13.3人旅
「で、何で歩きなの?」
王都の門から乗り合いの馬車に半日揺られた後、俺たちは轍の跡だけが残る道を歩いていた。右を見ても左を見ても草原だ。振り向けば馬車を降りた村の屋根が小さく見えている。
「最初の石碑がある町に行くのはあの山超えるのが一番早いんだ。馬車で行くなら遠回りになる」
リュックを背負ったゼインは、目の前の山を指さした。岩山で、なかなかの高さがある。富士山とまではいかないが、観光気分で登れる山ではなさそうだ。
「うえ~、マジで? ほんとに近いのかよ」
「馬車なら2週間、歩きなら3日だ」
だいぶ違った。陽はそれ以上口答えはしなかったが、「地味だな~」と文句は言っていた。ゼインは時折地図を見て、進み具合と次の集落までの距離を測る。夜に野宿となるか、村に入れるかでは雲泥の差だそうだ。
半日歩き、日暮れ前に目的の村に着いた時には、俺たちはゼインが護衛かつ案内役である理由を実感したのだ。
「ゼインすごいな」
村の入り口近くに転がっていた丸太に腰かけ、陽はゼインに視線を向けていた。俺も柵に背を預けてそちらを見ている。ゼインは村の長老に泊まれる場所があるかを聞いていた。
「お~い、山越えをする人のための小屋があるって。今日はそこに泊まれるぞ」
「おっけ~、ありがと」
陽はよいしょと掛け声とともに立ち上がる。俺も陽のあとを追って歩き出した。足が少しだるい。
小屋に荷物を置き、各自休息をとる。小屋の外で村を眺めていると、走り回っていた子供たちが手を振ってきた。警戒心が薄い。山の麓にあるため、人の出入りが多いのだろう。
あいつも……ここを通ったんだろうか
石碑を周る順番は同じだ。そうなれば、ここに来た可能性は高い。
俺は夕食までの間、外に出ていた女の人や老夫婦に10年前の黒髪の旅人や勇者、ソーマという名に聞き覚えがないか聞いてみたが、首を横に振られた。
国民は勇者を知らないって言ってたけど、ここまでとはなぁ
“勇者”という言葉すら知らない人が多い。要塞都市で情報が得られなかったときは、情報統制かと思ったが、単純に知られていなかったからだろう。
そう簡単にいくわけもないか……
俺は情報収集を切り上げ、小屋に戻る。明日からの山越えに備えて早く眠った。
そして翌日。晴天のもと行われた山越えは、山登りという言葉では生ぬるかった。
「あっ、これ、落ちたら死ぬわ」
あのうるさい陽が、断崖絶壁の細道を前に真顔になっていた。辛うじて人が一人通れる道で、命綱もない。ちらりと左下に視線を落とせば、眼下にうっすら見える木々に内臓がふわりと浮いた気がした。
「念のため剣を右手に持って進めよ。落ちた時、上手くいけば崖か木に刺せる」
「おっさんが助けてよ」
「俺も落ちるだろうが。自分で頑張れ」
俺はそんな会話を聞きながら、鞘から剣を抜き静かに息を吐いた。ゼインと陽に続き、剣を握った手を崖に添わせながら前だけを見て進む。そんな命の危険を感じる場所を2つ通り、時折襲ってくる鳥型の魔物は陽の魔法と俺の銃で撃墜した。
「ね~、頂上、まだぁ?」
陽も俺も急こう配で息が上がっている。さすがに足にきている。立ち止まったら終わりだ。
「あと少しだ。頑張れ」
「これで、絶景じゃなきゃ、許さない」
陽はどれだけ疲れていても、軽口を叩くのをやめない。俺は息を吐いて先を見上げる。あと少しのようだ。
「ほら、少し休憩だ」
先を進むゼインが立ち止まった。頂上なのだろう。
「よっしゃ~」
「やっとか」
俺と陽が同時に登り切ると、開けた岩場があった。達成感と癒しを求めて視線を飛ばしたが、目に飛び込んできた景色に絶句する。
「何、あれ……」
平坦な大地が続き、ところどころに村や町がある。その遥か先、大地が途切れ大穴が空いていた。
「あれが……崩落」
「あぁ。10年前、前勇者が起こした大災害だ……。5年以内に魔力を補充しなければ、国土全てがああなる」
知ってはいた。だが、実際に目にすると、心臓が凍り付いた。それが復讐心の熱で溶かされていく。
「殺そう、絶対に……生かしておけない」
「ん~、こいつはやばいよな。勇者として見過ごせない」
俺はその光景を目に焼き付けて踵を返す。憎悪の火が、足を前に進めていた。
そして、その夜は山の頂上を少し下りたところで野宿となった。
「キャンプだキャンプ~」
俺たちには初めての野宿で、ゼインの指示のもとテントを張る。
陽は一人テンションが高く、頂上では怒っていたのに、感情がコロコロと変わる。楽しそうに小枝を拾っていた。魔法があるわりには、地球とあまり変わらない。不思議に思ってゼインに尋ねれば、土魔法でも作れるが、風の流れや気配が遮断されて逆に危険だと言う。
「流希は屋根がないと眠れないの~?」
会話を聞いていた陽が、枝を組みながら煽ってきた。キャンプ知識ゼロがよくわかるただの枝の山だ。俺は無言で火をつけてやる。
「うわぁ!」
炎が勢いよく上がり、陽の前髪を焦がした。
「俺の前髪が!」
「ルキ、危ないから火はやめろ!」
無事に火がついたところで、夕食を作る。ここで陽の特殊能力絶対味覚が活躍した。陽は包丁をろくに握れないが、味付けだけは完璧だった。王都で様々なスパイスや調味料を買い込んでいたのは知っていたが、ゼインも驚くおいしさの料理に仕上がったのだ。
火を囲んでいただく。
「絶対味覚、便利だな」
「だろ! 味付けは任せろ!」
「いや、本当にすごいぞ。これ、あの店の串焼きだ」
ゼインに言わせると、よく飲んでいた店の串焼きを見事に再現しているらしい。俺たちがゼインを見たあの店だ。俺も食べていたが、同じかどうかまでは分からない。
肉に豪快にかぶりついたゼインは、物足りなさそうな顔で視線をさまよわせる。
「……酒飲みてぇ」
昨日村では飲んでいた。さすがに会った頃ほど酔いはしないが、もともと酒好きのようだ。リュックに入れているのは知っているが、さすがにここでは我慢するらしい。
「おっさんくせ~」
「ガキに酒の味はまだ早い……っても、お前ら18だから酒飲めるか」
「俺は飲まない」
「そーそー。俺らの国、お酒は二十歳からなの」
見た目のわりに真面目なところがある。陽はスープの残った具をかきこみ、満足げに木の器を地面に置いた。「ごちそうさま」と手を合わせている。
そんな陽に、ゼインはにんまりとわざとらしい笑みを向けた。
「それは残念だなぁ。せっかく次の町で、かわいい女の子がいるお店に連れて行ってやろうと思ったのに」
実にもったいぶった言い方だ。
「かわいい女の子のお店!?」
まんまとバカが釣られた。俺は付き合っていられないと、手を合わせて食事を終え食器を片付ける。水魔法で簡単に洗えて、魔法は本当に便利だ。
「女の子たちとおしゃべりしながら飲む酒はいいぞ~。何倍もうまくなるんだ。話も弾む」
「え、えっ。あんまり女の子と話す経験なくてもいける?」
なんというか、このノリは高校の修学旅行を思い出させる。食器を洗い終えて首を回すと、肩が凝っていることに気づいた。知らないうちに力が入っていたらしい。二人の話は、次の町でどんな場所に遊びに行くかになっていた。
行くなら勝手に行け……
全員が食べ終わり、食器を片付けて休息を取ると本格的に夜営の準備に入る。ゼインが取り出したのは、中心に緑の石が嵌った金属製の箱で簡易結界らしい。それを地面に置いて魔力を込めると、緑の石が淡く光った。
「原理はよく知らないけど、半径20メートル以内に魔物が近づいたら警報が鳴る」
センサーということらしい。ただし、人間には反応しないそうで、夜盗は防げないという。
「微妙だな」
「旅に万全はねぇよ」
ゼインに一刀両断にされ、俺たちはテントの中に屈んで入った。テントは3人が並んで寝られるぐらいの広さしかない。奥が俺、真ん中が陽、入り口の近くがゼインだ。寝具は寝袋に似ているが、材質は布だった。敷布団と掛け布団が部分的に結ばれていて、出やすさが重視されている。
「テントで寝るなんて、小学生ぶりかも! 眠れるかな~。わくわくしてきた」
陽はアウトドア気分全開で寝具に潜り込んだ。「修学旅行で恋バナして~」と話が止まらなかったが、ランタンが消えたら速攻で寝た。ゼインもすぐに寝入ったようだ。
目を閉じると、獣の声に木々が揺れ、テントの布がはためく音。そこに、人の身じろぎ、たまに混じるいびき。うつらうつらし始めても、気配を感じる度に目を開けてしまう。
俺は二人に背を向け、体を丸めた。眠りはなかなか来なかった。




