14.1つ目の石碑がある町、ユグラ
山を下り、麓の村で一泊。あいにく目的の町に行く馬車はなく、徒歩で進み野宿となった。そして王都を出て4日目、なだらかな丘を登っていると陽の不満が爆発した。
「勇者なのに地味すぎる! 魔王とか四天王とか出てこないのかよ!」
最初は目を輝かせて進んでいた陽だったが、ただ歩くだけの道のりに飽きてきたようだ。山を下りてからは代わり映えのしない草原が続き、立ち寄った村で勇者について聞いても目新しいことはなかった。
「魔王? 会いたいのか?」
前を行くゼインが肩越しに振り返った。
「え、魔王いるの!? 会いたい!」
「魔王、いるのかよ」
同じ反応をしてしまった。ゼインは顔を前に戻して、「けどなぁ」と話を続ける。
「たしか風の噂で死んだって聞いたような……」
「そんなぁ……魔王って、やっぱ角が生えてんの? 魔物従えてる?」
人間の脅威となる存在はカイの授業で聞いたことはなかったが……
「なんだそれ。魔王は魔法を極めた一族に与えられた称号だぞ」
「え~、何それつまんね」
そんな雑談をしながら丘を登っていくと、前を行くゼインが足を止めた。
「ほら、ついたぞ。巨大樹そびえる港町、ユグラだ」
丘を登り切り視界が開けたとたん、息をのんだ。キラキラと陽光を返す青が、一面に広がっていた。
「うわ~! 海だぁぁ!」
陽が丘を駆け下りていく。
「あれが、海……」
空との境界は線を引いたようにまっすぐだ。そこに船が何隻も浮かんでいる。町はオレンジや黄色の屋根が並んでいて、青に映えている。海から離れた丘には巨大な木が立っていた。あれが、ユグラの象徴なのだろう。
町の門までは緩やかな下り坂で、ここまで来ると行き交う馬車や冒険者の姿もある。無意識のうちに歩調が早まった。陽が立ち止まり振り向く。
「海があるってことは、魚じゃん! うわぁぁ、日本人のDNAが和食を欲している。焼き魚に白ご飯、味噌汁! そして寿司! 寿司を食わせろ!」
一気にテンションが上がったようで、声がひときわ大きい。だが俺は、寿司を思い浮かべるも、首を傾げてしまう。
「――寿司? そんなにおいしいか?」
「何言ってんの!? 俺たちのソウルフードだろ!」
陽は口をあんぐり開けて、信じられないものを見る目を向けてきた。馬鹿にされた気がする。
「あんま魚が好きじゃないんだよな……」
あの生臭い感じが苦手で、いつも肉ばかり食べていた。陽の目が憐れみに変わる。
「流希……うまい寿司を知らずに育ったんだな。俺がおいしい魚料理を食べさせてやるから!」
「余計なお世話だ」
そこからは、寿司という言葉に興味をひかれたゼインが陽に色々聞いていた。そして門に着いた俺たちはギルドカードを見せ、町へと入ったのだった。
潮風が運んでいた微かな海の匂いは、町に入ると濃くなった。露店に並ぶ新鮮な魚、道を行きかう日に焼けた漁師たち、食堂の看板にも魚の絵が描かれている。陽はさっそくタコ足の串焼きを買って、食べながら歩いていた。海鮮に目移りしていて、次はあれが食べたいと目星をつけている。
「ほら、流希も一口いる? なかなかうまい」
「……いらない」
タコはレストランのメニューにあったタコ焼きで何回か食べたくらいだった。足一本なんて高いし、こうして見るとは生々しくて食べたいとも思わない。
「うまいのに」
「おーい、二人ともさっさとギルド行くぞ」
そこに先を行くゼインが声をかけてきた。この大通りを右に曲がるらしい。浮かれ気分の陽と一緒にされたくなくて、距離を取って速足になる。
そうして着いた冒険者ギルドは要塞都市で見たものとほぼ同じだった。冒険者が何組かカウンターで職員と話したり、クエストが張られた掲示板を見たりしている。ゼインが受付の列に並んでいる間に、俺は掲示板を眺める。何か、前勇者に関係する情報でもあればと文字を拾っていく。一つのやや色あせた張り紙が目に留まった。
――尋ね人。そういや、前もあったな。
水色の髪に眼鏡の女の子とある。異世界っぽい見た目だから、記憶に残っていた。
他にも何件か尋ね人の依頼がある。
「この魔物退治よくね? Aランクだし、報酬高いし何より肉食べ放題」
ひょいと近づいてきた陽が隣に立って、一枚の紙を指さした。
「まぁ……石碑が終わって時間があったらな」
一応王様から路銀は渡されたが、ゼインに言わせれば必要最低限だそうだ。余裕のある旅にするためにも、途中の町でクエストをこなすのは悪くない。あの男に復讐するためにも、力はつけておきたかった。
「ルキ、ハル、色々教えてくれるって」
冒険者ギルドには町の情報が集まってくる。石碑の場所はすぐにわかり、あの巨大樹の下にあるらしい。カイへの連絡もここからできるようで、ゼインが頼んでいた。陽がメッセージに「会いたいです~」と付け加える。大昔の電報のようなものらしい。そして肝心の前勇者の話となったのだが……。
「分かったのは、いたってこととだけだな」
ギルドから出て、ゼインのその一言が全てだった。10年前に訪れただろう黒髪の旅人など誰も覚えておらず、ソーマの名も聞き覚えがなかった。お手上げかと帰ろうとしたとき、ゼインが冒険者情報を調べることを思いつき、結果ソーマの名で10年前に登録があったことがわかったのだ。
忘れないようにと聞いた内容を反芻する。
「Aランクでクエストを受けたのは数えられるほど。この10年活動実績はなし……か」
「こうなりゃ聞き込みだな! おっさん、晩飯は人が集まる食堂で決まりだ!」
「そのあと、最新の情報が集まる酒場も行くぞ!」
右にいる二人が顔を見合わせて頷いていた。勝手にすればいい。ギルドでおすすめされた宿を探して大通りを進む。
まずは食堂で話を聞いて……俺もどこか酒場に行くべきか
ゼインたちが行くような店は嫌だが、情報は集めたい。頭の中で今後どう情報収集をするか考えながら、露店に目を向けていたら、一つの店に目が釘付けになった。思わず「えっ」と小さく声が漏れる。
「たこ焼き!?」
俺が口を開くより先に陽が叫んで駆け出した。
「こらハル! 勝手に行くな!」
慌ててゼインが後を追い、俺もそれに続く。露店の看板に出ていた“たこ焼き”の文字、鉄板に並ぶ丸いもの。近づけば生地が焼ける音と粉ものと出汁の香りが押し寄せてきた。
「おっちゃん! たこ焼き一つ!」
「あいよ!」
日に焼けた体格のいい男性が、ひょいひょいとたこ焼きを返していく。日本人ではない。日本の、あの男の影を感じる。鼓動が早まり、声が上ずった。
「あ、あのっ、この料理、この国のものじゃないですよね」
「よく知ってんな」
「どこで! いや、誰に教わったんですか!? 名前は言っていませんか!?」
俺があまりの剣幕で畳みかけるように尋ねたからか、店主は面食らっていた。
「えぇっと、そうだな。だいぶ前にここに来た旅人からだよ。名前……は知らないや」
「外見は、黒髪でしたか? 俺たちに似た顔の」
店主は俺たちの顔を見比べ、「ん~」と首をひねる。
「言われてみれば、髪は黒かったような……すまん、よく覚えてない」
詳しく聞けば、店主は昔同じ鉄板で子供用のお菓子を作っていたらしい。ある時、旅人の男に鉄板を貸してほしいと言われ、店を閉めてから貸せばタコ焼きを作って仲間にふるまったのだという。貸してくれたお礼にともらったタコ焼きがあまりにおいしく、レシピを聞いて売るようになったそうだ。
また、外れか……
静かに落胆の息を吐く俺の隣で、陽はタコ焼きを口に放り込みハフハフと熱を逃がしていた。
「たこ焼きうま~。学校帰りによく寄ったなぁ……あ、流希も食う?」
「いらない。タコは好きじゃない」
その後、食堂でもろくな情報がなく、俺は苛立ちを抱えたまま宿の部屋に入った。陽とゼインは部屋の手続きをした後、情報収集をしてくると夜の町に繰り出している。あの二人が集めてくる情報に、大した期待はしていなかった。
3つのベッドが置かれただけの部屋だ。静かで、俺はゆっくり息を吐く。旅に出てから初めて一人になれた。俺は靴を脱いでベッドに上がり、胡坐をかく。右手を軽く上げて銃を出し、その状態を見た。必要もないのに、時間があれば銃の手入れをするのが習慣になっていた。とはいっても、外れる部品もほとんどないので、表面を布で拭くぐらいだ。
ソーマ……。何がしたかった……今、どこにいる
あれこれと考えを巡らせながら拭いていく。銃に触れていると、安心できた。磨き終え、銃を持つ手を上げかけて止める。そのまま手を開くと、銃は光の粒子となって消えた。
必ず、見つける。どこにいても、どんなやつでも……




