22.助けの手は
向かって来ていたサンダーウルフが、全て動かなくなっていた。核を射抜かれ、地面に縫い付けられている。だが、何匹か避けたようで、右へ、左へと落ち着きなく様子をうかがっている。
「使役している感じでもないのね……不愉快な魔法」
その声は崖の上から降ってきた。3人とも何が起こったか理解できず、釣られるように顔をそちらに向ける。
「あっ、占い師の」
真っ先に陽が声を上げた。フードを被ったローブ姿の占い師が崖の上に立っていた。引き寄せた左手に閉じた本を持っている。
「ちょっとお邪魔するわ」
占い師は風を足元に起こすと、崖から飛び降りた。浮力を使って落下の衝撃を相殺する。ふわりとローブが広がり、短いスカートと水色の髪が覗いた。初めて見る風魔法だ。
占い師からは緊迫感が全くない。サンダーウルフに向ける眼鏡の奥の瞳には、知的な輝きがあった。サンダーウルフは警戒からか、低く唸るだけでなかなか攻撃に転じない。その隙に陽が俺たちの側に戻り、態勢を整える。
「占い師さん! 助けてくれてありがと~!」
俺とゼインは何か裏があるのではと警戒を解いていないが、人懐っこい陽は天の助けと目を潤ませていた。
「面白い魂を失うわけにはいかないので……それより、来ますよ?」
言葉が終わらないうちに、右端にいたサンダーウルフが飛び掛かってきた。二人も迎撃態勢に入り、俺は脳天に狙いを定める。
「右足の付け根」
突然言われても反応できずに脳天を撃ち抜いた。サンダーウルフはそのままゼインに襲い掛かり、盾で押し返される。
「だから、右足の付け根だって」
まさか……でも、さっきの矢は全部核を捉えていた
半信半疑で、距離を取って身を低くしたサンダーウルフの右足付け根を撃ち抜いた。一拍遅れて崩れ落ちる。呆気なさに口が軽く開いた。
なんで……魂が視えているからか?
先程までの苦労は何だと舌打ちが出た。
残りは3匹。それらが一斉に襲い掛かってくる。
「ゼインさんは首。陽君は左肩。流希君は心臓!」
指示が飛んでくる。俺たちはその指示通りの場所を貫き、サンダーウルフを全て沈黙させた。大きく息を吐く。緊張が解けると同時に、忘れていた痛みが戻った。戦闘中よりもひどく、顔を顰めてしまう。肩口が血で染まっていた。
「ルキ! 傷を見せろ、すぐに回復薬を」
いち早く気付いたゼインは、盾を消すと足早に近づいてきた。自分だって顔が青く、強張っているのに。
「うわぁ! 流希! 血が、大丈夫か!?」
「静かにしてくれ……」
胸元の紐を緩めて、左肩を出した。鎖骨から肩口にかけて深く裂け血が滲みだしている。空気に触れればさらに痛い。
あ~くっそ。これくらいの痛み、あの時に比べればどうってことないのに
自分から流れる血の赤の向こうに、公園の惨状がちらついた。
「守り切れなくてすまなかった……」
ゼインが腰のポーチから回復薬を取り出した。陽は俺の側で痛そうと眉尻を下げて、泣きそうになっている。
痛みよりも、怪我をしたという失態にいら立ってきた。
「すぐ治るからもう少しの我慢だ」
ゼインが震える手で青い小瓶の回復薬のふたを取ろうとしたとき、その腕を占い師が掴んだ。
「安物の回復薬じゃない。それじゃあ、明日は半日寝てることになるわよ。私、回復魔法が使えるから任せて」
そう言うなり、占い師は俺の左側に歩み寄ってきた。傷口から胸元へと視線を滑らせ、一つ頷くと傷口に右手をかざす。
「逆によくもってるわよこの魂……えっと、魔力の道は……」
失礼な独り言が漏れているが、口を挟める余力はなかった。ほどなく淡い光が傷口を包み、痛みが引いていく。
「……すごい」
みるみるうちに傷口が塞がり、数分後には跡形もなくなっていた。
「軍でも回復魔法を見たことがあるが、相当の腕だ」
ゼインが言うということは本当にすごいのだろう。回復魔法は水魔法に属するので俺も練習しているのだが、適性がないのか使えたことがなかった。
「私の回復魔法は、魂を視て効率よく魔力を流しているので効きがいいんです」
誇らしげな占い師は「もう大丈夫」と眼鏡を外し、ケースにしまった。それを腰のポーチに入れる。大切なものらしい。よく見れば戦闘中に持っていた本も消えている。
占い師と目が合う。レンズ越しではない瞳はさらに深い青で、変わった模様もない。これで魂が視えると言うのだから不思議だ。
「戦闘での助言に回復……助かった」
占い師は目をしばたかせると、ふいと視線を外した。
「別に、当然のことよ」
フードで表情が伺えない。その視線の先には倒したサンダーウルフが転がっていて、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「さっき弱点が分かっていたけど、何か視えていたのか?」
「え? そうね……何というのかしら、術の核? あれは死体を動かすエネルギーみたいなものが埋め込まれていたの。その場所がバラバラだったから、死なない魔物に見えていたんだわ」
側で話を聞いていた陽が、へぇと声を上げる。
「すごい。そんなことまで分かるんだ」
隣に立つゼインの表情は渋く、死体に視線を向けずに顎に手をやった。
「これで奇妙な動く死体は俺が知る限り3例目だ……しかも、毎回少しずつ変化している」
「どういうことです?」
「最初は立っているだけの死なない魔物だった。それが……」
ゼインはあの光景を思い出したのか言葉に詰まったので、俺が引き継ぐ。
「次は人の死体で、動きは鈍かったが連携して戦っていた。それで3つ目が今回だ。微かに腐っていたようだが、動きは本物とほぼ同じ。魔法はなし。最も大きな違いは急所である核の場所が一定ではなかったことだ」
「なるほど……何者かの意図を感じるわね。魂がない死体をもてあそぶなんて、悪趣味」
やはり何者かが関係しているので間違いなさそうだ。目的が何か分からないが、ここまで続くと突然変異では片付けられない。
占い師は「ふ~ん」とサンダーウルフを見回し、何かを考えているようだ。俺は顔をこわばらせて固まっているゼインの腕を軽く叩く。
「なあ、町に戻って」
「おもしろ~い!」
俺の言葉を遮った占い師の声は妙に弾んでいて、くるりとこちらに体を向けた。
「異世界から来た勇者二人のレア魂に、魂の循環を冒涜する死なない魔物。くたびれたおじさんの魂も悪くないわ。もっと観察したい」
占い師がフードを取った。ウェーブがかかった水色の髪がふわりと揺れる。肩より少し長いところで切りそろえられていた。深い青の瞳は知的好奇心に彩られていて、陽が「かわいい」と漏らす声が後ろで聞こえた。
「だから、旅に同行するわ」
「は?」
「ちょっと待て」
「え? まじで?」
俺たちの反応を無視して占い師は胸を張った。
「私はフーリエ・オルビス。魔王の娘よ」




