よろしくお願いします!」
こういう時の設定は決めてあった。陽は人と距離を縮めるのがうまいから最初の会話は任せている。
「へぇ、若いのに立派だな。ここを拠点にするのか?」
「まだ決めてませんけど、慣れたらもっと大きな町にいく予定です。有名な冒険者になりたくて!」
陽は人懐っこい笑みで会話を続ける。周りで聞き耳を立てていた男たちが警戒を解いたのを感じた。
「若いってのは眩しいなぁ」
空気が緩んだところで、俺も会話に入る。
「あの、すみません。カウンターにいる人は、誰なんですか? なんだか荒れているみたいですけど」
あくまで少し気になるというように、警戒と好奇心を混ぜた顔を作る。男の反応をうかがうと、「あぁ」と顔を顰めた。
「ゼイン・ラウダだよ」
「えっ、あの英雄の!?」
ここまでは俺のシナリオ通り。さて、次はどうなるか。
「おいやめとけ」
そこに背後から声が飛んできた。振り向けば頬に傷がある男が、飲み干したジョッキをテーブルに置き口ひげについた泡を手の甲で拭う。周りに視線だけ飛ばせば、誰も似たような渋い顔になっていた。
「え~、教えてくださいよぉ。気になるじゃないですか」
陽が顔の前で手を合わせてお願いしても、険しい顔で首を横に振られた。もう一押ししようと、給仕のお姉さんを呼び止める。
「お姉さん、この二人に同じのを。あと串焼きも5本追加。……俺たち、凄腕の冒険者を目指してるんです。若者を助けると思って」
「いや、だがな」
すぐさま大きなジョッキに並々注がれた酒が運ばれてきた。男たちの喉が鳴る。そこに串焼きの香りが追い打ちをかけた。しばし見つめあい、男たちはジョッキを手に取った。後ろの席にいた男もこちらのテーブルに来る。
「まあ、この町にいたらどうせ知ることになるしな」
「夢を壊すようで悪いけどよ」
二人は串焼きの肉にそのままかぶりつき、脂を酒で流し込んで一息つく。その一瞬の間と下げられた視線が、重い空気を忍ばせた。若い兵士が口を開く。
「……ゼイン・ラウダは、俺たちの英雄だった。孤児院出身で兵士になり、そこから才能と努力で騎士まで上り詰めた。気取らないやつでさ。俺たち平民兵士の憧れだった。それがなぁ……」
ちらりと肩越しに振り返った。ゼインはまだ一人で飲んでいる。
その先の言葉は、傷のある兵士が引きついだ。
「ああなっちまうのも仕方がねぇさ。あれはそうだな……一か月半ぐらい前か、あいつが騎士になって、同じ孤児院出身のやつらと作ったラウダ隊の初陣だ。変な魔物が出たとかで、あいつの隊を含む500人が討伐に行ったんだ」
そこで話を切り、男は酒を煽った。飲まなきゃ話せないとでも言うように。
「……で、帰ってきたのはあいつ一人だった」
「えっ」
陽の声が漏れ、俺もパンをちぎる手を止めた。若い兵士がため息をつく。
「あれは不気味だった……死体を回収しに行ったけど、ほとんどが無傷だったんだ。眠るように死んでた」
「それからだよ。あいつが酒浸りになったのは……」
それ以上は聞ける雰囲気じゃなかった。そのあとは雑談や魔物討伐の話題になって、ほどなく俺たちは店を出た。重い足取りで宿へと向かう。俺たちは無言のまま、足音だけが続いていた。




