25.魂の観測
山頂の町までの道は快適ではないが順調だった。さすがに一日で山頂まで行けないため8合目にある村で一泊することにする。最初は村長の家の広間という話になっていたが、フーリエを村長が見た途端、個室があったほうがいいかとグレードアップした。
「なんか、女の子ってずるい」
ゼインと村長の交渉を見ていた陽の呟きに、俺も頷いた。
「そうでもないわよ」
フーリエは微妙そうな顔をしているが、男三人で旅をしていた時よりも格段に交渉がスムーズだ。
空き家は小さいが部屋が二つあり、フーリエは「私ここ~」と小さい部屋に入っていたので、いつも通り俺はリビング、二人が残りの部屋に分かれる。俺が一人で寝るのが好きなのは知っているくせに、陽は「寂しかったらこっちに来ていいからな!」と言いおいて部屋に入っていった。
ドアが閉まれば少し静かになる。見回せば普通の家だ。俺はソファーの背もたれに身を沈めて、一息ついた。
少し休んだら夕食を作りが始まる。フーリエが入ったので当番制になり、今日は陽とフーリエだ。俺は本を読んで時間を潰す。ゼインは少し体を動かすと、外で素振りをしていた。
ページをめくる。今読んでいる本は、北西部の伝承だ。
文字を目で追い、今ある知識とつなげていく。いつしか夕食を作る二人の声は聞こえなくなっていた。
どれぐらい経ったのか。半分ほど読み進めたところで、肩を叩かれ顔を上げる。
その瞬間、「流希、ご飯って言ってるでしょ!」と、怒った顔の母が見えた。残像の向こうに、「飯だぞ~」と声をかけて戻っていく陽がいる。
「えっ……」
一瞬ここがどこか分からなくなって混乱する。部屋が料理の香りに包まれていた。いつの間にかゼインが向かいのソファーに座っていて、「食うぞ」と食卓へと立ちあがった。
それは家族が食卓に集まるようで、俺は歯を食いしばって下を向いた。膝の上に乗って見上げてくる妹、俺を呼ぶ父親の間延びした声。遠い日の風景が一気に駆け巡った。それは、全てあの日に行きつく。
「……わかった」
しおりを挟んで本を閉じ、静かに息を吐いてから食卓へ向かう。見えているものが遠く感じる。足が重い。
四角い木のテーブルの上にはサラダに野菜スープ、パンが並んでいた。鶏はシンプルに香草焼きになったようだ。ソースに見覚えがなく、赤いのでベリー系だろうか。その赤が二重に見え、俺は思わず顔を顰めてしまった。
「ルキ、大丈夫か?」
ゼインは目ざとい。
「……問題ない、立ち眩みだ」
それぞれ席につく。
「いただきま~す」
「……いただきます」
鶏肉にソースをかけてから一口に切り、口元に運ぶ。匂いを嗅いでみると、甘酸っぱい感じだ。
和やかな食事が進んでいく。陽とフーリエが香草の種類やソースの食材を説明してくれた。そういや、最近ハーブやらスパイスやらが効いた料理が多い。陽が凝っているようだ。そこから話題はこの世界の料理や食材、次に訪れる町と移っていく。
俺はそれを聞きながら、鶏肉の最後の一切れを口に入れた。
そして、片づけが終わった後、フーリエは「日課の観察があるの」と眼鏡をかけて外に出た。何の観察だろうと、俺たちも外に出る。
外はすっかり暗くなっていて、星がきれいに見えている。
フーリエは木の柵にもたれて空を見上げていた。端から端へと顔を動かしていく。陽は「何が見えるの~?」と近づくとひょいと柵の上に座った。ゼインは軒下から星を眺めるようだ。俺は陽とは反対のフーリエの右隣に立って同じように上を向いた。星は詳しくないので、地球と同じかどうかすら分からない。
「私、こうやって魂を視て記録するのが日課なの」
「魂?」
「魂!?」
俺たちは勢いよくフーリエに顔を向けてしまった。フーリエは分厚い眼鏡ごしにじっと空を見つめている。もう一度空に視線を戻すが、星しか見えない。
「――27兆5億3万6507。変化なし」
「え、兆? 何の数?」
どこか馴染のある数字だ。
「……まさか、魂の総数か?」
「へぇ、流希君よく知ってるね」
「俺たちの世界にもあるからな。30兆8250万7803。いや、俺たちがこっちに来たから、今は1か」
毎日見ていた数字だ。
「へぇ、面白い! 流希君たちの世界のほうが多いんだ。それで? 魂はどう循環してるの!? もしかして独自の循環法則とかある!? 生成型だったりする!?」
フーリエは知的好奇心に輝いた青い目をこちらに向けてきた。後半は早口で逸る気持ちを抑えられていない。その勢いに少し押される。
「あ~、そこまでは判明してない。死んだら新しい魂が生まれるという説と他の生物に生まれ変わるという説があって、俺の国では後者を信じる人が多かった。ただ生まれ変わりが即時なのか、どこか魂が一時保管されている場所があるのかで論争が起こって、学会では即時説が有力だったな」
「それでいうと、こっちは一時保管ね。体を抜き出た魂が大気に流れるエネルギーに溶け込むところは観測されてるの。逆に、3代前の魔王が、死の淵の老人と臨月の妊婦を集めて魂の動きを見ようとしたんだけど、死んだ魂が新しい生命に宿る瞬間は視れなかったわ。そりゃそうよね。仮に即時だとしても、同じタイミングで死んだ生物なんてたくさんいるんだから」
「すごいなそれ。こっちだと倫理規定で一発アウトだ」
何より、まだ個人の魂の動きまで観測できる精度はない。
「……で、どうやって魂の総数が分かるんだ? 数えてるのか?」
「う~んとね、結構特殊なの。うちの一族は代々魂が視えるんだけど、夜の空は世界にある魂の光を映している層があるのよ。みんなにとっては星空でも、私にはさらに小さな輝きが動いている層が見えてて、その数が感覚で分かる。そこは特殊能力ね」
「――よく分からないけど、俺には無理だってことは分かった」
総数が視えたら便利だろうに。非情に残念だ。
「当然よ。だからオルビス家は魂研究の大家なの。そっちこそ、特殊能力も魔法もないのによく魂の総数が分かったのね」
「あぁ、マザー観測所って研究施設が魂の観測を可能にしたんだ。それで魂が1減った時が」
「ちょっと流希、待って? お前何言ってんの? 何でこの話についていけてんの?」
急にさっきまで静かだった陽が割って入ってきた。柵の上に座っているため、こちらが見あげる形になる。得体のしれないものを見るような、理解不能という顔をしていた。こっちこそ、なぜ陽がそんな顔をするのかが分からない。
「何でって、常識だろ」
魂の総数なんて子供でも知ってるし、小学校になれば教科書で魂学も勉強する。
「いやいや! 俺そんな常識知らないよ!? おい流希、フーリエにいいとこ見せたいからって嘘は止めようぜ、嘘は」
「は? 嘘じゃねぇよ。小学校からやり直せ。2075年に魂の観測が可能にって習っただろうが」
陽は時々非常識なところがあるが、まさかろくに学校に行ってなかったんだろうか。わざわざ金髪に染めたって言ってたし、ありえなくはない。
「……え?」
陽は口を半開きにしたまま固まっていた。数秒フーリエごしに見つめあう。フーリエは俺と陽を交互に見て、不思議そうに首を傾げた。
これ以上陽の馬鹿につきあってられないな……
会話を打ち切ろうと切り替えた時、震える声がした。
「にせん、二千、じゅうはち。俺がいたの、2018!」
「……は?」




