16.石碑
石碑は近くで見ると、一回り大きかった。ランタンで照らせば文字が刻まれていて、巨大樹への賛歌だった。石碑の正面に俺と陽が立つ。陽の左隣にカイが、俺たちの後ろにゼインがいた。
「二人とも、石碑に手を置いて魔力を流して」
「どれくらい流せばいい」
「……わからないわ。残っている記録によれば、魔力が溜まれば文字が淡く光るらしいの」
不確定要素が多い。勇者の魔力量は桁違いなので、枯渇することはないだろうが……。
「まっ、やってみようよ」
深く考えていない陽は、何のためらいもなく石碑に手を置いた。もう確認できることもなさそうなので、俺もその隣に手を置く。ひんやりと夜の冷たさが石を通じて伝わった。
俺たちは同時に魔力を注いでいく。石碑の効果か、お互いの手から魔力が水のように流れ込んでいる感覚がわかった。ホースで水をプールに溜めているような気分だ。
「やべぇ、面倒くさすぎる……」
数分もしないうちに、陽はだれ始めた。カイに励まされながら、魔力を注ぎ続けている。疲労感はない。だが、終わりの見えない単調な作業は、じわじわと集中力を削っていく。ぼーっとしかけたところで、陽の声で現実に引き戻される。
「あ、これ、ドバーッて流したら早く終わるんじゃね?」
何を言い出すんだと思った次の瞬間、陽から流れる魔力量が増大した。ダムから水が放流されたようなイメージだ。それならと、俺も魔力量を引き上げる。流れは一気に太くなった。二人の魔力が合わさると、濁流のような勢いだ。
「お~、いけいけ~」
「ちょっと、二人とも!? 一気に流したら石碑に負担がかかるわ!」
カイは魔法使いなので魔力を感じ取れるのだろう。焦った声が聞こえたが、陽は面白がってどんどん魔力を注いでいく。俺も早く終わらせたいので、緩めることはしない。
石碑の奥で何かがつっかえた感触がした。次の瞬間、刻まれた文字が内側から青白く発光する。視界が真っ白になった。
3,4歳くらいの女の子が、母親らしき女性の手を引っぱっている。屋台で売っている果物飴が食べたいのに買ってもらえないようだ。日本ならりんご飴だが、こちらの世界は違うらしい。
「ソーマ」
不意に、女の声が名前を呼んだ。視界が右に動き、金髪の女性が立っていた。服装から魔法使いのようだ。訝し気な顔をしていて、顔を女の子たちが消えた通りへと向ける。
「……女の子を見ていたの?」
「――うん。実は、俺にもあれくらいの娘がいてさ。つい、ね」
「娘!?」
驚きの声は後ろからも聞こえた。視界が動き、すぐ後ろに青い髪をした男がいた。金属の軽鎧を着ていて、騎士と見える。目を丸くして口を開けていた。
「ということは、ご結婚も?」
その隣に小柄な少女がいる。魔法使いではなさそうだが、前衛にも見えない。
「うん。……もう1か月帰れてない。心配させてるだろうなって考えてた」
沈んだ声。彼らの表情が一瞬強張り、痛ましさが覗いた。
「まっ、さっさと石碑に力を注ぎにいこうか。全部終わらせたら家に帰れるからさ」
一瞬の沈黙。視界が変わり、道の先に巨大樹が見える。視界の隅に金髪の女性。
「そうね。ソーマのためにも早く終わらせましょ」
突如視界が乱れる。テレビのような映像の乱れ。その合間に細切れの映像が流れていく。祈りを捧げる人。巨大樹。石碑。
視界が歪み、色彩が混ざり、徐々にピントがあっていく。目の前に、タコ焼きが並ぶ鉄板があった。手際よくタコを入れ、少し待ってひっくり返していく。手に持っているのは千枚通しではなく、太く長い針だ。
「みんな、できたよ。たこ焼き……ソースとマヨネーズとかはないけど。家でよく作ってたんだ。娘が好きでさ。食べてみてよ」
視線が上がり、木の机を挟んで向かい合って座っていた3人が近づいてくるのが見える。恐る恐るといった様子で、鉄板を囲んでのぞき込んでいる。
「これ、お菓子作る鉄板よね?」と、魔法使いの女性。
「匂いは、海鮮っぽいな」と、騎士の男。
「さっき、タコ入れてた」と、少女。
皿に器用な手つきでタコ焼きを盛っていく。
「これがお前の国の料理なのか?」
皿を受け取った男が右から左からとたこ焼きを見る。
「国というより、地域の、かな。俺は大阪出身ではないけど、妻が大阪人だったから」
「オオサカ?」
そこで、また視界が乱れた。二重になり、映像が差し変わる。巨大樹を囲んで踊る人々。焼ける家。地面がひび割れ、崩れ落ちていく。中心から光があふれ、真っ白――
「ハル君! ルキ君!」
肩を掴まれた刺激で我に返る。遅れて、意識が飛んでいたことを理解した。
なんだっ、今の!
夢というにはあまりにも鮮明で、強烈な。――記憶? 誰の? と疑問が浮かんだ瞬間、「ソーマ」の名に全身の血が沸騰する。
「……あいつだ、見つけた。前勇者。ソーマだ!」
「ちょっと、何があったの?」
「ルキ、大丈夫か?」
カイとゼインに返事をする余裕はない。少しでも情報を得ようと、脳裏に焼き付けようと最初から再生していく。
残念ながら顔は分からなかった。だが声を聞いた。声音が違うので記憶の物と重ねられないが、今後役立つかもしれない。内から沸き立つ笑いを押し殺す。
「タコ焼き……騎士、魔法使い」
忘れないように口の中で繰り返す俺に呆れたのか、カイは陽へと体を向けた。
「ハル君も、どうしちゃったのよ」
「……あ、カイさん」
陽はぼんやりしていて、うまく呑み込めていないようだった。
「たぶん、前勇者の記憶を見て……俺たちと一緒で、世界を救うために頑張ろうって。元の世界に家族がいるからって……。そんな悪い人には」
「偽善だ」
考えるより先に言葉が口をついて出た。カイとゼインがぎょっとした顔をこちらに向ける。
「……始まりがどうであろうと、あいつは大勢殺したんだ。許せるかよ」
真っ赤に染まる地面。逃げ惑う人々。家族の死に顔。その光景が復讐を果たせと俺を急き立てる。
笑わせる。何が家族だ……
「流希って正義感強いよな」
「まさか」
陽の言葉があまりに外れていて、つい笑ってしまう。大人二人からの視線が少し痛かった。
「さ、二人とも帰りましょ」
「そうだな。俺も疲れたし、さっさと寝るぞ」
ゼインに背中を押される。その手になんだか力が入っていた気がしたが、顔は見ない。一歩踏み出した体は、石碑に魔力を注いだせいかひどく重かった。




