15.苛立ち
朝起きたら陽がいなかった。夜中、帰ってきた物音に目を覚ましたが、面倒くさがらずに起きればよかった。今ベッドで寝ているのはゼインだけで、陽のベッドはきれいなままだ。
あー、最悪。放っておけば、そのうち帰ってくるか……
朝食を食べに下りようと体を反転させかけ止まる。
くそっ、何かに巻き込まれていたらもっと面倒だ
「おいゼイン。陽はどこだ」
「――んあ? ……ハルぅ?」
「さっさと起きろ」
ゼインを叩き起こして、昨日の状態を聞けば一緒に帰ってきたと思うという。陽がいないと知ると狼狽し、最後のほうは語尾が消えかけ、目が泳いでいた。飲み過ぎて記憶がないのだろう。まだ酒臭い。
「と、とにかく昨日の店に行こう」
ゼインはベッドから立ち上がり、急いで身支度を整える。少し伸びた髭はそのままだ。動くたびに顔を顰めていて、二日酔いらしい。
そして、ばつが悪そうなゼインに案内させた酒場で見たものは――
「ゼイン、こいつここに置いていこう」
「羨ましいな。幸せそうな顔しやがって」
絨毯の上で、店の女性たちと眠っている陽だった。写真が撮れないのが残念過ぎる。カイに証拠として見せてやりたかった。
俺は無言のまま陽の足を蹴る。
「うわぁっ、え、何!? ――あれ、流希……気持ちわりぃ」
飛び起きた陽は目を白黒させ、首を左右に振った。俺に気付いたと思ったら、一瞬表情が無になって口を手で押さえる。
「馬鹿、行くぞ」
「……うぅ、吐きそう。頭が割れるように痛い」
かすれた声で、のろのろと立ち上がる。ゼインが水の入った皮袋を渡し、そのままトイレへ連れていく。介抱は慣れたものだ。俺はため息をつきたいのを我慢し、二人が戻るまでカウンターに座って待つことにする。すると、店の奥から恰幅のいい女性が出てきた。
「ぼうやのお迎えが来たのかい。悪かったねぇ。店の子たちが初心だってかわいがって散々飲ましたもんだから」
どうやらここの女主人らしい。
「いえ、もう一人のほうが置いていったのが悪いので」
しかも結局飲んでいる。何が酒は20歳からだ。これは前勇者の情報はゼロだなと苦々しく思っていると、女主人が首を横に振った。
「違うのよ。二人一緒に帰ったんだけど、しばらくして非番だった大酒のみの子が連れて戻ってきて……きっと顔が好みだから、声をかけたんだわ」
大酒のみの子と女主人が顎で指したのは、陽の隣に寝ていた栗色の髪の女性だ。包容力のある女性という、陽が好きそうなタイプだった。女主人は申し訳なさそうな顔をしているが、今度はこちらが首を横に振る番だ。
「気にしないでください。ついていった馬鹿も、いなくなったのに気づかない馬鹿も悪いんで」
あの様子では午前中いっぱい使い物にならないだろう。カイと合流するまでクエストを受ける予定が狂った。俺はトイレのほうに目を向けるが、二人が戻ってくる気配はない。
「そうだ……ちょっと聞きたいんですが、ソーマ、勇者、10年前にいた黒髪の旅人か冒険者、この言葉で知っていることはありますか?」
「あぁ……昨日、あの二人も聞いてたわ。でも、そうね……人のほうはわからないけど、ユウシャ……前に、神の名前だって言うお客さんはいたわね」
「そうですか……ありがとうございます」
手掛かりにすらならず、苛立ちに前髪をかきあげる。そこに二人が戻り、俺は無言のまま店から出た。二人は気まずそうに俺の顔色を窺っているが無視する。陽は何か言いたげだが、話す気力はないようだ。
案の定二人は宿で休むと言い出したので、俺は一人で町に出た。
冒険者ギルドで簡単なクエストを受け、前勇者について聞き込みも続けたが、目新しい情報は何もない。
完全に徒労だった。
そしてお昼を過ぎ、カイが合流したところで石碑に向かうことになった。俺が宿に戻ったときには、廊下までカイの怒鳴り声が聞こえていたので、お灸を据えてくれたのだろう。冒険者ギルドにカイの返事が来ていたので、追加でメッセージを送っておいたのだ。1週間の禁酒を言い渡されて、ゼインは絶望的な顔をしていたがいい気味だ。
石碑がある巨大樹まで、俺はカイと前勇者について情報交換をしながら歩く。後ろから二人が死人のような顔でついてきていた。
「私も城に保管されている記録で前勇者のことを調べてるんだけど、不自然なくらい残ってないのよ」
「こっちも、断片的な情報はあるんだが噂の範囲を出なくて……」
話しているうちに、目的地へと近づいてきた。巨大樹は近づけば近づくほど目の前に迫ってくるようだ。観光地のようで、人通りが増えてくる。
「すっげ~、でかすぎ」
真下から見上げれば、ビルぐらいの大きさがあった。陽も二日酔いでなければ叫んで飛び跳ねていたに違いない。ゼインも「お~」と額に手を当てて見上げている。
「ユグラは、巨大樹から分かるように木の属性が強い町なのよ。ちょうどいい気温よね」
この世界に地球のような季節はない。1年で変わるものではなく、場所、そこの属性で変わるのだ。この一帯は木の属性が強く、植物が豊かで気候は穏やかだそうだ。
「石碑は……あれか」
大きさに気を取られてしまったが、石碑はすぐに見つけられた。人々が集まっている場所があり、大きな石が見えたからだ。近づいていけば、人々の間から全体が見えた。思わず声が漏れる。
「……すごいな」
石碑は巨大樹の根に抱かれるように立っていた。悠大な時の流れを感じさせる。人々は石碑に触れて何か祈っているように見えた。
「でしょう? 何度見ても素晴らしいわ」
「ねえカイさん、みんなは何やってるんですか?」
興味津々の陽はだいぶ回復してきたようだ。
「あの石碑はパワースポットになってるのよ」
「へぇ、日本と同じですね」
たしかに、大きな木や岩はご利益があると信じられている。魂に何か影響を与えているという仮説があったが、観測することはできていなかった。この世界ではどうなのかと考えていたら、ゼインが「あぁ」と声をあげる。
「たしか元気になるとか、不思議な声が聞こえるとか言われてたな」
「ちょっと怖い」
引き気味の陽は置いておいて、俺はカイに顔を向けた。
「それで、あの石碑に魔力を注げばいいんだな。今からやるのか?」
石碑には触れたい人たちが列をなしている。
「さすがに今は無理よ。魔力を注ぐのには時間もかかるわ。人がいなくなる夜を待ちましょ」
そして、食堂で夕食をとり人気がなくなった深夜。俺たちは石碑の前に立っていた。




