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「これからは」

 王宮大浴場。俺、舞依、ティアラ、そして涼子ちゃんの4人は、そこにいた。

 ティアラが、俺たち他の3人を先導しつつ、ヴァルス王国一の名湯について説明する。


「まず『ヴェラウェザの湯』は外せません! これは体の傷を回復する温泉です。この湯で体の外的状態を万全に戻してから他の湯に浸かることで、効能が何倍にも促進されるのですっ!」

「わ〜、すごーい!!」


 舞依が目を輝かせる。


「――というのも、王宮専属の魔導建築士さんからの受け売りなのですけど……」


 えへへ……と、ティアラは照れ笑いを浮かべる。

 俺たちは初めに、中央の最も大きい薄緑の温泉に浸かった。

 やや立つ気泡がシュワワ〜と弾け、体は湯に沈まると同時に一気に(ほて)る。


「わ〜〜〜っ、すごーーーい! なんか、疲れが剥がれ落ちるみたい!」

「うん……あっ、擦り傷が塞がってく…………お兄さん、見て見て……!」


 涼子ちゃんが控えめながらも、俺に細く白い腕を見せてくる。一緒に白玉のような肩も、水面から盛り上がっていた。

 涼子ちゃんの綺麗な腕には、ニコールに鞭打たれた傷がいくつかついていたが、みるみる癒えていった。すべすべな肌が、元の美しさを取り戻していく。

 舞依も、それを涼子ちゃんの背後から見つめていた――彼女が一番傷ついたのは、背中だろう。


「わ〜、ほんとだ〜……」

「ひぁやっ!?」


 舞依に背中を触れられると同時に、涼子ちゃんが甲高い悲鳴をあげた。


「えぇ!? ごめんねっ、涼子! 痛かった……?」


 慌てて手を離し、心配そうに訊ねる舞依。

 対して涼子ちゃんは、パシャンッとその体を肩まで湯に突っ込んだ。

 その浮き出た顔は、真っ赤になっている。


「ち、違くて……その…………くすぐったくて……背中、弱いの…………」


 へなへなと我が身を抱く涼子ちゃん。


「そう、なんだ…………ごめんね、涼子」


 言葉と裏腹に、舞依の笑みを押し隠すような表情は、不穏なんてものではなかった。

 15年近く舞依の兄をやっている俺には分かる。

 この顔をする舞依は、確信犯だ。


「…………舞依。なに考えてるか大体予想はついてるから言っとくけど、やめなさい」

「え〜? マイ何も考えてないもーん」


 シラを切る妹に、俺は眉をひそめた。

 まあ、舞依と涼子ちゃんの間柄がどれほど親密なのかまだ分かりきっていない部分もあるから、あまり強くは言えない。

 俺たちはしばらく湯に浸かって、肉体を万全の状態に戻した。激しい運動の後というのもあって、緩んだ顔で入浴に興じた。


「――そろそろ、次の湯へご案内しますね」


 しばらくして、ティアラが立ち上がった。俺は咄嗟に目を背け、少し離れたところからティアラについていく。

 今度の温泉は、薄黄色をしていた。


「こちらは『アルトルールの湯』。軟化源泉と呼ばれる水源から引き上げたお湯で、骨や関節、筋肉はもちろん細胞レベルで疲労を治癒する効能があるんです!

 その効果で体が柔らかくなり、長座体前屈の記録が最大38%上がるという研究も報告されてるんですよ!」


 なにやら凄そうな湯だった。


「え〜、すっごーい! そのお水ほしい! なんか美容とかもいけそう!」


 興奮のあまり、舞依は少しアホっぽい語彙力になっていた。

 早速入ると、さっきとは違いやや(ぬめ)りけのある水質が全身を包んだ。

 たしかに、体が内側から解れていくような、心地よい温もりを感じる。


「ほんとだ……見て見て、お兄さん!」


 またしても、涼子ちゃんが俺の方へ寄ってくる。勘弁してほしい。俺だって男だ…………。

 涼子ちゃんは右腕を上から、左腕を下から背中へ伸ばし、ちょうど肩甲骨あたりで握手してみせた。

 さらに、ぬるぬると両肩を動かし、両手を繋いだまま頭を潜らせた。


「…………ぬるぬるです」


 ただの形容詞のはずなのに、なぜだろう。えらくいかがわしいニュアンスが漂ってるような気がしてならない。

 その時、ガバァと舞依が涼子ちゃんに、背後から抱きついた。


「えいーっ!」

「はゎうぅ!?」


 またしても響く悲鳴。舞依は涼子ちゃんの首筋やら(わき)やらに手を伸ばし、くんずほぐれつになる。


「こら、舞依…………」


 見かねて止めようとしたが、涼子ちゃんの照れたような笑顔を前に、口をつぐんだ。

 楽しんでくれている――舞依との触れ合いを。その事実を改めて目の当たりにし、水を差すのも無粋に思えた。

 すると、ハラリと2人の胴に巻かれたタオルがはだけ、その若さ溢れる体が露わになった。俺は、慌ててそっぽを向く。


「私もっ……私も!」


 何やらウズウズしてる様子だったティアラが、意を決したように2人の輪に加わる。

 バシャーン、と飛沫があがる。


「わっ! ティアラさん、ちょ……不意打ち反則ーっ!」

「やめ、おねが……きゃうんっ…………!」

「それっ、いきますよ〜……こしょこしょこしょこしょ〜〜〜!」


 黄色い声が、浴場の反響もあって幾重にも重なる。俺はそれを、時折かかる飛沫を背に受けながら聞き流していた。

 背後で、歳の近い少女3人が全裸で戯れてる。視線を落とすと、彼女らの体を覆い隠していたはずのタオルが3枚、水面に浮かんで揺れていた。

 やがて、涼子ちゃんの動きが疲れたように鈍り始め、首が赤ちゃんのようにフラフラし出した。


「涼子、大丈夫?」

「リョーコさん、お顔が真っ赤です……」


 2人が心配して、涼子ちゃんの肩を掴む。

 俺も頭上に乗せたタオルを腰に巻き直して立ち上がり、様子を見る。

 夢見るような、とろんとした目……やっぱりだ。


「のぼせたのかもしれない。少し休んだ方がいいな」


 俺はタオルを拾って、涼子ちゃんに手渡した。ちゃんと体に巻いてはくれたが、少しボーッとしていて、やや無防備だ。


「ごめんね、涼子……マイ、はしゃぎ過ぎちゃった……」

「私も、ごめんなさい……あっ、休憩スペースがありますから、そちらへ。お水もありますから」


 俺は涼子ちゃんを支え、ティアラの指した方へ連れ立った。


「平気だから、気にしないで。昔から、すぐのぼせちゃうだけだから」


 涼子ちゃんは微笑み混じりに言った。浴場の隅に、サウナに似た部屋があり、俺は少し訝しんだ。

 幸いスライド式のドアだったので、開けて入る。涼しい冷気に包まれ、たちまち頭がクリアになる。

 俺は涼子ちゃんを横たえて、傍にあるポットからコップへ水を注いだ。


「ごめんなさい……舞依やティアラさんと一緒で、楽しくなっちゃって…………2人が笑ってくれると、嬉しくて」


 涼子ちゃんは、やや浅い息づかいで言った。


「…………お兄さんといるのも」


 目と目が合った。

 いや、涼子ちゃんが眼差しを、俺の視線に合わせた。


「――本当にありがとう、涼子ちゃん。今日のこと、それから舞依の友達になってくれたこと」


 今しか言えないと思った途端、口から言葉が出ていた。


「…………お兄さんは油断すると、すぐ()()()()()に戻りますね」


 ちょっぴり寂しそうに微笑んで、()()()()()は言う。


「気をつけてるんだけど、たまに出ちゃうな」


 妹の友達だ。俺としては、慣らすのに時間がかかって当然だ。


「もし感謝してるなら、お礼をしてください」


 ムク、と。涼子ちゃんは起き上がる。

 彼女なりのジョークなのかもしれない。

 俺は少し笑った。


「もちろん。なにをしたらいいかな」


 ユーモアを利かせたつもりだったんだ。

 けれど、涼子ちゃんは言った瞬間、俺の頬を両手で掴んで、顔をズイと近づける。

 前髪が額をかすめて、かゆくなった。


()()()()『涼子』()()呼んでください」


 その瞳の力強さには、物言わせぬ迫力があった。

 大人しくて、冷静な女の子。そんな印象とは違う、明白な圧。

 絶対に要求を飲ませる――固い意思のようなものを感じた。


「――わかった……涼子…………」


 俺は、()()を呼び捨てにした。


「…………はい」


 噛みしめるように返事する涼子。

 その表情は、今までで一番かわいい笑顔だった。

 正直、俺も少しのぼせそうになった。

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