5.ステータス
次の日から、カイによる講義が始まった。この世界も一日24時間、一年は365日だ。だが、月の呼び方が違った。今は火第一の月らしい。月の呼び方は覚えにくいが慣れるしかない。
授業は、この国の歴史、地理と進んでいく。「俺、勉強は苦手だから、流希頼んだ」と、陽は早々に諦めていた。
午後からは、魔法の実践だ。前段階として、まず魔力を測定する場所に連れて来られた。昨日魂の武器を出したところによく似た場所で、ドーム型の部屋には中心に石碑があった。
「これで魔力が分かるのか?」
石碑には複雑な魔法陣が刻まれているだけで、数値が出るようにも、温度計のようにバーがあるようにも見えない。魔力量によって色が変わるのかもしれない。
「そうよ。ここに手を置けば、魔力量と魔法の適性、特殊能力が分かるの」
「つまり、ステータスだな!」
陽が石碑を指さし、嬉しそうに速足で近寄る。
「よ~っし! 俺のステは何だろな~。SSSランクだったりして」
陽ははしゃいでいて、何の躊躇いもなく石碑に手を置いた。次の瞬間、石碑が淡く光り、宙に文字が浮かび上がる。
「カイさん、カイさん! これどう? 魔力量、桁が多すぎて数えられないけど、すごい?」
横にずらっと数字が並んでいるが、魂の総数を見慣れている俺には造作もない。
「ざっと5兆7千万」
「流希すご。で、これはどのくらい?」
「一般人の平均が100だから、勇者一人はだいたい600万人分だと言われているわ」
「600万!? 俺、そんなに強いの?」
文字通り桁が違い過ぎて実感がわかない。魔力と言われても、昨日までなかった感覚なので多いも少ないも分からなかった。
「なぜ勇者の魔力量はそんなに多いんだ?」
「それは……魔力量はその人の魂に刻まれた経験に左右されるの。だから、赤ん坊はほとんど魔力がなくて、年を取れば取るほど魔力量は上がる。これはあくまで推測だけど、異世界から来る経験が魂を変異させ、魔力量を増大させるんじゃないかしら」
「へぇ、魂か……」
魂と聞くと、地球での魂の理論を思い出す。異世界でも魂という考えがあることが興味深かった。魂が変容することで、元々魔力を持たない地球人が膨大な魔力を持ち、こちらの言語が理解できるようになると考えられているらしい。
落ち着いたら調べてみようと考えながら、陽のステータスの情報を拾っていく。魔力量の他に、適性魔法、特殊能力の欄があった。
「あ、俺、転移と空間以外は全部適性ある。やべぇ、無双できる」
「えぇ、勇者って感じね。剣で戦いながら魔法で攪乱や追撃を狙う戦い方ができるわ」
「しかも特殊能力……絶対味覚。なるほどね! 俺、一口食べただけで何の調味料入ってるか当てられるのはこのおかげか~! でも戦闘に何の役もたたねぇ」
勇者にしてはずいぶん軽い特殊能力で、もはや特技に近い。
「いいじゃない。この特殊能力は毒に気付けるし、何より旅が楽しくなるわ!」
二人が盛り上がっているのをよそに、俺は特殊能力の欄から目が離せなかった。陽の話から考えれば、ここは元の世界での能力も反映されるのだろう。
「なあ、カイ。特殊能力って、みんなあるのか?」
「う~ん、さすがに違うわ。特殊能力は、ごく稀に現れるものよ。私の瞬間移動も特殊能力になるの。他には動物と話せたり、魔力や魂が視えたりね」
特殊能力……か
次は俺の番だ。手が震えているのに気づいて、俺は一度強く右手を握った。息を静かに吐いて開いた手を石碑に置けば、同じように淡く光って文字が浮かぶ。注意深く目を滑らせていった。
魔力量、7兆500。適性魔法、水。そして、特殊能力。
――なし
目の前が真っ白になった。喉の奥がひゅぅと鳴り、口の中が渇く。鼓動が早くなる。もう一度、上から文字を目で追った。
魔力量、適性……ない
いつのまにか、石碑に置いた指先に力が入っていた。文字が遠く見えてくる。
「7兆越えって、歴代最高じゃない!」
カイの興奮した声が頭を素通りする。陽がのぞき込んできたところで、意識が現実に戻りすぐに手を離した。
「流希のほうが魔力量多いじゃん! なんで!? 地球ですっごい経験値上げたとか? あ、でも適性は俺のほうが多い~」
「うるさい」
「ハル君、そうやって思ったことをすぐ口にしないほうがいいわよ。ルキ君も、1つか2つ適性があるのが普通なんだから、気にしないで」
「はい! カイさんが言うなら直します!」
「――別に」
気にしているわけではないと言っても取り合ってもらえず、無駄に慰められてから魔法の訓練へと連れていかれた。カイから魔法の使い方を教わる。
「えっ、ファイアーボール! とか、言わないの?」
呪文はよほど精密な魔力操作が必要な高等魔法以外はなく、攻撃するときに技名も叫ばないと聞いた陽が、目を丸くしていた。徐々に顔が赤くなっていく。さっきまで、試し撃ちに火の玉を出して技名を連呼していたからだ。
「まあ、ミスを防いだり仲間に伝えたりするために技名を言うときもあるけど、あんまりしないわね」
「そんなぁ。ロマンが」
馬鹿なやり取りは気にせずに、俺は手のひらから出した水の玉を転がす。
先ほどステータスで見たとおり、確かに水魔法が使いやすかった。
水……か
言われてみれば、水泳は得意だった。火や土も使えなくはないが、威力が全くでない。一方で、陽は火の鳥を飛ばす、水で竜を作る、枯れ木に花を咲かせる、静電気で髪を逆立たせる、土で自分の像を立てるなど、器用に魔法を使っていく。
「おい流希! 俺の像に当てるんじゃねぇよ!」
俺が威力を調整していた水鉄砲が、誤って像を破壊してしまったが、別に腹いせではない。陽が今度は火と雷の渦を作りだしたので、距離を取る。
「流希! 俺の魔法と勝負……って、何でそんな離れてんだよ」
「……お前の魔法の暴発に巻き込まれたくない」
「失敗しないし!」
そうして、訓練の日々が過ぎていく。体力づくりの走り込みに、護身のための剣術、魔法、魂の武器である銃を日替わりで訓練していく。生存率に関わるので死ぬ気で食らいつく。ジョギングと筋トレが日課だったので体力に自信はあったが、最初の一週間は筋肉痛が治らなかった。剣術を教えてくれているのは老騎士で、軍部の指南役だという。陽は特に扱かれ、半泣きで剣を振っていた。
「もう無理だよ! 侍じゃないんだから、うまくなる気がしないいい!」
「根性と努力が足らん! いいか! 報われんうちは、まだ努力とは言えん!」
「腕が千切れるってぇぇ!」
陽は相変わらずやかましかったが、素振り1000回は確かに鬼畜だ。ぎゃーぎゃー騒ぎながらも、1000回振り切って倒れこんでいた。
朝から夕方まで、みっちり扱かれること三週間。剣術の基礎も身に着けられ、剣、魔法、銃を駆使すれば並みの兵士に勝てるようになった。上達が早すぎると目を剥かれたが、これも勇者だからだろうか。
実践は魔物へと移っていく。魔物と距離を取りながら、少しずつ倒せるようになっていった。魔物との実践となると前衛の陽は軽い怪我をすることもあり、ここで初めて回復薬の存在を知った。治癒力を爆発的に高め、骨折ぐらいまでなら治せるそうだ。
不本意ながら、普段はうるさい陽だが戦闘センスはよく、俺が撃てるタイミングを作りながら戦うのがうまかった。
「ほうら、3撃目! 流希! とどめ頼んだ!」
「指図するな」
悔しいが流れるように俺の射程に獲物が入っている。熊ほどの大きさはあるイノシシの魔物だが、陽に足止めされ動けない。その脳天目がけて銃弾を撃ち込んだ。光の弾道が消え、一瞬の静寂のあと、ゆっくりイノシシが倒れる。砂煙があがった。
「いよおおっし、勝ったぁぁ!」
「楽勝だな」
「努力が報われた! 努力するって楽し~! カイさん、褒めて~」
陽はお調子者で、高台で見守っていたカイのところに駆けて行った。これで、準備は万端。いつだってあの男を追う旅に出られる。
だが、こちらのやる気とは裏腹に、一向に日取りが決まらない。1か月半が過ぎ、とうとう痺れを切らした俺は、カイに詰め寄っていた。
「おい、いつまで訓練させてんだ。さっさと勇者を探しに行かせろ」
「そーだそーだ! 早く冒険したい!」
陽も便乗してくる。陽は髪が伸びて生え際が黒くなっていた。それくらい時間が経ったのだ。
「わかってるわよ。こっちだって、頑張って調整してるの。もう少し待って」
「何にそんな時間がかかってるんだ」
この一週間、何度か聞いたがそのたびにかわされていた。今日こそは逃がさないと、二人で挟み撃ちにする。カイは俺たちの顔を交互に見て、観念したのかため息をついた。
「実は、護衛として同行する騎士の交渉に手間取ってて……」
「つまり行きたくないと?」
そうだろうと予想はついていたが、これも前勇者の悪影響か。露骨に嫌な顔をしてしまったが、一か月半もすれば遠慮も消えている。
「何て人?」
「ゼイン・ラウダ。功績がある優秀な騎士なの」
「ふ~ん。その人じゃないとだめなの?」
「彼が最も適任なのよ……。上も、私も何回も説得しに行ってるんだけど……」
思わぬ問題発生で、舌打ちが出る。これ以上かかるなら俺たちだけでいくと言おうとしたその時、陽が勢いよく手を挙げた。
「じゃあ、俺たちがその人を説得してくる!」
「……は?」
顔が引きつった。なんでそこに俺が入っている。一人で行け
だが、それを口にするよりも前に、カイが「う~ん、それはありかも!」と手を叩き瞬間移動で消えた。行動が速い。「どんな人かな~」と能天気な陽の横で、俺は盛大に舌打ちをするのだった。




