闇のように深く、血のように緋く。
「どこ?」
漆黒に浮かぶ、艶やかな緋の衣装。
それは、舞踏会に着るドレスのようで。
あるいは。
闇夜に血を纏うようで。
「どこにいるの?」
女は、魔性の瞳を真っ直ぐ向ける。
見つめる先には、誰もいない。
それでも、彼女は問うのだ。
「あなたは、どこにいるの?」
探し続ける。
たとえ、もうこの世界のどこにもいないとしても。
必ず見つけ出す。
そして、もう一度…………。
「私の――」
女の姿は、既になかった。
――――――――――――――――――――
俺はハッと目覚めた。周りはガヤガヤと騒がしい。貼りついた手垢でボヤけた穏やかな陽光が、窓から差している。
いつの間に寝ていたのか思い出せない。たしか…………。
まだ目覚めきらない頭で考えていると、サラァとくすぐったい感触が首筋を撫でる。
「新原さん、先生の前で居眠りなんて肝が座ってるね」
爽華先生だ。長い髪の毛が素肌に当たって、むしろチクチクする。
「クラスで初めて1つのことに一致団結するイベントでしょ?
せっかくの体育祭なんだから、新原さんにも積極的に参加してほしいな」
両肩をピタリと掴まれ、俺は黒板を見た。
右端に大きい文字で『体育祭』と書かれ、その横にはズラリと種目と人名が列記されている。
それを目にして、ボヤけた思考が晴れていく。
「そうか…………」
6月の下旬へ向けて、今は全校的に体育祭の準備期間だ。
俺や涼子たちのチームマッチが終わった後も、日々は平凡に流れた。
変化といえば、涼子もちょくちょく異世界へ遊びに来るようになったことくらいだ。
「成屋は100メートル10秒台だろ? なら俺より適任じゃね」
「俺は障害物競走に出てーから。ただの短距離じゃ圧勝してつまんねー」
今は5,6限を使って、誰がどの種目に出場するかを決めている――というか競っている。
種目ごとの人気や、仲良しグループ間の意向などが絡み合い、種目決めは波乱の様相を呈していた。
ちなみに、はるかはワケあって、前で体育祭実行委員の男女と一緒に、この場を取り仕切っている。
「新原ぁ、お前だけ希望ないけどなにやりてえ?」
その実行委員の男子、長篠が唐突に俺に振る。
たしかに、黒板にはクラスメートの名前が並ぶが、俺のはない。
でも、だからって名指しで今やんなくたって……俺はクラス中から視線が集中しているのを、嫌でも感じた。
「あー……いや、俺はいいんだ。残ったやつをやるよ」
俺は座ったまま答える。なるべく、当たり障りなく。
すると、長篠の表情がみるみる強張った。しまった、ミスったな……。
長篠は野球部で、その熱血ぶりは学年でも有名だ。
「おい……お前やる気ねえの? みんな意見出してんのにさ、そういうのダセえしマジでシラケるからヤメてくんねえかな」
明らかに半ギレで食いかかる長篠。
はるかが慌てて宥めているが、こうなると彼は面倒だ。
俺は爽華先生が何かを言い出す前に、ゆらりと立ち上がった。
「やる気はあるよ。みんなと体育祭、すっごい楽しみだ。けど、本当に種目は何でもいいんだ。
やりたい種目が決まってないのに適当に票入れるより、他のみんながやりたい種目をやれる方がいいと思ったんだ」
本心だった。特にこだわって、絶対やりたい種目はないし。
なら、余り物の福をありがたく受け取るのが合理的だ。
そうだろ?
「なるほどな。悪い、なら余り物には福があるってことで。それでいいのな?」
「うん、いいよ」
「おっけ。じゃあまだ決まってないのは――」
長篠はさっきまでの険悪な雰囲気を、まるでなかったかのように進行を続けた。
「おいおいおい、いいのかよー」
「やりたいものがないから他人に譲るっていうのも、立派な意見だろ。心配すんなって、新原が余った種目で手ぇ抜いてたら、ボコボコにしてやる気出させるから。…………冗談すよ、先生」
しれっとえげつない脅迫が聞こえたが、俺はスルーした。
ふと、はるかと目が合った。なんか、キッと叱るような目線を送られて、俺は『悪い』と顔で言った。
そうして種目決めは紆余曲折を経つつも進み、授業が終わるとクラスメートの綱島が駆け寄ってきた。
「ちょ佳助お前! お前お前お前! なんださっきのクソ無気力スピーチ! 俺と玉入れやるって言ってたじゃんよ!」
「言ってないよ」
本当に言ってなかった。
「あれ、約束したよな?」
「してないよ」
「じゃあ、一緒に騎馬戦組もうって話は……?」
「してないけど、元々人数枠たくさんあったから、運良く入れたね」
「…………」
俺たちは偶然、騎馬戦を組めたようだった。
何とも言えない空気の中、はるかが割って入った。
「佳助っ! あんた、まーたあんな無愛想なこと言って! もうちょっとトゲのない言い方しないとって、いつも言ってるでしょ!」
「これでも考えて話してたんだ。長篠も分かってくれたろ?」
「長篠の懐が深かったからいいけどね、もっと短気な人だったら騒ぎになってもおかしくないんだからね!」
俺が淡々としているのが気に食わないのか、はるかはガミガミ説教してくる。
「お前こいつのお母さんかよ」
綱島が俺の気持ちを代弁してくれたが、はるかの平手打ちを脳天に食らうことになった。
「幼なじみですっ! あんたより、あたしの方が佳助とずっと一緒なんだから!」
妙な対抗心を感じる台詞だった。
はるかって、こんな場面でムキになるタイプだったか?
綱島は、怒鳴なれながらもなぜかニヤニヤしていた。
「内田さーん、ちょっといいかなー?」
「あ、はーい」
すると、爽華先生に呼ばれ、はるかはその場を去った。
「――てか佳助。さっき寝てたろ」
「え? ああ……うん。気づいたら」
「お前、最近なんか変じゃないか? うなされてたぜ」
「え? そうか?」
綱島は真剣な顔だったが、俺は覚えがない。
「俺ら以外は気づいてないっぽいけどな。爽華先生が気づいて、だからお前の近くにいたんだよ」
そうだったのか……。
うなされてる自覚はないが、心当たりはあった。
実は綱島の言う通り、あのチームマッチ騒動が終わった後くらいから、少し気になることがあるんだ。
「…………最近、よく同じ夢を見るんだ」
「同じ夢? どんな?」
思い出すまでもなく、さっきも見た光景が蘇る。
「緋い女の夢」
「緋い女? なにそれ。怖」
綱島は少し引いていた。
毎晩同じというわけでもないが、その夢を見る頻度は多くなってきてる。
正直、俺もちょっと不安だ。
「わーっ、はるか超かっこいい!」
「よっ、太陽軍副長!」
「ふふんっ、応援は任せてー!」
教室の前の方では、何やら女子たちが、はるかを中心に騒いでいる。会話の端々からすると、どうやら応援団の団服が届いたようだ。
はるかは、俺たちのクラスが属する『太陽軍』の応援団副長に就任していた。つまり、応援合戦の種目で先頭付近を陣取り、士気を高めるわけだ。
はるかが、さっきの種目決めで進行役の1人だったのは、そのためだ。
「『太陽軍』とか『稲妻軍』とかカッコつけないでさ、普通に赤組・白組でいいじゃんな」
「俺の中学は東軍・西軍だったよ」
ちなみに、中学のグラウンドは南北に長かったため、実際の応援合戦では東西で向き合ってないという裏話を、社会科の先生から聞いたことがある。
黄色い声の飛び交う群衆を掻き分け、はるかが再び俺たちの前に現れた。
「ジャジャーン! どう、佳助? どうどう!?」
はるかは団服姿で登場し、自慢げな顔で見せつけるように両腕を広げた。
俺は顔を上げて、それを見た。
そして……言葉を失った。
「な、なによ……その顔?」
はるかは戸惑っているようだった。俺も今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
足首まで伸びる、長いドレスのような団服。それは、まさしく太陽を思わせる真っ赤な配色だ。
はるかの姿を見た俺は、真っ先に――。
夢に出てくる緋い女を思い出してしまった。




