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九月

 おや、珍しい。本日はあの床屋が、王様に捧げ物を持参したようです。


 謁見の間にて床屋がうやうやしくひざまずき、深く頭を下げています。しかし掲げられたその両手には、何も乗せられてはおりません。


「王様、どうかこちらをお納めください」

「? しかし床屋よ、」


 けれど王様の言葉を床屋が鋭く遮りました。怖いくらい真剣な眼差しで、真っ直ぐ王様の瞳を見つめ、強い口調で訴えます。


「こちらの品は『馬鹿には見えない服』にございます。つきましては、今すぐお召し変えを! さあ! さあさあ!」

「魂胆が見え見えだぞ床屋」



◆◆◆



 いつもの西のテラスの隅に、小さなテーブルがしつらえられて、白いクロスが掛けられました。長いスカートの侍女たちが、手に手にお菓子を運んできます。

 しっとりとしたスポンジにふわふわのクリームのかかったケーキ、熟れたフルーツがどっさりと乗せられたタルト、さくっとしてもちっとした甘い甘いマカロン。

 かぐわしい湯気を立てながら夕焼け色のお茶が注がれると、王様は自分の向かいに座る青年の顔を改めて見ました。


 そこには、辛うじて打ち首を逃れた床屋が座っておりました。いつものように、真意の見えない笑みをたたえ、春の空の色をした瞳で王様を見つめています。


「お茶の席にお誘いいただき、至極光栄にございます、王様」

「なに、お前も手ぶらで来て手ぶらで帰るのも忍びないだろうからな」


 そう言って王様は、視線だけで大臣を呼びました。老紳士は王様の傍らに立つと、小さなクッションを差し出しました。王様は頭から王冠を外すと、それをその上に置きました。沢山の宝石がついた煌びやかな冠は、厚いクッションにずっしりと沈み込みました。


 王様はせいせいしたといった顔で、長い耳をぴぴん!と弾くと、小さな息をつきました。あまりに小さな息だったので、それは床屋しか気付きませんでした。


「……重そうな冠ですね」


『一国を担うとは、ご苦労も多い事でしょう』


 そんな、床屋の心の声が聞こえた気がして、王様はふっと微笑むと、紅茶を一口含みました。


「何、大したことはない。物ごころついた時からずっとだからな」

「指先で頭をマッサージいたしましょうか? 血の巡りがよくなり、頭がすっきりするとご好評いただいておりますが」


 銀のフォークでフルーツを突きながら、床屋がひょうひょうと言いました。


(ひょっとして、僕を案じての言葉と感じたのは思い過ごしだったのだろうか。……いつの間にか、この男を買いかぶりすぎていたようだ)


 そんな風に思って王様は、やっぱり小さく、ちょっぴり寂しげに苦笑しました。


「……ああ。次回の散髪の時に、頼むとしようか」

「なんのお役にも立てませんが、……その肩にかかる力を軽くすることはできませんが、貴方の友人にならなれるかもしれません、王様」


 その言葉に、王様は弾かれたように顔を上げました。

 秋の爽やかな風が、床屋の黒髪を揺らしていました。


 床屋はにっこり微笑んで、じっと王様を待つように、その瞳を見つめていました。

 王様の答えを待つように。王様が笑うのを待つように。


 王様はふわりと耳を伏せると、ほんわり、顔をほころばせました。


「成程、お前からの贈り物は目に見えないな」

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