20.占いと
ひどい魂ですね。
「え?」
人の顔を見るなりの暴言に、素で訊き返した。二人も困惑して、俺と占い師の間で視線を行き来させている。
「……何をしたら、ここまで擦り切れるんですか。これは一度生まれ変わったほうが……」
「お前、占うんじゃなかったのか。帰るぞ」
「ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって……で、えっと、人探しでしたよね」
占い師は軽く頭を下げた。フードの間から水色の髪が覗く。
「あぁ、名前はソーマ。黒髪の男で、10年前に各地を周っていた」
「ソーマ、ということは、その人も流希君たちと同じ世界の人ですね」
名前の響きでそう判断したのだろう。俺が頷けば、占い師は両手を眼鏡のつるに添えると、目を細めた。ピントを合わそうとしているように見える。
「ちょっと、占い師さん。水晶使わないの?」
自分と占い方が違うからか、陽が口を挟む。占い師はわずかに陽に視線を向け、小ばかにした笑みを浮かべた。
「あれは雰囲気です。魂を視るのはこれがあれば十分ですので」
見せつけるように、つるに添えた両手で眼鏡をくいと上げた。陽は「え~」と不満顔で、占い師の視線がこちらに戻ってくる。また目を細めて、何かを見つけるように目を凝らす。
「……あ、ありました。正確に言えば11年前の木第一の月、4日にこちらの世界に来た人がいますが、それがソーマですか?」
具体的すぎて占いの結果なのか、全く分からない。そして俺も正確な日付は知らないので、ゼインに「そうなのか?」と聞いてみた。ゼインは顎に手をあて、軽く首をひねる。
「あ~、たしかに11年前の木の月だったが、正確な日なんて覚えてねぇよ」
だよなぁと占い師に顔を戻す。占い師はまだ目を細めて俺を見つめたまま、首を傾げていた。
「う~ん、微かに魂の影響を受けた跡がある?……けど、消えた?」
口の中で何やらぶつぶつと呟いている。沈黙が続き、陽の集中力が切れてそわそわしだした。
この占い師、ただのインチキってわけではなさそうだな。少なくとも、人に視えないものが視えているのは本当か。これで、今あいつがどこにいるのかも分かれば……。
「興味深い」
占い師の熟考が終わり、その声で俺の意識が引き戻される。
「流希君、魂と自分を大事にしてくださいね。正直、その魂の状態で生きているのは奇跡です。研究対象として面白いサンプルではあるけど、心が痛みますので」
「は?」
急に医者のようなことを言ってきた。しかもサンプル呼ばわりまでしてくる。これ以上適当なことを言われてはかなわないので、さっさと本題に入る。
「俺のことはどうでもいい。それで、その男は今、どこにいるか分かるか」
「個人的にはもう少し観察したいんですけどね……。えっと、ソーマの行方ですか。う~ん。それは、さすがに分かりません……。私は魂が視えて、観測ができるだけなので」
「この世界にまだいるのか」
「それも……この10年で何度か魂は減っているので、断言はできませんが……1だけ減った観測記録はなかったので、元の世界に戻ってはいないと思います」
つまり、視えないものは分からないということか。正直魂が減る話は気になったが、今は情報集めが優先だ。
「そうか、参考になった」
俺は話を切り上げ立ち上がり、陽も続く。
ゼインがお金を何枚かテーブルに置けば、その手を占い師が重ねるように握った。
「お代はいりません。貴重な魂を視させてもらったので……最後に、貴方の魂にも苦労の跡が視えます。十分労わってくださいね。そして、ここからは占いですが、その顔。過去の清算がまだ終わっていませんね。今後、災いとなって降りかかるでしょう。あと、ずいぶん女性と遊んだんじゃないですか? 刺されないように気を付けてくださいね」
ニコリと、悪意さえ感じる笑みを作り、占い師はゼインの手を押し戻した。ゼインへの占いは、当たっている気がする。ゼインは顔を引きつらせていた。
歩き始め、もう一度占い師に視線を向ければ嘘くさい笑みで手を振っている。一気に疲れを感じた。冒険者ギルドに行くはずが、思わぬ道草を食ってしまった。
「3人とも魂は大事にしてくださいね。魂に全て刻まれますから」
背中に意味深な声がかかる。誰も振り向かなかった。
本来の目的である冒険者ギルドで勇者の情報を集める。ギルドは町の大きさに比例するようで、今までで一番小さくクエストも少ない。掲示板に張られているクエストは、魔獣討伐と採集ばかりだ。
「しょぼいな~」
「この規模の町じゃ、こんなもんだろ」
ゼインが受付の人と手続きをしている間、俺たちはクエストを眺めていた。
――ひどい、魂か
クエストの字面を目で追っていても、占いの言葉が頭をよぎる。思い当たる節はあった。だが、魂を大事にと言われてもよくわからない。
魂といえば、この世界の魂の総数は増減するんだな……
増えるというのは、俺たちのように召喚されたからだと分かる。だが減るとはどういうことか。地球は生物が肉体の死を迎えれば、魂は別の生物に生まれ変わる。
別の世界に飛んでいった? それとも……
「え、Aランク冒険者が3人も!? ちょ、ちょっとお待ちください!」
突然素っ頓狂な声が響き、思考が中断された。俺たちが受付を振り返れば、ゼインがめんどくさそうな顔を向けてきた。
「これ、冒険者様お助けくださいってパターンじゃない?」
「小さな町だとこうなのか……」
すぐに俺たちは奥にある支部長の部屋に通された。執務室兼応接室のようだ。そこには初老で恰幅の良い男性が、狩人の笑みを浮かべていた。彼の服も鮮やかな色味で、頭にオレンジ色の羽が刺さっていた。
ソファーに座るように促され、俺たちは支部長の対面に、ゼインを真ん中にして座る。俺は左側、陽は右だ。
「いや~、まさかこんな田舎町でAランク冒険者にお目にかかれるとは思いませんで!」
声が大きい。ぐいぐいと押し込んできそうだ。俺と陽は年長者であるゼインに交渉を任せる。うまく面倒ごとを押し付けられるのを回避してくれ。
「いえ、俺たちは情報を集めに」
「Aランクの皆様ともなれば、掲示板のクエストなど面白くないでしょう。実はとっておきがありまして」
だめだ、話の主導権を握られた。俺も割り込む。
「すみません、俺たち先を急ぐものでして」
路銀に余裕はある。最悪情報を集められなくても問題はない。とっておきのクエストなんて、嫌な予感しかない。
「そうなんですよ~。それに俺たち冒険者になりたてで、力不足だと思います」
陽も援護に回った。だが、支部長は目を丸くすると、さらに笑顔を光らせた。
「冒険者になってすぐにAランクとは! これは近いうちにSランクですな! その功績に絶好のクエストがありまして」
しぶとい。俺たちが次の言葉を斬りこむために一息入れたその瞬間を突かれた。
「こちらなんです」
すっと、どこからともなく差し出された依頼書。赤字で「重要機密」の判が押され、タイトルの文字に息が止まる。
「死なない魔物、という奇妙な魔物が出没しましてね――」
支部長の声が遠くなり、墓から蘇ったゾンビたちの光景がフラッシュバックする。臭いまで鮮明に思い出し、思わず口元を抑えた。
あ、まずい。ゼイン!
急いで右に顔を向ければ、ゼインの顔は真っ青だった。その背中に陽が手を添えている。
「おや、いかがされました?」
クエストの説明に入っていた支部長だが、異変に気付いたらしい。「水を」と腰を浮かせた支部長を、ゼインは手で制止した。
「いえ、大丈夫です……どうか、続けてください」
ゼインは脂汗を額に浮かべ、依頼書の文字を目で追っていた。その目は血走っている。
「そ、それなら……えっと、1週間前にここから3キロほど離れた山中で、死なない魔物が出たと言うんです。なんでも脳と心臓を矢で射抜かれても動いたと」
ゼインは額に滲んだ汗を手の甲でぬぐうと、顔を上げた。
「それは……ただ、突っ立っている魔物でしたか」
「いや、普通の魔物と違いはなく、群れで動いていたそうです。サンダーウルフ、C級でも倒せる魔物で」
サンダーウルフはオオカミを一回り大きくした魔物で、名前の通り雷魔法を使う。もともと群れで動く習性があった。俺と陽は何も言わず、ゼインに判断を委ねた。ゼインは静かに息を吐くと、俺たちを交互に見てきたので頷き返す。言葉はいらない。
ゼインは顔を正面に戻すと、依頼書の上に右手を置いた。
「お受けします」
過去の清算。ついさっき、あの占い師に言われた言葉が反射的に浮かんだ。死なない魔物は前勇者へとつながる手がかりでもある。何かの歯車が回り始める予感がした。




