17.サバサンドと夜の空気
石碑に魔力の半分を持っていかれ、俺たちは半日眠っていた。目覚めても倦怠感が残り、魔力が完全回復した実感はない。すぐに次の町へ向かいたかったが、路銀や物資の調達があるとのことで3日はユグラに足止めだという。
俺たちが寝ている間にカイとゼインは前勇者の記憶について情報を集め、まとめてくれたらしい。カイが買って来たサンドイッチを片手に話を聞く。
「私の見立てでは、石碑に残っていた前勇者の魔力の残滓が記憶を見せたんだと思う。魔力は魂に由来するから、おかしくはないわ」
カイは素揚げされた魚が挟まれたサンドイッチを細い指でちぎって口に運んだ。魚の頭がこっちを向いている。
「俺も町の連中に話を聞いたが、時々不思議な光景を見ることはあるらしい。だが、ほとんど一瞬の絵画のようで、動いたり声を聞いたりってのは無いってよ」
ゼインも大きな口で魚の頭から被りついていた。俺は手の内にある魚サンドに目を落とした。魚と目が合う。
「このサバサンドうまっ。……ってことは、やっぱ俺たちが勇者で特別だからですよね!」
陽はもう二個目だ。匂いをかいでもそれほど生臭くなく、爽やかなハーブとレモンの香りだ。腹側から一口かじりつけば、魚の中にハーブが練りこまれたチーズが入っていた。――悪くない。
「そうねぇ……少なくとも勇者であることは関係してるかもしれないけど、今までの勇者が同じような経験をしたかはわからなかったの」
カイは一度城に戻って、石碑に魔力を流した時の作用を調べてきたらしい。勇者は魔力をほとんど奪われることしか記録にはなかった。
「前勇者の時の記録は残ってないのか」
頭としっぽを外せば食べやすくなったが、少し油っこくなってきた。カイの表情が曇る。
「それが……定期的な報告は進捗だけで、詳細な記録は残っていないね。だから今回は私が町ごとに様子を見に来ることになったわけ」
「……全員死んだからか」
10年前なのだから記録ぐらいと思っていたが、残せなかったのが実情のようだ。
「かわいそう」
3つ目を頭から被りついた陽がぽつりと零した。記憶で顔を見たから、感情移入しているらしい。
「かわいそうと思うなら、さっさとソーマを追うぞ」
言外に殺意を込めたからか、ゼインが顔を向けてきた。その視線が、そのまま隣のカイに滑る。
「そのためにもカイさん。お国からもう少しお恵みをいただけませんかねえ」
芝居がかった口調で、食べ終わった手のひらを上に向け指先をくいくいと動かした。陽も便乗して「おこづかいください!」とサバサンドと反対の手の平をカイに伸ばす。カイに軽く叩かれても、陽はでへでへと嬉しそうにしていた。
「ないものはないの。お昼おごってあげたんだから、それで満足して。3人なら軽く数件クエスト受ければ十分稼げるでしょ」
二人は不満そうだが、話が何系のクエストを受けるかに流れていく。俺は最後の一口を押し込み、レモン炭酸水で油っこさを流し込んだ。酸味と舌がピリピリする清涼感に一息つく。
「すっぱ~! けどサバサンドに合う! 微炭酸がたまんねぇ」
陽は顔を中心に寄せつつも一気に飲み干した。顔も声も存在も、終始騒がしい。
「あ、流希。レモンの飲まねぇならちょーだい」
まだ飲み足りなかったのか、半分残っている俺のコップをひょいと持ち上げた。
「ちょっとハル君、行儀が!」
俺の返事も、カイの制止も聞かず、陽は一口飲んでむせた。
「うぇっ、ちょ、え? すっぱ! いってぇ!?」
勝手に飲んで騒ぎ立てる陽に俺は半眼になる。つきあってられない。コップを取り返し、無言のまま飲み干した。
「流希……お前」
取られたと思ったのか、陽は傷ついた顔をしている。意味が分からない。
「ごちそうさまでした」
俺は立ち上がってさっさと片づけを始める。後ろでカイの「ハル君、このあと少し外に出ましょうか。礼節について叩き込みます」という穏やかな声がした。たぶん、顔は笑っていない。
それぞれ片づけが終わると、カイは陽を連れて「教育的指導をしてきます」と部屋から出ていった。カイ相手だと上機嫌の陽が、うなだれてついていく。みっちり絞られて、人との距離感を学んでほしい。
そして残された俺たちは、物資の在庫を確認し、買い物リストを作って午後の時間を過ごした。それでも時間が余るので、ゼインと一緒に武器の手入れをする。
日が傾き始め合流して近くの食堂で夕食を食べた後、カイは王都に帰り、陽とゼインはお目付け役がいなくなったと大手を振って酒を飲みにいった。
「明日クエストを受けるんだから、飲み過ぎるなよ」
小言を言うのはカイの役目だが、これ以上俺の予定を乱されたくないので忠告はする。陽は一杯だけと宣言していたが、信じる気はない。「お酒と可愛い女の子~」と浮かれて夜の町に消えていく二人をため息で見送ると、一人宿へと足を向けたのだった。
寝ようとしても、ソーマの記憶が頭をちらついて寝付けなかった。何度か寝がえりをうち、大きく息を吐くが目は冴えている。
今寝ても、どうせあいつらが帰ったら起こされるか……
一旦諦めてベッドに身を起こす。ランタンに魔法で明かりをつけ、枕元に置いていた本に手を伸ばした。枕を立てて背もたれにし、読書をする態勢を作る。寝られないなら、時間は有効に使ったほうがいい。
読んでいるのは夕食前に買ったグルメ本だ。タコ焼きのように、ソーマの形跡が料理に残ってないか調べることにした。他にもここ10年の出来事が記された書物もいくつか買っている。一つ一つ料理名から作り方を確認していくが、今のところ日本を感じさせる料理はない。ページをめくっていく。
三分の一を読み進めても、睡魔はこなかった。それらしき料理もない。それどころか、レシピばかり見ていたせいか、少し小腹がすいてきた。気分を変えようと、地域の伝承がまとめられた本を手に取る。目次に目を通して、関係がありそうなところを探していると、静かにドアが開いた。集中していたこともあって肩が跳ねる。
体を滑り込ませるように入ってきたゼインは、陽を背負っていた。怪訝な顔をしていたら、ゼインと目があった。
「なんだ、まだ起きてたのか」
「あぁ……眠くなくて」
ゼインは「そうか」と返し、陽を隣のベッドに優しく寝かせた。二人からは前回ほど酒の匂いはしないので、そこまで飲んではいないようだ。ゼインは自分のベッド脇に置いてあったリュックを開けると、酒瓶を取り出した。俺の視線に気づくと、酒瓶を見せびらかすように揺らし、口角を上げる。
「飲みなおしだ。さっきの店では互いに果実酒を1杯飲んだだけだからな」
ゼインはグラスも取り出して、俺のベッドから直線上にある木のテーブルに陣取った。グラスに魔法で氷を出して、琥珀色の酒を注ぐ。見るからに強そうだ。
「ルキもいるか?」
「いらない」
つきあっていられないと視線を本に戻す。氷がグラスを鳴らす音が聞こえた。静寂が心地いい。
「――ルキ、眠れないのか?」
それをゼインの探るような声が壊した。顔を上げずに返す。
「……別に。今日は眼が冴えているだけ」
「そうか……。ま、俺は眠れないからこうやって酒を飲むんだけどな」
おどけた口調だが、問題としては深刻だ。精神を病んで酒に溺れていたのが、旅に出たからといって一気に治ることはない。夜のキャンプでも何度か眠るために酒に頼っていることはあった。俺が顔を向けるのと、次の言葉が投げかけられたのが同時だ。
「それで、何かいい情報はあったか?」
「……いや、ないな。前勇者の仲間、一人くらい生きてりゃよかったのに」
貴重な情報源になっただろう。あの記憶を見たこともあり、つくづく惜しい。少しでも何か見つけようと、本を読もうとしたが、ゼインの視線が刺さって動けなかった。酒が入ったグラスを片手に揺らしながら、何かを確認するような目を向けている。嫌な目だ。逃れようとするが遅かった。
「お前、何があったんだ?」
突如問いかけられ、心臓に剣を突き付けられた心地になった。血の海に立つあの男が脳裏に浮かぶ。心の底が冷えていく。
「俺はお前たちの世界を知らないが、陽を見てると普通の子供だなって思う。けどお前はっ……」
ゼインはそこで言葉を切った。顔が痛ましそうにわずかに歪む。何を考えたのか、何を見たのか。俺はまっすぐ、ゼインの視線を受けていた。鏡を見なくてもわかる。おそらく俺は、空虚な目をしているのだろう。
乾いた笑いが零れる。
「別に、心配しなくていい。少なくとも、お前よりは普通に生活できている」
「……本当か? 言いたくないなら無理にとは言わないが。……眠れないときは言え、つきあってやる」
ゼインはそこで話を止め、あとは静かに酒を飲んでいた。そのうち眠くなったのか、ベッドにもぐりこむ。すぐにいびきが聞こえてきた。
つきあうんじゃなかったのか……
少し呆れるが、眠くなってきた気がした。俺は本を置いてランタンの灯りを消すと、布団の中にもぐりこんだ。不思議と、すぐに眠りに落ちた。




