11.ゼイン・ラウダの夢
「何やってんのよ!」
翌朝。俺たちは仕事を片付けてやってきたカイに怒られていた。ベッドに二人並んで座らされ、カイは目の前で仁王立ちだ。
「二人だけでゼインさんに会いに行くなって言ったでしょうが! しかも、死体が蘇って戦った!? 怪我をしたらどうするのよ!」
俺は恨めし気に横で首をすくめている陽を睨む。こいつがカイが来るなり、昨日のことを褒められたくて全部しゃべったせいだ。
「で、でも、俺たち勝てたし、おっさんとも仲が深まったというか」
「たまたまでしょ! 死体が蘇るなんて前代未聞よ! ……そういう時は一度退いて、十分戦う準備をしてから臨むものなの!」
ぐうの音も出なかった。俺たちが「すみませんでした」と頭を下げていると、控えめなノックが聞こえた。苦情でも来たのか。陽は救世主と顔を輝かせてドアを見つめている。カイがふぅと息を吐いた。
「どうぞ?」
まだ怒り足りないカイは不満げだ。間があってから、そっと開けられる。隙間から顔をのぞかせたのは、ゼインだった。
「おっさん!」
「ゼイン」
来るとは思わず、俺たちは腰を浮かせる。
「あー、その。お取込み中で出直そうかとも思ったんだが……俺も関係あるなと思って」
最初こそ俺たちに顔を向けていたゼインだったが、カイの目力に徐々に視線が逸れていった。早くも後悔している顔だ。
「あらまぁ、ゼインさん。ハル君から聞きましたよ。いい大人がろくに戦えなかったんですってねぇ」
「なっ」
ゼインが裏切り者を見るような目を陽に向けている。
「大人の責務について、お話しましょうか」
わざとらしい笑顔だが、目が全く笑っていない。陽が怯えていた。
三人一緒に説教され、解放されたのは1時間後。俺たちは顔を見合わせ、静かに胸に詰まっていた息を吐く。奇妙な連帯感が生まれていた。
そして、ゼインが来たということは話があるのだろうと、部屋を出て廊下の端にある小部屋に移動した。宿屋には客室の他に、来客と話すための部屋があることが多いという。部屋の中には丸テーブルと椅子が5脚。
「へぇ、なんかここで悪いやつらが話してそう」
興味深そうに陽が部屋を見回していた。たしかに、映画のワンシーンに出てきそうではある。
「冒険小説の読み過ぎじゃない?」
カイはあきれ顔で席に着く。俺たちも適当に座って、仕切り直しとなった。ゼインからの話となれば、一緒に行くかどうかしかない。陽は期待を隠し切れずソワソワしていた。俺は可能性として半分半分と見ている。
「それで、何の話です?」
カイに話を向けられ、ゼインは決まりの悪そうな顔で頭をかいた。
「まー、説教くらった後じゃ、なんの締まりもないんだが……俺も一緒に行くことにした」
「よっしゃ!」
陽は喜びの声を被せ、ガッツポーズをする。俺も思わず口元を緩めた。カイは目を丸くしている。
「えぇ……また急に。いや、そりゃありがたいですけど……。男の友情ってやつですか?」
あれほど頑なに拒んでいたゼインからの申し出に肩透かしをくらったのだろう。驚きを通り越して困惑していた。
「いや……あれから、あいつらの墓の前で考えてて……1つ、思い出したことがあったんだ」
ゼインは一度言葉を区切ると、テーブルの真ん中を見つめて話を続けた。その目はどこか遠くを見ているようだ。
「あの日、仲間たちと全滅したとき……俺は声を聞いたんだ」
空気がすっと冷え、誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「魂を消費された――勇者様って」
「勇者!?」
思わず声を荒げてしまった。まさかここで奴につながる情報が出てくるとは思わなかった。はやる気持ちが抑えきれない。
「そいつはどんな奴だった」
「……ほとんど見えなかった。銀色だったような、黒かったような。意識が飛びかけてたんだ。それが髪かも服かもわからねぇよ」
「言った言葉はそれだけか」
「……いや、なんか長く話してた気もするけど、聞き取れて覚えているのはそれだけだ」
直接前勇者につながる情報ではないが、少なくとも関わりがあるやつがいることが分かった。そこから辿っていけば、いつか……。
「それ、場所はどこですか?」
カイは思案顔でそう問いかけた。
「あぁ……森の北東にある小高い丘の辺りだ」
「北東の……ありがとうございます。報告書に加えておきますね」
カイは表情を変えることなく頭を下げた。カイの仕事の一つには、前勇者を追うことも入っているのだろう。
「正直、今は復讐したいとは思わないけど、あいつらが何で死んだのかは知りたい。だから、お前たちと行くって決めた。……それと、もう一つ」
一呼吸置いたゼインと目が合った。自然と背筋が伸びる。
「俺には、俺たちには夢があった。その……孤児院の、ラウダの名前を有名にする夢だ」
ゼインは照れを隠すように、俺たちを茶化して笑う。
「お前らについて行って世界を救えば、俺は有名人だろ? あいつらなら、絶対そうする」
オレンジの瞳が子供っぽくて、思わず口元が緩んだ。
「ってことで、ルキ、ハル。これからよろしく頼むな」
差し出された手は大きく、皮が固かった。この一か月半で剣を握るようになったからわかる。長年努力を続けてきた手だった。
こうしてゼインが加わり、いよいよ本格的に出発の準備が始まった。カイがゼインに旅の内容など詳しい話をし、当分帰れないからあいさつ回りをしておくことを勧めていた。最低限旅に必要なものは国が用意しているが、足りない分は自分たちで調達する必要がある。幸いこの町は冒険者ギルドが大きいので、旅に必要なものは揃いやすいという。
そして、話がひと段落つき、あとは自由時間にしようかとカイが立ち上がった。そこに、陽の威勢のいい声が響く。
「はい! ちょっとやりたいことがある!」
聞く前から嫌そうな顔になったのは、悪くないと思う。
ところ変わって、俺たちは孤児院に来ていた。荒れ果てた門の前に4人して立っている。
「……で、大掃除がしたいと」
陽曰く、旅立つ前にこの孤児院をきれいにしたいと。確かに見ていて気持ちがいいものではないが、もうすぐ使わなくなるのに掃除してどうするのか。カイは見るからに「本当にするの?」と嫌そうだ。
「いなくなるならなおさら、今までありがとってきれいにしたいじゃん。それに、帰ってきたときに気持ちいいだろ?」
こういうときの陽は呆れるほどの善意で動いているので止められない。
「俺と流希は門周りから玄関の草抜きな。おっさんとカイさんは家の中をお願いします!」
張り切る陽に、大人たちが押されている。特にゼインは自分が住んでいる家なのに、「なんで掃除」と理解が追いついていなかった。二人が家の中へと入っていき、残された俺は担当か所を見回す。草は一面に生えていて、長いものは膝上まである。
「陽……お前の火で焼けばすぐだろ」
「何言ってんの!? 掃除は手でやるからいいんでしょうが!」
めんどくさい
だが、やる気満々の陽と言い合うのも面倒なので、俺は門前にしゃがむと草をかき分けて抜いていく。根っこが残った。舌打ちが出る。
だるいなぁ
黙々と門前をきれいにしていく。腰が痛くなってきたので立ち上がると、門周りがすっきりしていた。隠れていたプレートが見える。
“ラウダ孤児院”
俺は数秒その文字を眺めていた。
……仕方がないな
腕を回し、残りの雑草を抜いていく。蔦も引きはがせば見違えるほどきれいになった。外れていた扉も嵌めなおす。抜いた雑草はこんもりと山になっていた。
「陽、こっちはだいぶ……魔法使ってんじゃねぇか!」
進み具合を確認しようと門の向こう側を覗いたら、陽は器用に根っこごと地面を掘り返していた。
「あっ……」
ズルが見つかった幼稚園児みたいな顔をしている。その後俺は監督役になり、陽に手で雑草を抜かせ続けた。半面がきれいになったところで、ふと裏庭はほとんど雑草がなかったことを思い出す。
……ゼインのやつ。甘いのはどっちだよ
俺は玄関前の階段から立ち上がると、草むしりに加わった。
「流希、神!」
「お前ひとりだと日が暮れる」
そして残り僅かになったところで、中の掃除が終わったカイが様子を見に来た。並んでしゃがみ、草を引っこ抜いている俺たちを不思議そうな顔で見ている。
「雑草は燃やすものでしょ?」
瞬き一つの間に、カイは雑草を塵も残さず焼き払った。
「えぇ……」
俺たちは脱力して、その場に座り込む。異世界の洗礼を受けた気がした。
この日の夕食はきれいになった孤児院で食べた。はしゃぐ陽に目くじらを立てるカイ、それをゼインが酒を飲みながら懐かしそうに眺めているのが印象的だった。これからの旅を予感させる、そんな夜だった。




