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十月

 西の国の王城は、とても立派なお城でした。

 白いタイルを寄せて作られたぴかぴかした壁はぐるりと丸い塔を作り、てっぺんに金ぴかの屋根を頂いています。窓は丸く硝子は色とりどりで、舐めたら果物の味がしそうです。


 宴では民族衣装に身を包んだ貴族達が、笑いさざめいておりました。

 部族長の褒章式。

 名目はそうなっておりましたが、これが西の国のお姫様と我らが王様とを引き合わせるための場であることは、火を見るより明らかです。

 王様は甘いお酒の入ったグラスを手に、一人、夜のテラスへそっと出ました。賑やかな宴の輪に入る気分ではなかったのです。


 本日の髪は、侍女に適当に整わせました。お耳は、深い帽子で隠しました。


 空を仰げば、見事な満月。こうしていると、生誕祭の夜の事を思い出します。そうして彼を思い出します。すみれ色の耳飾りをくれた、あの人のことを。


「御気分でも、悪いのでしょうか?」


 高く澄んだ声に振り向くと、そこには件のお姫様が立っておりました。王様は苦笑してかぶりを振ると、改めてお姫様に向き直りました。


「そうではないのです、少し……夜風に当たりたいと思いまして。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「お加減が悪くないのでしたら、よろしゅうございました」


 お姫様はゆるりと告げると、ふんわりと微笑みました。王様も小さく笑い返すと、けれどもやっぱり間が持たず、ちびりとお酒を飲みました。

 お姫様が、音も無くテラスに降り立ちます。王様が彼女の手を取ると、お姫様はエスコートされるまま、王様の隣に立ちました。


「良い月でございますね。それに、とても心地のよい風」


 鈴の転がるような声で、お姫様が語り掛けました。


 とても、愛らしい姫でした。

 空の月にも負けないくらい色が白く、瞳は星のように輝いています。

 ほっそりと華奢な体は、小さな王様でも軽々抱き上げられそうです。


 このまま行けば、縁談は問題なく進むでしょう。けれど――それにはひとつ、問題がありました。

 王様はふっと寂しげな笑みを浮かべると、お姫様に尋ねました。


「姫様。もし、僕が……僕の耳が、ロバの耳をしていたとしたら、貴女はどうなさいますか?」


 するとお姫様は途端にぱあっとその顔を輝かせました。


「まぁ、なんて可愛らしいことでしょう! そのようなふわふわとしたお耳、本当にあるとしたらわたくし、自慢してしまいますわ! ああでも、子供が生まれたら、ちゃんとその子にもロバのお耳が生えてくれるかしら? わたくしに似てしまったら困りますわ」


 と、そこまで言って姫ははっと我に返ると、ぽっと頬を赤らめました。


「申し訳ございません、陛下。お会いしたばかりですのに、わたくし、先走ってしまって……」


 王様はくすりと肩をすくめると、笑ってかぶりを振りました。

 なんと愉快な姫でしょう。生涯の伴侶として申し分の無い答えです、答えなのですが――。


 王様は静かに笑みを浮かべると、お姫様のほっそりとした手を取りました。


「姫様。貴女は、とても素晴らしい方です。その上、どんな姿の僕も愛してくれるという。たとえ僕が、どんな耳をしていようとも」


 お姫様は花がほころぶようにはにかみました。その瞳を見つめると王様は、ゆっくり、心を告げました。


「けれど僕は、貴女がどんな指でもいいとは言えない。僕が愛して止まない指は、華奢で、白くて、柔らかな指ではない。ごつごつとしていて、がさがさとした、……だけど優しい、そんな指なのです」


 秋の夜風が、王様の髪を揺らしました。

 切り揃えられた王様の髪を、揺らしました。

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