29.次へ、次へ
町に戻り、昼食を取ってから俺たちは石碑で見たものを共有した。陽が見た記憶の続きは、酔っぱらった騎士が裸踊りを始めたというしょうもないもので、情報整理は締まりのない空気のまま終わった。
「くだらねぇ……」
新しい情報は何もなし、手詰まりか……
疲労もあって落胆が膨れ上がる。ぼんやりと空中に視線を飛ばし、動きが鈍い頭でどのような町に行けばソーマの情報が得られる可能性が高いかを考えだす。
そうしているうちに、話は次の石碑がある町、グランダへと移っていた。
「え、あの廃墟に石碑があるんですか?」
カイから3つ目の石碑の説明を受け、フーリエが目を丸くする。
「廃墟?」
今までの町とは違う流れに聞き返す。
そんなとこ行ったって、なんの手がかりも得られないじゃないか……
「えぇ、3つ目の石碑はこの山を下りたところの千年以上前に滅んだ町にあるの」
フーリエの表情が曇る。
「……ということは、アルヴィアにも寄ります?」
「おそらくその後だろうな。次の町に行くにはそこを通るのが一番速い。どうかしたか?」
「ううん。気になっただけです」
フーリエは何でもなさそうな顔で首を横に振ったが、前に口にしていた「家出」という言葉が頭をかすめる。その町に実家があるのか、近くなのか。なんにせよ深く聞く気はない。
「なら、さっさと出発しよう。もうこの町に用はない」
「ちょっとルキ君、二人の消耗を考えても今日一日は休まないとだめよ」
「それに最低限の物資を買う必要もある。この先はあまり町も村もないからな」
大人二人の冷静な意見に苛立ちがつのる。
「じゃあ、今日買い出しして、明日出発する」
交互に視線を向け、そう妥協案を示せば二人は頷きかけた。
「え~、もう少しゆっくりしようよ。カイさんと観光もしてないし、ヴァルガ名物の蒸し風呂もまだ入ってない!」
そこに不満顔で待ったをかけたのが陽だ。今はこいつのうるさい声がいつも以上に癪に障る。
「うるさい出発は明日だ。風呂に行きたいならさっさと行ってこい」
話は終わりだと席を立つ。「なかなか魔法の練習ができないね~」とフーリエの気の抜けた声が背中に刺さった。
今は戦力の増強よりも先に進みたい。それなのに、体がついてこないのが歯がゆかった。
寝室に入りドアを閉めれば、ドアの向こうでゼインとフーリエが買い出し、カイと陽が観光と情報収集という役割分担をしていた。
俺はベッドに腰かけて靴をぬぐと、もぞもぞと掛け布団の下に潜り込む。前回よりも倦怠感が強い。体感、魔力量が3分の1まで減っている。前回よりも奪われていた。
……なぜだ?
注ぐときに多く入れ過ぎたのか、記憶の途中で現実に引き戻されたことが関係しているのか。
――だめだ、眠すぎて考えられない
意識が薄れゆき、4人の会話も遠くなっていく。眠りに落ちる刹那、俺の名前が聞こえた気がした。
結局俺が目を覚ましたのは翌日の朝だった。シャワーを浴びても、寝すぎたせいか頭がすっきりしない。
あ~最悪だ。体調も悪いし気分も悪い。
黙々と食べ進め、栄養だけは摂取しておく。ここで倒れるわけにはいかない。
「ルキ君、食べられそう?」
カイにそう気遣われ、スープ皿からスプーンをあげたまま視線だけ向ける。そんなにひどい顔をしているのか。
「……問題ない」
いつの間にか全員の顔が俺に向けられていて、妙な沈黙が続く。4人の反応を見るに何かあったのだろうが、そこに触れるのは面倒だった。
そして朝食を終えると、カイは「もう少し一緒にいたいけど」と心残りがある顔で戻っていった。くれぐれも無理はするなと言われたが余計なお世話だ。
旅支度を整え、俺たちもヴァルガを後にする。東側の門は小さく簡素で裏口であることがよくわかった。近づいてくる俺たちに気付いた守衛の二人が目を剥いた。
「おい、お前ら! そんな軽装備でここを通る気か?」
「悪いことは言わねぇから、西から馬車に乗れ。こっちは道が狭いし、魔物が出るうえ最近じゃ盗賊もうろついてる」
よほどここから出る人は少ないのだろう。東から下ることについてはカイが難色を示していたが、最終的には日数を優先した。
ゼインが前に出て、内ポケットからギルドカードを見せつけるように取り出す。
「問題ない。俺たちはBランク冒険者だ。何かあっても対処できる」
俺たちもギルドカードを出し、守衛に提示する。彼らは互いに顔を見合わせ、それならと門を開けてくれた。
「危ないと思ったら引き返してこい」
「もしくは、街から離れたところでやられろ。死体に魔物が引き寄せられてはかなわん」
なるほど、ただの善意というよりは街を防衛する観点からの苦言だったようだ。俺たちは頷くと、さっさと門を通る。その先は岩肌が覗く、細く蛇行した山道が続いていた。
転ばないように気を付けながら下ること2時間が経った。けもの道に近い部分もあり、ゼインが地図と立札を入念に確認しながら進んでいく。
「また魔物だ! 数2!」
先頭を行くゼインの警告で俺たちは戦闘態勢を取る。もう3度目で、ずっと武器は出しっぱなしだ。今度は目が3つある魔鳥だ。空中で分かれて突っ込んでくる。
「ルキとフーリエで右を頼んだ!」
ゼインの指示を受け、右の魔物を狙う。巨体を一発で沈めるのは難しそうだ。軌道を計算して引き金を引く。銃弾は魔鳥の胸を抜けていき、同時にフーリエの金の矢が交差するように腹を貫いた。鳥は短い悲鳴を上げて落ちる。もう一匹はゼインと陽が倒していた。戦っては進み、また戦う。
この大火山の東側は魔物の巣と言っても過言ではない状態だ。日が傾きキャンプを張る頃には6戦を交え、皆会話が無くなるほど疲れていた。
「流希君、傷を治すから腕出して」
「あぁ……わるい」
さっきの戦闘で俺は左腕を蛇の魔物に噛まれていた。俺は倒れている木の幹に腰かけ、袖をまくりあげる。フーリエは左隣に座り、傷口に手をかざした。
「尻尾に毒があるタイプだったからよかったけど、牙だったら今頃死んでたのよ? ちょっと先走り過ぎ」
「あの時は、ああ動くのが効率的だったんだ」
「それで怪我してたら意味ないでしょ」
フーリエの説教が続く。治療が終わるまで立つことはできない。わざと回復魔法をゆっくりかけているような気がしてきた。俺もテントを設営する側に行きたい。
「ちょっと流希君聞いてる?」
ゼインたちの方を見ていたら怒った声になったので、顔をフーリエに戻した。
「怪我しても、お前が治してくれるだろ?」
「そういう問題じゃない!」
傷口がきれいに治り、その上を軽く叩かれた。フーリエは眉を吊り上げている。俺は礼を言ってから、薪を組むために二人に合流する。これ以上一緒にいたら、説教がまだ続きそうだった。
フーリエが入ってから初めての野営だったが、特に問題はない。テントが一つ増え、料理に一品増えた。食事が終わればフーリエは立って日課である魂の観測をする。俺と陽も倒れた幹に背をもたれさせ、ぼんやり星を眺めていた。
「暇だ~。暇すぎて死ぬ」
ここには楽しく飲める酒場も、おしゃべりをするお姉さんたちもいない。
「陽君も本を読むとか、武器の手入れをするとかすればいいのに」
フーリエは眼鏡を外し、あきれ顔を陽に向ける。
「本は眠くなるし、俺の剣魂の武器だから手入れする必要ないし……なぁ、フーリエ~。なんか楽しいことない?」
陽の無茶ぶりに、フーリエはため息をついて「しかたないわね~」と俺たちの前に座った。
「え、なんかあるの?」
陽が前のめりになり、俺も興味を引かれて身を起こす。ゼインも剣の手入れをしながら、こちらに顔を向けていた。
フーリエは期待を溢れさせている陽に、とっておきのおもちゃを見せる子供のような顔で笑いかける。
「よ~く見ててね」
フーリエは胸の前で両手を広げると、魔力の塊を出す。淡い水色の魔力を凝縮させていき、両手で器用に何かを形作っていく。まるで粘土細工だ。
「お~、すげぇ。犬だ」
みるみるうちに膝の上に乗るぐらいの子犬ができていた。顔の細部はないが、フォルムだけで犬だと分かる。食いついて目を輝かせている陽は、バルーンアートに夢中になる子供と一緒だった。
「これで終わりじゃないわ」
フーリエがこれからが本番だといたずらっぽく笑えば、手の中の子犬が震えた。尻尾が揺れ、地面に飛び降りると陽に駆け寄る。
「え、えぇ!? すごい! 動いてる! 触れる! かわいい~!」
陽は子犬の頭を優しくなでていた。これには俺も目を丸くする。
「何の魔法だ?」
「魔法じゃないわ。魔力には魂の残滓が含まれているから、こうやって動き出すことがあるのよ」
「なんだそれ、初めて見たぞ」
ゼインも剣の手入れを止めて近づいて来た。
「ちょっとした特技ね。暇なときはこうやって遊んでたの」
子犬は陽の膝の上に飛び乗り、尻尾を激しく振っていた。そして、フーリエを振り向き、駆け寄ろうと陽から飛び降りたところで消えた。
「あぁ! 子犬が!」
「どう? 暇つぶしになったでしょ?」
「すげぇ、俺もやってみたい!」
「う~ん、難しいと思うけど、やってみる?」
その後、陽は自分もペットを作りたいとフーリエに魔力の切り離し方を教わっていたが全く成功する気配はなかった。俺は二人の声、ゼインが剣を手入れする音を聞きながら、ぼんやりと焚火を眺める。
……早く寝よ。明日が来れば先に進める。
「かわいすぎる!」
突如陽の大声が鼓膜を突き刺した。フーリエが今度は猫を作り出していて、陽が抱き上げている。
くだらない……
小動物に心を動かされることはない。そんな自分にどこか安心していた。




