10.騎士の盾
間に合わないと分かっていても、体が動いていた。駆け出したその時、赤い何かが視界に滑り込む。ギンッと鈍い金属音がした。
大きな赤い盾。
「ゼイン!」
その奥にゼインの姿が見えた。陽を守るように立ちはだかっている。
よかった
俺は陽の無事が分かり足を止めた。ブレーキをかけた足が滑り、ザっと足裏で音を立てる。
ゼインはそのまま二射目も防いだ。俺はゾンビが矢をつがえようとしている隙に、急所を撃ち抜く。
「ジェス……」
ゼインは倒れ伏す元仲間に眉尻を下げるが、すぐに振り向き迫っていた剣を塞いだ。ゾンビの背後から陽が急所を突く。
「グレイ」
右から襲い掛かってきたゾンビの突きをものともせずにはじき返した。陽が氷で足止めし、俺がとどめを刺す。
「シシリー……」
立っているゾンビはあと一体になった。
「すげぇ、盾がいるだけでこんなに楽なんだ」
同感だ。しかもゼインは騎士というだけあって、動きに無駄がない。不意打ちがあっても防いでくれる安心感がある。
「最後の一体だ」
俺たちは、最初に墓から出てきてから突っ立ったままのゾンビに意識を向ける。後回しにしたのは、武器を持たず動かなかったこともあるが、不気味だったからだ。どうしかけるか、陽と視線を合わせたその時、ゼインが近づきだした。警戒を感じさせない普通の足取りで、ひやりとする。
「おいゼイン!」
襲われたらどうするという言葉は、ゼインが腰の剣を抜いたことで押しとどめられた。ゼインは左手の盾を手放し、盾は光の粒子となって消える。あの盾はゼインの魂の武器だったようだ。
「ダズ……みんな」
落ち着いていながらも力強い声だった。そこに悲壮感はなく、ゼインはまっすぐ仲間の姿を見ていた。ゾンビは何か言っているが、不明瞭で聞き取れない。
「すまなかった。……お前たちを守れなくて」
剣をゆっくりと持ち上げ、切っ先をゾンビの胸に向けた。
「……ありがとな。俺の夢に付き合ってくれて」
優しく、滑り込ませるようにゼインは剣を突き入れた。寸分たがわず急所をとらえ、ゾンビは短く呻いて動きを止める。剣を引き抜けばその場に崩れた。
静寂が訪れる。勝ったと喜べる気分にはなれなかった。陽も顔が強張ったままで、剣の具現化を解くと辺りを無言で見回している。
しばらく誰も言葉を発しなかった。裏庭を見渡せば、転がった石と荒れた地面、腐敗した死体とひどいありさまだ。どう片付けるんだと疑問に思ったところで、ゼインが剣を収めた。
「……火葬をする」
一言だけ告げたゼインは、屈むとダズと呼んでいた死体を持ち上げた。
「えっ……」
死体は近づくだけでむせ返りそうになるほどのひどい臭いだ。皮膚は黒く変色してただれている。生理的な嫌悪感で直視も難しいそれらを、ゼインは黙々と彼らが元々埋まっていた場所へと戻していた。氷は剣で砕き、彼らの武器も胸の上に置く。斬られた腕も、つながるように添えていた。
俺たちは動くことも声をかけることもできずに、ただただ見ていた。
9人が3列に並べられ、その頭の上に墓石が置かれる。
ゼインは一人一人に別れを告げるように、順に顔を向けていた。最後の一人に視線を向けると、一度目を閉じてゆっくり開く。右手を胸の前に上げ、手のひらを上に向ければボウっと火が出た。
「……火葬、できなかったんだ」
「え?」
突然発せられた言葉に、俺たちは同時に聞き返していた。ゼインの瞳に、ゆらめく火が映っている。
「こいつらがあまりにもきれいだったから……。火を、つけられなかった。今にも起きそうでよ……。だからそのまま埋めて、獣に荒らされないように墓守をしてたんだ。なのに、なんでこんなことになっちまったんだろうな……」
ゼインは力なく呟き、目を閉じた。その時間は長く感じ、祈りを捧げているように見えた。
「解き放たれた魂がこの世界に戻りますように」
それは、この世界の死者へ贈る言葉なのだろう。ゼインは目を開けると、薄く笑った。
「またな」
最後に一言かけると火を投げ入れた。火は地面に落下すると広がり、死体を包み込む。火柱が立ち上がり、火の粉が舞った。
涙が溢れる。――煙と刺激臭のせいだ。
ゼインも泣いていた。生理的なものだけではないのだろう。いつしか嗚咽も混じり、俺は目を閉じ彼らの安らかな眠りを祈るのだった。
日が傾き始めていた。火が消えれば灰と骨だけが残った。ところどころ黒ずみ、崩れているところもある。ゼインは一つ一つにスコップで土をかけていった。俺たちも庭に転がっていたスコップを使い、無言で手伝う。
すべてが終わったのは日が落ちかけたころで、墓は赤い夕陽に照らされていた。俺は改めて祈りを捧げ、陽も墓の前に屈んで顔の前で手を合わせていた。ゼインは墓をぼんやりと眺めている。その隣に歩み寄った。
「ゼイン、これからどうするんだ? もう墓守をする必要はないだろ」
「……そう、だな。正直、今は何も考えられねぇや」
憑き物が取れたような顔をしているが、疲労も色濃い。だけど俺は、気になっていたことを口にする。
「なあ、お前は前に死なない魔物と戦ったって言ったよな。そして、今回死体が動き出した。……これは、この世界では普通にあることなのか?」
ゼインの顔がこちらに向けられる。初めてちゃんと顔を見た気がする。ゼインは考えを巡らせ、静かに首を横に振った。
「いや、どちらも俺が知る限りは初めてだ。……それが、どうかしたのか?」
「お前が一緒だって言ったんじゃないか。おかしいと思わないか? 死なない魔物に、動き出す死体。それに、あのダズは――」
「俺たちを見て勇者って言った」
陽が割って入ってきた。やはり同じように聞こえていたらしい。ゼインの顔が強張り、視線が何かを探るように動く。
「それに、死体はきれいすぎたんだろ? 仲間たちは魔物に殺されていない。別の何かだ」
「そうそう。絶対背後で悪い奴が動いてるに決まってる」
脳裏に、血の海に立つ男の姿が蘇る。……だから、俺はこの世界に来たんだ。
「……だとしても、俺にできることは何もない」
ゼインの視線は一点で止まった。その先はダズの墓だ。目に火はなく、安らぎを見出そうとしているように思えた。俺の中で燻る憎悪が熱を持つ。
「まだ逃げんのか」
つい口調がきつくなった。ゼインの目が鋭くなり、怒りの色が滲む。だが、一度開いた口は閉じられなかった。
「仲間の死は事故でも、お前の力が足りなかったからでもない。誰かに殺されたんだ。それを知って、お前は今までどおりここで墓守をしてんのか。生きているお前にしかできないこともあるだろ!」
「そうだよ。俺たちは勇者で、これから国中を周る。行方不明の前勇者も探すんだ。もしかしたら、その中で仲間たちを殺した相手が見つかるかもしれないじゃん」
俺は一歩ゼインに詰め寄った。その目をまっすぐ見上げる。
「復讐したくないのか」
胸の奥の憎悪が燃える。俺の勢いに気圧されたのか、ゼインは顔を引きつらせて一歩下がった。
「ま、待てよ……そんな急に言われても。ちょっと、考えさせてくれ。一度、一人でゆっくり考えたいんだ」
「――わかった」
「おっさんだもんな、しょうがない」
「何がだ」
陽がおどけたように笑えば、ゼインは苦い顔をしていた。返事は明日聞かせてもらうことにして、ゼインと別れた。宿までの道は疲れているはずなのに不思議と足取りは軽い。俺たちの間に会話はないが、心地よい空気が流れていた。




