4.魂の武器
そして、食後の散歩がてら王宮を案内してもらった。気候は日本の春に似ていて、長袖でちょうどいい気温だ。城を外から見ると、まさにヨーロッパの城だ。灰色や白の石が規則正しく積み上げられている。王宮の中枢は王族の居住区と内政の中心になっており、そこから伸びている別棟は用途に合わせて増築されたらしい。各棟の先にある塔から全体を見渡せるようになっている。死角があまりなく、逃げにくそうだ。
俺たちは別棟の一つである訓練棟に入った。軍部が統括しており、兵士たちの掛け声が聞こえてくる。渡り廊下を進んでいくと男たちが鍛錬しているのが見えてきた。
「すげぇ、本物の剣で打ち合ってる。かっこい~」
打ちこみ台がいくつか立っている訓練場は広く、走っている集団、打ち込みや素振りをする人たち、そこに実戦形式の訓練をしている人たちもいた。さすがに刃は潰してあるだろうが、初めて聞く音だった。
「もし二人の武器が剣だったら、剣の稽古もするわよ。剣じゃなくても、使えるに越したことはないけどね」
「俺、勇者らしく剣がいい!」
「武器は選べるのか?」
「武器は選ぶんじゃない。もうあるのよ。あなたたちの魂にね」
カイがそう言いながら両開きのドアを開ければ、天井がドームになっている厳かな部屋に続いていた。中央に石の台座があり、抱えるぐらいの水晶玉が金属の爪で固定されている。
「魂って、どういうことだ?」
その言葉に興味を惹かれて尋ねてみれば、カイはとっておきの物を見せるような笑みを浮かべ、俺たちに向き直った。
「私たちはね、みんな魂に特別な武器を持っているのよ」
カイは右手を、何か細いものをつまむような形で胸の前に止め、一瞬だけ間を置いた。そこから手を指揮者のようにゆったりと弧を描いて上げると、その軌跡をなぞるように光の粒子が指先へと集まっていく。
「わぁ」
陽の声が漏れ、俺も目を奪われる。次の瞬間、手首を返したカイの手には、いつの間にか短い銀色の杖が握られていた。
「おぉ」
「すげぇ! 魔法使いだ! かっけぇぇ!」
俺もさすがに驚いて声を出してしまう。何もないところから杖が出現し、カイはさらに杖の先に火を灯して見せた。
本当に異世界だ。地球とは法則が違う。この魔法は何のエネルギーだ? 自然か? ファンタジーらしく、魔力があるのか?
疑問が浮かんでは消えていく。そして、これを自分も使えると思うと、久しぶりに胸が高鳴った。
それは陽も同じで、杖の先に灯る火を食い入るように見つめていた。
「呪文は!? 呪文はないの!?」
「呪文はあるけど、省略可能なのよ。さっ、この水晶に手を入れて。魂に刻まれた武器が出てくるわ」
手を入れて、という言い方が気になったが、陽は「まず俺から!」と意気揚々水晶の上に手を置いた。と思ったら、その手が水晶に吸い込まれる。
「うわっ、ファンタジー……あ、なんかある。あ~、はいはい。さすが勇者、佐藤陽。よし、出でよ、俺の最強武器!」
陽は最初戸惑っていたものの、すぐに何か掴んだようだ。ヒーローを気取りの芝居がかった口調で手を引き抜いた。まばゆい光が放たれ、光の粒子が武器を形作っていく。天を突くように掲げられたそれは、勇者らしい剣だった。
「お~! これが俺の武器かぁ。デザインもかっこいい~」
陽は目を輝かせて、剣の表、裏とまじまじ見ていた。鍔にある蛇のウロボロスが、厨二病感を増している。
「じゃあ、次はルキ君の番ね」
カイに促され、俺は水晶玉の前に立った。陽は期待するような目でこちらを見ている。
……あいつと一緒となると、剣は嫌だな。光の勇者と闇の勇者とか言われそうだし
自分で選べるものではないと聞いても、つい思ってしまう。水晶に右手を近づければ、何の抵抗もなく入っていった。中はひんやりと冷たく、手も動く。水をかき混ぜているような感じだなと思っていたら、急激に何かが押し寄せてきた。
あっ……
心臓が大きく脈打つ。直感で、それが何か理解した。どう掴めばいいのかも分かる。怖いほど手に馴染んだそれを、俺は引き抜いた。光が放たれ、息を吐きだしながら前に構えれば、収束した光の中から銃が現れた。
「あぁ……」
魂が震える。銃の向こうに、規則正しい線が刻まれた壁が見えた気がした。
「拳銃!? 異世界なのに!?」
「珍しいわね」
二人の驚く声には答えず細部を確認する。オートマタイプで金属の重みがあり、本物のようだ。黒光りする銃身に握りやすいグリップ。弾倉を取り出そうとしたが、どこにも開ける場所がない。引き金を引けば出てくるのは実弾なのか、魔法なのか。撃ってみたいがさすがにここではできない。そんな俺の気持ちが通じたのか、カイが「よしっ」と手を叩いた。
「二人の武器ができたことだし、試しましょっか」
人気のない訓練場の一角で、俺は等間隔に並べられた木製の訓練人形から10メートルほど離れて足を肩幅に開いた。陽とカイは俺の左後ろで見ている。さっきまで陽が人形相手に剣をふりまわしていて、ラケットとは違うと手を痛めていた。
何も持っていない右手を構えれば、光の中から拳銃が現れた。武器は使いたいと思えば瞬時に具現化する。
右足を半歩後ろに引き、照準を合わせる。呼吸が浅くなり、集中力が研ぎ澄まされる。
指にかかる抵抗。息を止め、引き金を引いた。
くぐもった発砲音と同時に打ち込み人形から鈍い音がし、小刻みに揺れる。
反動はないし、薬莢も飛び出ない。おもちゃみたいだな
続けて4発。コントロールまではできないが、的には当たっていた。
「拳銃の音ってもっとうるさいかと思ってた。なんか、カチャって感じなのな」
発砲音に備えて耳を塞いでいた陽が、興味深そうに近づいてきた。俺は気にせず、左の人形に5発撃ち込めば、陽は「あぶねっ」と飛びのく。右に5発。さらに真ん中にまた5発。弾は無限に出てくる気がする。
「ははっ」
乾いた笑みが零れる。人形にあの男が重なって、引き金を引き続けた。
心臓、心臓。頭、頭。あの男の姿だけが見えていた。一発で仕留められるように……。
「ちょっと、ルキ君! もう十分よ!」
はっと現実に引き戻され、撃つのを止めた時には、人形は無残な姿で、右手の人差し指は強張っていた。
「流希、お前そうとうやりこんでるだろ。ランキング上位とか?」
「これくらい普通だろ。誰だってできる」
「いや……普通じゃねぇよ。まっ、これで俺が前衛、流希が後衛っつー無敵のコンビができるわけだ」
「――なあカイ。これって、本物の弾が出てるのか? それとも魔法?」
うるさい陽は無視して、人形に近づきながらカイに訊いてみた。
「どうだろう。銃が弓と同じ系統なら、魔法になるけど……。どう? 弾はありそう?」
真ん中の人形には穴がいくつも開いていて、ほとんどが貫通していた。周りに弾は落ちていないし、中に埋まってもいない。
「ないな。てことは、魔法という認識でいい?」
「そうね。飛び道具系は、自分の魔力を飛ばして武器にするの」
「それ、魔法とどう違うんだ?」
カイは少し考え、「そうねぇ」と説明を始めた。
「魔法も魔力を使うのだけど、属性があるのよ。木、火、土、雷、水の基本属性に、空間と転移ね。風、光、闇もあるけど、基本属性ほどは使い手がいないわ。それで、今放たれたものは無属性で、魔法よりも早くて効率がいいの」
「弾切れはないのか?」
「まあ、魔力が切れたら撃てないけど、早々枯渇状態にはならないと思うわ」
補充無しで撃てる銃と思えばよさそうだ。陽が近くに寄ってきたが、警戒しているのか少し遠巻きに見ている。
「それ、俺も撃ってみたい」
だが好奇心を抑えられないようで、恐る恐る近づいてくる。
「別にいいけど」
銃身を握り、おずおずと伸ばしてきた手にグリップを持たせるように置けば、「重っ」と陽が目を丸くした。
「落とすなよ」
陽がグリップを握ったのを確認し、手を離した次の瞬間、銃は光が弾けるように消えた。
「わっ」
陽が手を引っ込め、目を白黒させた。それを見たカイが口元に手を当てて笑っている。
「魂の武器は、その人以外使えないのよ。さ、そろそろ終わりにしましょ。二人ともまだ実践レベルではないから、明日から訓練開始よ。今日は疲れたでしょうし、あとは部屋で休みなさい」
カイに部屋まで案内される間、俺たちは新しく魔法研究科に配属された研究員、かつ石碑調査員として扱われると説明された。
「え~、勇者じゃなくて?」
唇を尖らせて不満を前面に押し出した陽に対し、カイは表情を曇らせた。
「10年前の勇者が先代の王を殺した話は聞いたでしょ? 勇者に対して恨みを持つ人は多いから、勇者を名乗るのは得策ではないわね」
「まじかよ、先代勇者許せねぇ。なぁ、流希」
「そうだな。見つけ出して――殺そう」
「おっと、だいぶ過激だった。大丈夫? ゲームのしすぎじゃない?」
こいつに言われたくないな……
苛立ちを覚えるが口には出さない。
カイに案内された部屋は、先ほどまでいた訓練棟の奥で、もう一つの別棟にあった。この区画は比較的新しいようで、魔法研究科もこの建物らしい。奥に塔があり、俺たちの部屋はそこにあった。円塔の中心は螺旋階段が突き抜けており、階段を挟んで両側に部屋がある。
ドアは一つ。中は半円、生活に最低限必要なベッドと机、棚があるだけで殺風景な部屋だった。向かいの陽は、カイと何か話しているようだが、俺はさっさとドアを閉めた。
今日はさすがに色々ありすぎて疲れた……
ベッドの近くで靴を脱ぎ倒れこむ。仰向けになって、手足を伸ばした。少し硬めのベッドに、布の肌触りもよくない。
さすがに文明レベルは日本ほどないよな……
ある程度覚悟はしていたが、疲れた体には自分のベッドが恋しい。一人になればじわじわと胸の奥に熱が戻ってくる。
許すな、見つけろ、殺せと急き立ててくる。
歯を食いしばった。銃を出現させ、天井に向ける。引き金に指をかける。
ここまで来たんだ……絶対に見つけて、この銃で、必ずあの男を殺す。たとえ、死んでも……
胸の奥がざわつく。
そういや……いや、考えるのはよそう
頭をよぎった疑問を銃ごと握りつぶすようにかき消した。そのまま俺は眠りに落ちていった。




