6.ゼイン・ラウダ
ゼイン・ラウダは王都の西門から馬車で1時間のところにある要塞都市に住んでいるらしい。さすがに二人だけでは行けないため、カイが付き添ってくれることになった。初めての外出が、城の外どころか王都の外とは思いもしなかったが、旅に向けて町でのふるまい方を教えてくれるらしい。
王都の門を出れば農地が広がっていて、街道沿いを進むうちに村をいくつか見た。
「高い壁だな~」
陽は馬車から顔を出し、目の前に迫ってきた外壁を見上げて間の抜けた声を出している。
「ここの西には広大な森が広がっていて、魔物がうようよいるの。この要塞都市は王都への侵入を防ぐ役目を担っているのよ」
地図で名前は知っていたが、実際に目にするとまさに要塞のような町だった。近づくにつれ、木の柵が等間隔に並び始め、濠も見えた。この町は王都の4分の1程度らしいが、兵が駐屯している。人口の1割が兵士で軍関係者を含めると2割に上るそうだ。
「それで、ゼインはどんな人なんだ?」
「そうね……庶民の出で騎士になった優秀な人よ。彼自身も彼の隊もとても強くて、この町の英雄ね。……これ以上は、会えば分かるわ」
何やら含みを持たせた言い方で、カイは話を切り上げた。ほどなく馬車は要塞都市に着き、検問に30分ほどかかった。兵士たちが訓練する声が聞こえてくる。街並みは王都のような優美さはなく、防衛や実用性に重きを置いた無骨な作りという印象を受けた。街行く人の目もどこか刺さるようで、監視されているみたいだった。
「ここから少し歩くわよ」
馬車を降り、路地を進んでいく。大通りから一筋中に入れば民家が立ち並び、子どもたちが兵隊ごっこをして遊んでいた。そこからさらに進めば民家がまばらになりだし、前方に蔦に覆われた大きな家が見えてきた。まっすぐそこに向かうカイに、嫌な予感がしてくる。
「おい、まさかあそこか?」
「えぇ……そうよ。この時間はだいたいここにいるわ」
「え、廃墟じゃん」
隙間から草が生えた石造りの塀、門は片方の扉が壊れていた。門の脇にプレートがあるが草と蔦で隠れている。とても人が住んでいるようには見えないが、カイは迷うことなく入っていく。
「お、おじゃましまーす」
陽が遠慮がちに辺りに目を配りながら、敷地へと入った。
木のドアの横にベルがあり、カイが紐を引くとカランカランと大きな音を立てる。それに応える声も気配もなく、カイはさらにドアを叩いた。
「ゼインさ~ん? いますよね~?」
繰り返しドアを叩いても、何の返事もなかった。ここまで来て留守なのかと、陽と顔を見合わせた時、カイがドアを開けた。
「おい」
「ちょっと、まずいって」
鍵が開いていたにしても、カイは全く躊躇がなかった。おそらく今までもこうやって中に入っていたのだろう。カイが進んでいくので、俺たちも仕方なく足を踏み入れる。中は思ったほど埃っぽくなかったが、入ってすぐの広間には机といすが乱雑に並んでいた。人はいるようで、テーブルの上に飲みかけのコップが置かれていた。広間の隅にボールや人形、おもちゃが固めてある。その先の廊下に個室が続いていて、寮のような作りだ。
「ゼインさ~ん」
カイが大声で呼びかけるが、物音一つしない。これは本当に留守なのではと思ったところで、カイは廊下の先にあるドアから外に出た。裏庭のようだ。表に比べればきれいだが、花など目を楽しませるものはない。砂地に不揃いな石が等間隔で置かれていて、ぞわりと背筋に嫌なものが走った。
反射的に視線を外す。そのまま逃げるように奥を見ると、一本の木が立っていた。
「ほらいた」
その幹に、男がもたれかかって座っている。赤髪の短髪、よく日に焼けた肌。遠目でも体格がよく、鍛えられていることが分かる。
「ゼインさ~ん。お返事もらいに来ましたよ~。勇者の護衛、引き受けてくれますよね?」
カイは古い友人のような気軽さで、片手をあげて男に近づいていく。俺たちも少し遅れてついていった。男は微動だにせず、まるで物のようだ。舌打ちが妙にはっきり聞こえた。
「また来たのか」
低い声だった。男は緩慢とした動作で首をこちらに向け、片手に持っていた瓶から何かを飲んだ。それが何かは近づけばすぐに分かった。
「酒くさっ」
陽が思わず口に出し、俺も眉を顰めるぐらい、男からは酒の臭いがした。
「ゼインさん、また飲んでるんですか? この間お酒は止めましょうって言いましたよね?」
「うるせぇ。お前に言われる筋合いはねぇ。しかも今回はガキまで連れてきやがって……」
ゼインの服は色あせ、くたびれていた。不精髭もあいまって、だらしなく見える。
なんでこんな男を護衛役にしたんだ。問題ありまくりじゃないか
二人で旅ができるように上を説得する算段を付け始めていると、陽が一歩前に出た。
「あの、初めましてゼインさん。俺は陽で、こっちが流希。俺たち、異世界から召喚された勇者なんです」
「はぁっ!? 勇者ってこんなガキなの!? 俺にこいつらのお守をしろってえ!?」
勇者と耳にしたとたん、ゼインは目を見開き唾を飛ばしてきた。酒瓶を持ちながら指をさしてくる。俺たちをガキ呼ばわりしたゼインは30代前半ぐらいに見えた。
「勇者がこの世界を救う旅に同行する、崇高な役目です。それは何度も説明しましたよね!?」
カイの口調が荒くなる。おそらくこんなやり取りを毎回しているのだろう。それでもこいつにこだわるのは、それなりの理由があるということか。
「そんな崇高なお役目なら、お貴族様たちが喜んでその身を捧げるだろ」
「いえ、勇者様二人は異世界では市井で暮らされていた身。貴族の付き合いづらさは、よくわかるでしょう? もう、これ以上時間はかけられないんです。騎士なら、責務を全うしてください」
「うるせぇな、何が騎士。俺は騎士を辞めるって言ったのに、却下してんのはそっちだろ。誰がこんなガキを……百歩譲って、可愛い女の勇者なら考えたのに」
ゼインは酒瓶の底を回し、一気に呷った。手の甲で口をぬぐい、不躾な視線を向けてくる。
こんなやつ。こっちから願い下げだ
「カイ、もう――」
ゼインを見限って去ろうとカイに顔を向けた。そこに「はあ?」と低い声が割り込む。
陽?
逆側に顔を向ければ、陽はゼインを睨み低く言い放った。
「おっさんがグダグダ言ってんじゃねぇよ。俺たちはさっさと冒険したいのに、お前がごねるから迷惑してんだ! 引きずりだすからな!」
「だから、俺はここを離れるつもりはないんだ! これ以上何か言えば、叩き斬るぞ!」
ゼインは酒瓶を俺たちに向け放り投げると、左腰にある剣の柄を握った。背後で酒瓶が壁に当たって割れる音がする。陽を上回る声量と威圧感。
これは交渉の余地ないな
「やれるもんならやってみろよ! こう見えて俺、結構強いからな! 絶対おっさんを仲間にするから、見とけよ!?」
おいおいまじかよ
怒気をにじませ啖呵を切った陽だが、俺はもうこいつと関わりたくない。
「ハル君、ルキ君。今日のところはここまでにしましょ」
「もう来るんじゃねぇ」
「おっさん、またな」
吐き捨てるゼインに、陽はわざとらしく「またな」を強調した。俺は無言で冷たい視線を向けるだけだ。目が合い、舌打ちが返ってくる。
嫌な目だな……
そして、そのまま庭を後にし、カイたちと宿へと向かう。途中で夕食を食べるようで、前を行く陽とカイは屋台や店を指さしながら何がいいか話し合っていた。
ふと、あの目が蘇る。絶望し、すべてを諦めようとしながら、なお何かに縋ろうとする――。
割れた鏡が脳裏にちらつく。口の奥に、苦味が広がった気がした。




