3.もう一人の勇者
「まずは着替えましょ」
復讐の炎が燻っている状態のまま、俺は服を渡されていた。さすがにTシャツと制服では目立ちすぎるのだろう。連れて来られたのは似たような服が吊り下げられている部屋で、高校に入る前の制服採寸を思い出す。
「お~、異世界って感じ。やっぱ、中世? 近世ヨーロッパって感じなんですね」
佐藤は興味深そうに渡された服を広げていた。詰襟の上着は灰色で、丈が長く太いベルトで留めるようだ。本当に中世ヨーロッパであればタイツだろうが、普通のズボンで安心した。靴はショート丈のブーツだ。
「じゃ、着替え終わったら出てきてね」
カイは笑顔で手を振ると、ドアを閉めた。衝立も何もないが、気にすることはなくお互いさっさと着替え始める。
「なあ流希、お前も死んだと思ったらこの世界にってやつ?」
シャツのボタンを留めていると、佐藤が話しかけてきた。そちらに顔を向けずに「そうだな」と返す。あれをただ“死んだ”の一言で片づけたくないが。
「俺も~。高校からの帰り道にコンビニ寄ろうとしたら、トラックが突っ込んできてさ。俺死んだ……って思ったら召喚されてた」
「古典的だな」
「だよな~。どうせなら、猫を助けてとか、誰かの身代わりになってとか、かっこよく死にたかった」
佐藤は聞かれてもいないのによくしゃべる。そしてどういう脱ぎ方をしているのか、制服のジャケットがこっちに飛んできた。
「おい佐藤」
「あ、ごめん。てか、俺のことは陽って呼んで。佐藤だと誰か分かんないじゃん」
佐藤――陽はズボンを肩足だけ履いた状態で、俺が投げた制服のジャケットを受け取った。そこから、陽の「佐藤あるある」が始まる。よほど佐藤と呼ばれたのが嫌だったらしい。
俺は適当に相槌を打ちながら着替えを終わらせ、着ていた服を畳む。
あれ……血がついていない
その瞬間、口中に血の味が広がり、鉄の臭いに息が詰まる。宙を見つめていたら、急に金色が飛び込んできた。陽が正面に立っていた。
「流希もなかなか似合ってんじゃん。ま、俺ほどじゃないけどな。夏休みに金髪に染めててよかった~。勇者って感じしない?」
「――どうでもいい」
俺は浅く息を吐いてから、着心地を確認する。思ったより生地の質感はよく、ほどよく伸びて動きやすい。
鏡の前でポーズを決めている陽を置いて部屋を出ようとすれば、慌ててついてきた。外に出ればカイが壁にもたれて待っていて、俺たちを見るなり手を打ち合わせた。
「似合ってるじゃない。二人の所属は私と同じ魔法研究科だから、ご飯食べたら案内するね」
「やりぃ、昼ご飯まだだったんですよね」
調子よくしゃべる陽の後ろを歩きながら、俺は道順を頭に入れておく。右、左、石像が見えたら右。そして、両開きのドアの先が食堂だった。入った瞬間、肉が焼ける匂いがした。奥が厨房になっていて、半分見える形になっている。
「ここが、王宮勤めの役人が使う食堂よ。好きなものを取って食べられるわ。今は昼前だから、人は少なめね」
「すげ~、学食より豪華!」
ホテルのビュッフェスタイルだ。トレーと皿を持ち、盛られた料理を見てみると、分からない食材もある。だが、大きく肉、魚、野菜、きのこと種類は変わらないようだ。
エネルギー効率がよさそうなものは……ひとまず、肉と野菜ときのこを取っておくか
カイがこの肉はバルロイだとか、コカリスだとか説明してくれるが、全く何かわからない。陽は「そうなんですね!」と調子よくうなずいて、片っ端から皿に盛っている。アレルギーや毒が怖くないんだろうか。
料理を取り終え、俺はカイの向かいに座る。陽はカイの隣で、俺の三倍は取っていた。
「いただきま~す」
「いただきます」
俺たちは示し合わすわけでもなく、肉から口をつけた。まずはローストビーフのような見た目の肉だ。
「うっま~! これソースが独特なローストビーフって感じ! なんだろ、白くて酸味があるから、ヨーグルトベースにスパイスが数種類入ってる気がする」
陽のプロのような食レポを聞いてから、もう一口食べてよく噛んだ。
――味がよくわからない
確かに酸っぱいような気はするし、香りは分かるから馴染みのないスパイスがあることは分かる。だが、味はほとんど感じ取れずおいしさにはつながらなかった。
水を一口飲む間に、陽は次々に肉料理を口に放り込んでいく。
「これはなんか香辛料が入ってる鳥のトマト煮、こっちは野菜の豚肉巻き! どれもおいし~」
「よくわかるな……」
他の料理も食べてみるが、食感と味に違いがあることは分かっても鈍く、何に似ているかなんて見当もつかなかった。
味に意味なんかない……
俺はフォークに突き刺した鶏肉を口に入れ、噛んで飲み込む。食事はあの男を殺すまでの栄養摂取にすぎない。
「俺、昔から一口食べたら何が入ってるかわかるんだよね~。うん、異世界飯最高!」
陽はこれは地球のあれに似ているだの、味の組み合わせがどうだの、全ての料理に感想をつけていた。俺は皿に乗った料理を一口ずつ食べ、食べられることを確認した。
「ルキ君、味はどう?」
俺が静かだからか、カイが伺うように声をかけてきた。
「……悪くない」
「そこはおいしい、だろ!」
陽は「愛想がないな~」とあきれ顔を向けてきたが、俺からすればこいつが愛想がよすぎるだけだ。陽は食材や料理名について話しながら食べているのに、俺とほぼ同時に食べ終わった。




