21.死なない魔物
「なぁ陽。サンダーウルフって、冒険者ギルドに入るときの実力テストで倒したよな」
3日後、俺たちは目撃情報があった山に入っていた。
「倒した倒した~。あれなら楽勝」
「二人とも油断するなよ。言うまでもないが、死なない魔物だ」
ゼインは革の軽鎧から雷魔法軽減の効果が付いた金属の軽鎧に変えていた。背中にはいつものリュックではなく、魂の武器である大盾がある。
「死ににくい、だろ? 分かってるって、前と同じなら、動きもトロいし、倒せるポイントがあるじゃん。流希がいるし余裕だって」
俺の前を行く陽は鼻歌を歌っているが、先頭のゼインは「だけどな……」と左右に視線を飛ばし、警戒しながら進んでいた。俺も些細な物音も聞き逃さないように、神経を研ぎ澄まさせる。
じきに目撃情報があった辺りにさしかかる。ふいにゼインが立ち止まり、片膝をついた。視線は地面に向けられている。
「足跡だ……。10、20……もっとか?」
けもの道を横切るように、無数の足跡が残っていた。まだ新しく、いくつも重なっている。
ゼインは立ち上がると足跡の先を目で追い、木々の向こうに視線を飛ばした。
「おそらく、あそこを抜けたらねぐらがある。臨戦態勢を取れ」
ゼインは背中から盾を取り、剣を抜いた。
「了解」と、陽がその手に剣を出し、俺も頷いて右手を胸に引き寄せ、銃を具現化させた。いつでも撃てるよう、引き金に指をかけている。
一歩、一歩。足音に気を付けながら進む。木々の間から漏れる光が増え、視界が開けてきた。木立を抜けるまで後数メートル。その時、オオカミの遠吠えが聞こえた。
「くそっ、見つかったか」
緊張が走る。ゼインは盾を構えたまま、足を進める。ここでは木が多くて戦いにくい。俺たちも続き、木々の間から光の中へと出た。
地を這う唸り声。出た先は開地で、奥にゴツゴツと岩肌がむき出しになった崖がある。そこに、黄色がかった灰色の毛をしたサンダーウルフの群れが陣取り威嚇していた。銃の射程はギリギリ、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
ゼインが前に出て、陽はその右斜め後方。俺は背を木につけ、銃を構える。左手は魔法を撃てるように腰の位置に固定した。サンダーウルフは電気を纏い、雷も落とすのでこちらは土魔法で相殺するのがセオリーだ。
まだ仕掛けてこない。ざっと見ても、20はいる。
「来るぞ!」
ゼインが叫ぶと同時に、低い場所にいた4匹が飛び降り駆け出した。
「速い!」
陽の焦った声。俺は先頭の一匹に連射するが倒れない。ゼインのところまで5秒ほどで距離を詰めてくる。
前のゾンビに比べてずいぶん早いな。死体が腐っていないからか?
ゼインが2匹同時に盾で押しとどめ、陽が炎の渦で焼く。サンダーウルフが炎に包まれると同時にゼインが押し返した。俺は残り2匹の脳天を撃ち抜く。怯んだものの急所ではなかった。
「こいつら火、効かない!」
火だるまになったように思えたが、2匹が激しく全身を震わせれば炎はたちまち消えた。肉が焼けた臭いに混ざる腐乱臭。
ゼインが大きく踏み込み、1匹の首を飛ばした。次の瞬間、首を無くした胴体が血を流すことなくその場に伏せるように倒れる。
「よしっ、今回は首が弱点だな!」
陽は両手で剣を握りなおし、振り下ろされた爪を避けて横一閃。刎ね飛ばされた首は高く上がり、断面が露になった胴体は、腕を薙ぎ払った。
「嘘だろ!?」
「陽、どけ!」
目を丸くする陽とサンダーウルフの間にゼインが割って入り、寸前のところで攻撃を止めた。首無しは一度距離を取り、飛び掛かる機会をうかがうように身構えている。
俺は間髪入れずに首無しの胴体に弾を撃ち込んでいく。尻尾を吹き飛ばした時、硬直して横に倒れた。
「ひとまず首を刎ねて、後は適当に刺すか、魔法で貫くかしかない」
そう言うなり、ゼインは飛び掛かってきた一匹を盾で受け止めた。押し返すと同時に一歩身を引いて、首を飛ばし胴体を貫く。鮮やかな剣裁きだが、まだサンダーウルフは生きていた。陽が氷柱で串刺しにし、なんとか動きが止まる。
「なんで? 魔物だから?」
「さあな! 陽、来るぞ!」
陽が突っ込んできた一匹に狙いを定めて氷の刃を放つ。それはやすやすと首を落とした。糸が切れたように動きを止めた胴体は勢いのまま、土煙を上げて地面を滑る。
「ぎゃあぁ、首だけ動いた!」
陽が飛びのき、その剣先では先ほど落とされた頭部が噛みつき、前に進もうとしていた。ゼインが脳天に剣を突き刺し、動きが止まる。
「……規則がない」
弱点がバラバラで、非常に効率が悪い。舌打ちをして、崖の方に目をやると次の4匹が地面に下りていた。
――なんだあいつら、4匹ずつ
先程のが偵察なら、次は一斉攻撃に出てもおかしくない。4匹は先ほどと同じように駆け出し、まず2匹が飛び掛かる。ゼインと陽に振り下ろした爪を塞がれれば、一度下がり次の2匹がしかけてくる。
――安物のプログラムみたいな動きだな
攻撃パターンが単純で、魔法も使ってこない。
「あぁぁぁ! めんどくせぇ!」
陽がキレながら踊りかかってきたサンダーウルフの喉に剣を突き刺すが、噛みつこうとあがいている。爪が繰り出される前に、土魔法で地面から棒を生やし打ち飛ばしていた。
俺は援護射撃を続けるが、弱点がランダムで敵が動くとなると、なかなか的を絞れない。苛立ちが募る。敵が強いわけではないのに、無駄な攻撃で消耗させられている。
ゼインが盾で動きを止め、陽も氷魔法で足止めを試みるがサンダーウルフの力は強く数秒ももたない。
「おい陽! 魔法で切り刻めないのか!?」
「そんなに細かくは無理! 4等分ぐらいが精いっぱい!」
弱点がないなら細切れにと思ったが難しいようだ。こちらに向かってきた一匹の足を撃ち抜けば、当たりだったようで倒れ伏す。ゼインは2匹倒していて、陽が離れたところで唸っていた一匹に3枚の氷の刃を放った。刃は回転しながら飛んでいき、サンダーウルフを輪切りにする。やはり血は出ない。黒ずんだ断面。内臓が崩れ落ちた。
「うえぇ、グロ……げっ、腹だけ動いてる」
4等分された、腹の部分だけ魚のように跳ねていた。銃弾を浴びせ、ハチの巣にすれば動きが止まった。どれが決め手かもわからない。
「やっぱり、死体を動かしている核みたいなのがどっかにあるんだ」
「分断して、動いたほうに核があるってか……」
4匹目は目を撃ち抜いて始末した。俺たちは次の襲撃を警戒し、崖に視線を向ける。その瞬間、背筋が凍った。崖にいたサンダーウルフが消えていた。四方から物音と気配がし、俺は反射的にその場から飛びのく。上から何かが迫ってきて、左肩に鋭い痛みが走った。
「くっ」
もう一歩引きながら前に向けて引き金を引き続ける。サンダーウルフの顔に穴が開くが、核はここではなかった。
「やべぇ、囲まれた!」
「流希! こっちに来い!」
周りの木々が揺れ、灰色の体が見え隠れしている。堂々と姿を現したサンダーウルフは16匹。
「4匹ずつじゃないのかよ!」
俺は悪態をつきつつ、ゼインの側に駆け寄る。肩口の傷は熱を持った痛みで、思わず顔を顰める。利き腕ではないが、初めて受けた傷に集中力が乱された。
「うわっ、流希。怪我してるじゃん!」
「これくらい問題っ、馬鹿! 前を見ろ!」
陽が痛そうと顔を歪めたその先に、飛び掛かってきたサンダーウルフ4体が見えた。一発ずつ銃弾を食らわせるが、勢いが止まらない。ゼインに視線を向ければ、こちらはすでに3匹を食い止めていた。
まずい!
別の方向からも2匹が向かっている。
陽が一匹を薙ぎ払い、突っ込んできた一匹に手のひらから出した氷柱を突き刺した。そこに横から頭突きを食らい、吹き飛ぶ。
「陽!」
二人の声が重なり、助けにいこうと足を向けるがサンダーウルフたちに阻まれる。ひっきりなしに攻撃が繰り出され、防戦一方だ。俺は痛みをこらえながら左手で剣を抜き、接近された時の盾代わりにしていた。
「いってぇぇ!」
陽はすぐに立ち上がり、一匹切り伏せた。合流しようにも、陽も囲まれている。
――数が多すぎる
俺は首元のペンダントに目を落とした。
もし死んでも……だめだ、こんなところで使えない!
「流希、絶対俺の側を離れるなよ」
首を刎ね飛ばしたゼインが滑るように俺の側に下がり、低い声を落とした。焦燥がせりあがる。手あたり次第撃ち込んでも、核に当たるのは10回に1回あるかどうか。
「来るぞ」
取り囲んでいたサンダーウルフたちが身を低くし、狙いを定めていた。目視できただけで6匹。俺は銃を捨て、氷の盾を作ろうと両手を前に突き出した。空気が凍っていく。極限まで集中力が高められ、痛みも消えていた。聞こえるのは自分の呼吸音と、獣たちが地面を踏み切った音。
衝撃に耐えようと一歩足を引けば、背中がゼインに当たった。ゼインも盾を構えている。この氷が破られれば、ここで終わりだ。半円状に氷の結晶が広がっていく。氷の向こうに、高く飛び上がったサンダーウルフが見えた。
覚悟を決める。
「――なにこれ、魂への冒涜じゃない」
どこからか、声が聞こえて……。次の瞬間、金の矢がサンダーウルフたちに突き刺さった。




