28.拒絶
翌日、カイが宿屋を訪ねてきた。ユグラから一か月と少し経っているが、カイに変わりはなかった。
「なんか一人増えてるわ」と目を丸くし、お互い自己紹介をすればすぐに意気投合していた。
「あの魔王の娘なの!? え、ちょっと魔法研究のことで訊きたいことがあるんだけど」
「私も、カイさんの転移魔法に興味があります! しかも召喚魔法にも関わられているなんて!」
二人とも魔法使い兼研究者として気も興味も合うようだ。石碑に着くまで、ずっと魔法理論について話していた。聞いているだけで楽しく、俺も時々質問をする。陽も話題について来ようと最初は頑張っていたが、すぐに諦めてゼインと先頭を歩いていた。
そして問題の石碑がある場所なのだが……。
「なんでこんなところに石碑を立てたんだ……」
「マグマすっげ~! あっつ!」
山頂から流れるマグマが山の裂け目に落ちている。そこから離れてはいるが、裂け目は深い谷となってここまで続いている。怖いもの見たさでのぞき込めば、はるか下に赤黒くゆっくり動く溶岩が見えた。
安全柵も何もない。その谷のすぐ手前に石碑があった。
石碑は近づけば身長の二倍はあり、熱気が遮られて少し息が楽になる。俺たちはすでに全身汗だくで、水を飲みほした。彫られている文字を読めば、消えることのない炎の力強さを称え、途切れることのないマグマを命の循環に喩えていた。
「二人とも、落ちるなよ」
ゼインは浅い呼吸を繰り返していて苦しそうだ。暑くても騎士だからなのか軽鎧は脱いでいない。一方のフーリエは「暑すぎ……」と早々にローブを脱ぎ、軽く胸元を開けていた。魔法で冷風を起こしながら、げんなりした顔で石碑を眺めている。
「これが石碑……何だろ、複雑すぎてよくわかんないわ」
どれだけ暑くてもさすがは研究者。ノートを取り出して石碑をスケッチしていた。
俺と陽は片手を石碑に添え、お互いの汗が流れる顔を見あって頷く。
「速攻で終わらせよ」
「当然だ」
「ちょっと二人とも!?」
察したカイが制止する声が聞こえるが、俺たちは最初から魔力を大量に流し込んだ。滝が流れるイメージだ。見本が目の前にある。
「どんどん溜まってる~」
順調に魔力が流し込まれていく。石碑に触れている指に力が入る。
早く、早く
ソーマはどの時代から来たのか、今どこにいるのか、勇者教や死なない魔物とどう関係しているのか。疑問が次々にこみ上げてくる。
俺はさらに流し込む魔力を増やし、何かに衝突した感覚に軽くよろめいた。次の瞬間、待ち焦がれていた白に包まれる。
「ソーマ! やったじゃない! これでクエスト達成よ!」
魔法使いの女が笑顔で近づいてきていた。息が切れていて、額に浮かんだ汗を袖口でぬぐう。袖には血が滲んでいて、腕にも細かい傷が多数ある。視界が右に、左にと動き、サンダーウルフが何十体も倒れているのが見えた。視界の隅に流れ落ちるマグマが映り、山頂の近くだと分かる。
「みんなも……お疲れ」
労いの言葉をかけて、剣の具現化を解いた。声には疲労が濃く滲んでおり、消耗しているようだ。
「暑すぎだ! さっさと帰ってシャワー浴びるぞ! あと冷たい酒!」
「ちょっと動かないでください! 治療ができないじゃないですか!」
騎士の男は一仕事終えたと満足そうだ。怪我をしたようで、薄手のローブを着た少女が両手を男の腕にかざして治癒魔法を使っていた。
「それにしても、ソーマは強くなったね。ほとんど一人で倒したじゃない」
「ありがと、みんなのおかげだよ」
「さすが勇者ね」
魔法使いは微笑み、傷の具合を見に騎士の男へと近づいていった。視界は彼らから外れ、サンダーウルフの死体へと切り替わった。
脳内に声が響く。
(強くなった……か。最初は魔物が怖かったのに、今は普通に殺せる。痛みにも、慣れた。……怖いな。自分が自分じゃなくなっていくみたいだ)
映像が乱れる。流れ落ちるマグマに近づく人々。燃え盛る炎を囲んで踊る人たち。明滅を繰り返す。
シーンが切り替わり、食事の風景だ。煮込み料理や揚げ物がテーブルに並んでいる。目の前に騎士の男がいて、大きなジョッキで酒を飲みほした。ナプキンで口元を拭き、お代わりを頼んでいる。
視線が下がり、スプーンで赤いスープをすくう。口に運ばれるが味は伝わらなかった。
「これ、何が入ってるんだ?」
ソーマの質問に答えたのは隣に座っていた治癒魔法を使う少女だ。
「えっとね、具材はコカリスの肉と、トマトにエゲンと玉ねぎ、味付けは塩とシェシェンだと思う」
「ん~。ちょいちょい分からないものが入ってるな。具材は鶏肉とナスに似ているとして……シェシェン? 形と匂い的にはハーブだよな。地球にあるかな」
何回か口に運び、首を傾げている。今度は斜め左に座っていた魔法使いから陽気な声が飛んできた。
「なに~? 作るのぉ? わたし、明日の晩御飯はナーバンゼダがいい」
もうできあがっていた。顔が赤くなっていて、隣の騎士にしなだれかかる。
「あ~いや。家に帰ったら家族に作ってあげようと思って。ほら、こっちのもの持って帰れるか分からないから。土産話だけってのもかわいそうだし、レシピなら覚えてられるだろ?」
気恥ずかしそうに笑って酒を飲む。視線はコップの中に注がれていた。
「けど、パパは異世界で勇者してたんだって言っても、信じてくれるかなぁ」
声には愛おしさと寂しさが混ざっていて、琥珀色の酒の向こうに娘の姿を見ているようだった。
――ふ、ふざけるな
その姿があまりにも、普通の父親で、脳が焼き斬れるような激情に意識が覚醒する。
ふざけんじゃねぇ! お前に、そんなことを言う資格があると思ってんのか!
お前が殺したんだ! 母さんを、妹を、父さんを! そのお前が、家族だと!?
俺が何のために今まで生きてきたと思ってんだ!
自分の体の感覚はないのに、肩で息をしているように息苦しい。
突如暗転。暗闇の中を一気に複数のシーンの切り抜きが駆け巡る。人、魔物、風景。それ以上は判別できない。目が回り気持ちが悪くなる。閉じたくても瞼は動かせない。
次の瞬間、全てが制止した。目に飛び込んできたのは、燃える家々と大量の死体が転がり、その血が炎の揺らめきを反射している景色。
「あぁぁぁぁぁ!」
今すぐ何かを破壊したい。なのにこの手に何もなく、指は一本も動かせない。
「殺す! 殺してやる!」
全身を魔力が駆け巡る。足元から冷気が立ち上った気がした。記憶と現実が混ざる。
その瞬間、頬に痛みが走り意識が途切れた。天地が反転したように視界が回る。思わず目に手を当て、遅れて頬の熱と痛みを感じた。
「――いた……い?」
何が起こったのか理解できない。目がチカチカしていて、ぼやけた視界は水色。焦点があえばフーリエが立っていた。
「流希君!」
肩を掴んで揺さぶられる。髪から雫が落ちた。なぜか髪が濡れている。
「しっかりして!」
「やめ……ろ」
頭を揺さぶられ、気持ち悪さに追い打ちをかけられる。俺は口元を抑え、身をよじってフーリエから離れた。
「よかった、意識が戻ったのね」
「……問題ない。ソーマの記憶を見ていただけだ」
顔を上げれば陽は石碑に触れたままで、俺だけがこちらに引き戻されたらしい。変な間と空気を感じ、三人に視線を向けると何か言いたそうな顔をしていた。石碑の側にいるカイが腕を組んで顔を顰める。
「……問題しかないわ。だってルキ君今」
「あははははっ。それはやばいって!」
突然笑い声がカイの言葉を遮り、俺たちはギョッとして陽に顔を向けた。いつの間にか意識が戻っていて、腹を抱えて笑っている。
「あははっ、うぇっ、くるし! 酔っぱらった騎士が!」
笑い過ぎてむせている。どうやら陽は記憶の続きを見ていたようだ。重くなりそうだった空気が霧散していた。
石碑に魔力は満ち、あとは町に戻るだけ。一人楽しそうな陽を眺める視界の端で、カイとゼインが視線を交わしていた。




