26.明らかになった事実
2018
数字が頭を素通りした。お互い次の言葉が見つからず、見つめあいが続く。そこに挟まれたフーリエはパンと手を叩いた。
「なんかよく分からないから、いったん中に入って話そっか!」
仕切り直しとなり、何があったか分かっていないゼインも加えて情報を整理することになった。
夕食と同じ席に着く。気を利かせたフーリエがハーブティーを淹れてくれた。
「で? 二人がどうだって?」
ゼインは隊長をしていただけあって、状況が分かっていなくても場を取り仕切ってくれる。対角に座る俺たちは、どちらから話すべきか探るように視線を絡ませた。陽が、「えっと」と口火を切る。
「その……俺、2000年生まれで、2018年にこっちに来たんだけど……」
改めて数字が出てくると信じがたいものがある。陽は一度言葉を切って、唾を飲みこんだ。じっと俺を見つめている。
「もしかして、流希って未来人?」
ゼインとフーリエの視線も向けられた。二人とも小声で「未来人?」と呟いている。俺はどう説明しようか頭で組み立てていたがまとまらず、明確な事実だけを返す。
「そうなるな。俺が生まれたのは2105年で、こっちに来たのが2123だ」
「100年以上違うじゃない」
「そんなことあるのか?」
フーリエのカップを持つ手が空中で止まっている。ゼインは口が半開きになり、俺と陽の間で視線を行き来させていた。
「まじか……」
一言呟いた陽は信じがたいのか、俯くと顎に手を当てて考えこんでいる。会った時に同い年だと喜んでいただけに、ショックが大きいのかもしれない。俺たちがなんと言葉をかけたらいいか考えながら視線を注いでいると、弾かれたように顔を上げた。表情が強張っている。
「やべぇ……てことは、流希からしたら俺ってすっげぇおじいちゃんじゃん」
熟考の末出した結論がそれかと、俺は軽く脱力する。やっぱこいつは馬鹿だ。
そして、みるみるうちに目を見開いていった。
「え、ちょっと待って。100年後ってことは、車は空を飛んでる? 宇宙にコロニーできた? 第三次世界大戦は起こった? あ、ド」
「猫型ロボットはいないし、どれもない」
矢継ぎ早に質問が来たが、どれもいまだに想像の世界の話だ。100年後の人間もあまり変わっていない。
「じゃあ、100年で地球はどうなったの? 魂がどうこうってどういうこと?」
その瞳は、無垢な子供が親に何でも疑問をぶつけるような、純粋な好奇心が映っていた。これには少し胸が痛む。過去の人間に今後起こる、俺からすれば歴史を話していいのか少し迷うが、きっと今はぐらかしても今後聞かれ続けるだろう。
俺はハーブティーを飲んで一息つくと、「そうだな」と2018年以降の歴史的な出来事を思い起こす。大災害など色々あるが、今は魂学に絞って話し始めた。
「地球の科学が大きく転換したのは、地球上にいる全生物の魂の量が観測できるようになったからだ。世界にある魂の総数は一定で、死んだら別の生物に生まれ変わるか、新しい魂が生まれることが判明した。そこから人類は科学技術より魂の解明へと進んだんだ」
「へぇ、すごい」
「え、どういうこと?」
フーリエと陽の声が重なった。ゼインも表情からすると分かっていない側だ。
陽の反応に、本当に100年前の人間なんだと実感する。俺たちにとって魂の総数は時間と同じぐらい日常で見るもので、あって当たり前だった。
俺はかみ砕いて説明しなおす。
「地球にある魂の数が分かるようになった。そして、その数は、生物が死んでも変わらなかったんだ。つまり、死んだら魂は消えるんじゃなくて、別の生き物に生まれ変わるか、新しく魂が生まれるってこと。前者なら輪廻転生だな」
「こちらの世界でも、死んで肉体から解放された魂は次の肉体に生まれるのを待つと考えられているわ。けど、魔法を使わずにそんなことができるなんて、びっくりね」
フーリエはひたすら感心していて、男二人は分かったような、分かっていないような顔をしている。
俺は事細かに説明するのは諦め、必要なところだけを抜粋する。専門書も数多く読んだので、頭に叩き込まれていた。
「あとは……異世界との境界が発見され、異世界が一般的になった」
「異世界があるって分かったの!? いいな~、未来。絶対ワクワクするじゃん」
異世界の単語に陽が飛びついた。2000年代前半は伝統的な異世界物語が流行っていたし、陽も読者だったのかもしれない。俺は話を前に進める。
「で、ある時魂の総数が1減ったんだ。異世界に飛んでいったのではと言われてるんだが……、フーリエは何か知ってるか?」
ここでふと、フーリエならその真偽が分かるのではと気になって聞いてみた。フーリエは「う~ん」と片手をこめかみに当て何かを思い出すように目を瞑る。
「勇者召喚は、流希君たちの前に4回行われているの。順番で考えると、前勇者のソーマなんだけど……実際、流希君と陽君は同時に召喚されたのに時間が違うから、確証はないわ」
「召喚された勇者の時代はバラバラなのか?」
「そこまでは……わからないわ。実家には記録があるのかもしれないけど……」
その返事に、俺は口に拳を当てた。今まで時間について考えたことはなかった。
――異世界に来るときに時間がズレるのか、それとも召喚魔法が発動した時に接続する時間がランダムなのか……あっ!
その瞬間、点と点がつながった。
「だからあの時!」
思わず声に出してから、慌てて口をつぐむ。怪訝な顔をする3人に「何でもない」とごまかして、ハーブティーを飲んだ。その手はわずかに震えている。
引きずり出されるのはあの日の記憶。
そうだ、あの時、あの男は最初に今が何年かを聞いていた。そして驚いたのは違ったからだ。自分がいた時間と!
おそらく、異世界を渡るときに時間のズレが生じるのだ。
視界が開けたような気分だ。
「お~い流希、続きは?」
陽に目の前で手を振られ、意識を現実に戻す。
「あぁ……えっと、その後は異世界転生が現実的になったってくらいかな」
細かいことは色々あるが、今はいいだろう。さすがの俺も時間のズレという事実を処理しきれていない。新たな気付きに今は話すよりも、集中して考えたかった。
ソーマは……たこ焼きを作っていたということは、大災害より前の人間か? いや、未来で海産物が手に入るようになった可能性も……
何か見落としていることがあるのではと、記憶の冒頭から時間のズレにつながるものはないか照らし合わせていく。情報が足りない。
俺が急に黙り込んだので、話題は陽がいた時代へと移っていた。陽はこっちにはない科学技術の話をしている。フーリエが目を輝かせて質問をしていて、陽は調子に乗ってあれやこれやと答えていた。
――ソーマは黒髪だった。大災害の前のほうが多かったらしいが、俺の時代でもある程度いたし、決め手にはならないな。今度石碑に触れたら、何かわかるだろうか……
俺は時間のズレ、陽、ソーマについて考えを巡らせつつ、三人の会話を聞くともなしに聞く。明らかになった事実が、胸の奥に鉛のように沈んでいくのを感じながら。




