正面衝突!いや、これは当たり屋と呼ぶ
俺とティアラは、ダイアデム学園のグラウンドで『初級魔法学』の実習をしていた。
「ブラスト!」
俺は両手を前方10メートル離れた練習用のターゲットへかざし、魔力を集中させた。無色透明の魔力は風の砲丸のように掌から放たれ、ターゲットの中心に命中した。
30分練習を続けてる内に、だいぶ使い方が分かってきた。最初の10分は魔力が凝縮できず周囲に拡散してしまったが、20分もすると狙った方向へ飛ばせるようになった。
その後の10分間は、ターゲットを小さくしたり遠くしたりして、精度の強化に取り組んでいるところだ。
「すごいです、ケイスケさん! 私なんてまだ全然できないのに……」
ティアラは感心してから、隣のスペースで3メートル離れた的へ手をかざした。
ティアラの集中が伝わってくる。ピリピリと空気が震え、地面が唸り、毛が逆立った。
しかし、ティアラの掌から放たれたのは、プス〜という溜め息に似た微風だった。
「…………ほらっ、ケイスケさんはすごいです! 異世界から来てまだ数週間だというのに、もう魔法を使いこなしているんですもの!」
ティアラは快活に笑った。けれど、その笑顔からどこか陰りを感じるのは、俺の気のせいだろうか。
考える間もなく、ティアラは顔を逸らして魔法の練習を続けた。
「私も、もっともっと上手になって、ケイスケさんに喜んでもらいたいのです…………」
無意識の呟きなのか、ティアラの口から溢れた一言が、俺にはハッキリ聞こえたんだ。
「そんなことを気にしなくてもいいんだよ、ティアラ姫」
聞いたことのある声だ――振り返ると、そこにはやはりロバルトがいた。もちろん、あのトリオを含めた取り巻きたちも一緒だ。
「女性に必要なのは家事の心得と教養、そして伴侶の隣に相応しい品格だけなのだから」
俺はこいつが嫌いだ。今はじめて、明確に感じた。
「……ロバルト様。ごきげんよう」
ティアラは挨拶こそしたが、顔は決して穏やかではなく、どこか皮肉めいた声色だった。
ティアラがこんな憎々しげな表情になるなんて……正直なところ、少し驚いた。
「誠に残念ながらティアラ姫。僕は今、ご機嫌が良くないんだ。どうしてか聞いてくれないかな?」
「なぜですの」
ティアラは『なんでそんなことを聞かなきゃいけないんだ』と言いたげな風を全力で醸し出しているようだった。
しかし、その苛立ちに満ちた言葉を履き違え、ロバルトは続ける。
「ティアラ姫。あなたに武器や魔法は似合わない。僕の妻となるんだから、知識や作法をこそ学んでほしいんだ。
きっとそれが僕のためにも、ティアラ姫のためにもなるはずだと思うから」
俺は人間に対して、生まれて初めて吐き気を催した。
「――たしかに、王族にはそちらの方が必要かもしれませんわね。王家は戦闘など行いませんし、行政の素養は必須ですから。それに私、普通のお勉強を始めたばかりで、とても成績が良い方とは言えませんもの。
今までのように座学に注力すれば、良い成績をいただけますし、このヴァルス王国や将来の旦那様のお役に立てるでしょう」
ティアラは俯いて言った。声も、肩も、小刻みに震えている。
「分かっているんじゃないか、ティアラ姫。そうだよ、その通りなんだよ。以前の王族らしい、ヴァルス王国の姫君らしい振る舞いこそが、ティアラ姫のあるべき姿なんだ。僕はそんな貴女だからこそ見初め、夫として一生愛すると決し――」
「うるさいよ」
俺は、ロバルトの言葉を遮った。沈黙が。ロバルトやその取り巻き、ティアラたちクラスメートと担任、全員の視線が俺を取り囲む。
分かってるんだ。ティアラは耐えていた。ここで反論すれば、王族の家名にも影響が及ぶ。国政や外交、あらゆる弊害を考えて、ジッと堪えていたんだ。
ごめん、ティアラ――俺が我慢できないんだ。
「…………もう一度、言ってみてくれないかな」
「うるさいんだよ、ベラベラと。お前の意見なんかどうでもいい、毛ほども興味ないんだよ」
「黙るのは君だよ、下民風情が。今僕はティアラと話している。ティアラの話をしているんだ」
「だからこそ言わせてもらう。今この瞬間で一番大事なのは、ティアラが何をしたいかだ。それを外野が勝手に決めつけるなって言ってるんだ」
「――勝手にだと?」
ロバルトの声色が一気に変わった。その冷酷な本性を表すかのように。
「勝手なのは君たちだろう……特級貴族たる僕の意向に難癖をつけ、あまつさえせっかく厚意を無下にするなんて、許されていいことじゃない!
いいか! 僕は貴族だ! 貴族は正しく! 絶対で! そして敬われなければならない! 王族の息女を娶って家名を更に輝かせる僕の崇高な目的を邪魔しないでもらえるかなぁ!?」
ゴオォォォとロバルトから言い知れない威圧感を感じる。これは魔力…………いや、殺気か?
俺は戦いに備えて身構えた。担任はオドオドするだけで、仲裁を期待するのは無駄のようだ。
すると、ティアラが俺とロバルトの間にバッと割って入った。
「ティアラ! 危な――」
言い終える前に、ティアラはすぅと息を吸っていた。彼女の背中が、大きく見えたんだ。
「うざい!」
ティアラはロバルトに言い放った。ロバルトはきょとんとして、それを聞いている。
「ティ、ティアラ姫……? なんだい、その言葉遣いは…………」
「まじありえないんだけど! きも! むり! …………ばーかばーか!」
実は俺も呆気にとられていた。ティアラがこんなJKみたいな言葉遣うなんて。しかも絶妙に古めっぽいけどナウい感じの。
この世界にない語彙であることが分かるくらいには、異世界生活に慣れてきている。
となれば――誰の入れ知恵なのか、想像は難くない。
「平民に毒されたのかい、ティアラ姫……そんな意味の分からない――」
「今のは、私が知る罵倒の言葉ですわ。…………友達が教えてくださいました」
当惑するロバルトに、ティアラは堂々と言葉を紡ぐ。
「あなたこそ、私が好きな私になることを邪魔しないでいただけますかしら、ロバルト」
それは、ティアラからの明確な、力強い決別の証だった。ティアラは『行きましょう、ケイスケさん』とロバルトに背を向けた。
俺もティアラの意を汲み、後に続いた。すると、ロバルトが不気味な笑い声を発した。
「…………クククク。僕を怒らせてしまったねぇ、ティアラァ!」
ロバルトが、残虐な眼差しを真っ直ぐ俺に向けた。
「ケイスケェ! 明日、僕と君との『チームマッチ』を申し込む!」




