信頼と疑惑
ティアラと俺は、予定通り他国の首脳との会食の場所に到着した。馬車を降りると、そこには既にティアラの父親――シュトラウス王が待っていた。その少し後ろにルドルフもいる。
「お父様!」
ティアラがシュトラウス王に駆け寄る。王様は娘に抱き着かれて、嬉しそうに笑った。
「ティアラ! ご苦労だな。疲れてはいないか?」
「これくらい大丈夫ですわ!」
心配するシュトラウス王に、ティアラは快活な笑顔を見せた。俺も、馬車の移動中、1度も仮眠したりしないティアラには驚かされる。
「そうか…………ケイスケ殿。【コムレイズ】としての初日はいかがかな?」
後ろの方で控えていた俺に、シュトラウス王は話題を振ってきた。
「……特に何もなくて、たまに油断しそうになってしまうので、気をつけてます」
本心を、当たり障りないように答える。
「ケイスケ様といると、とっても楽しいですわ! 一緒にいてくださるだけで安心しますし、馬車の中でお話できますし、こう…………とっても楽しいんですの!」
ティアラはシュトラウス王に、身振り手振りを交えて伝えようとしたが、最終的にはふわっと着地した。
「そうかそうか、それは何よりだ」
シュトラウス王は、それを微笑ましく見つめている。
「――ティアラ。先方は予定が長引いて少し遅れてくるとのことだ。ルドルフと一緒に待合室へ行って、少し休んでおくといい。私は、ケイスケ殿と話がある」
「え…………分かりましたわ、お父様」
ティアラは少し不安そうな顔をしたが、ルドルフに『姫様、こちらです』と促されると、彼についていった。
残されたシュトラウス王は、俺と向き合った。陽は沈みかけ、俺たちの間を風だけが通り抜ける。
なんだろう――緊張する俺に、シュトラウス王は後ろ手を組んで近づいてきた。
「娘があんなに楽しそうなのは初めて見た…………」
感慨に耽るように、シュトラウス王は切り出した。
「王族としての暮らし。それは絢爛豪華な王宮で最高級の衣食住を確約された特権階級の生活だ。
しかし、それと引き換えに、ティアラは自由を制限されてしまう。休日は公務に、自分のためではなく国民のために、時間を使うことを強いられる。
ティアラは自らの喜びではなく、責任感で王族として生きている。王族とはそういうものだ――そういう教育を受けてきた」
受けさせてきた、だろ。とは、とても言える状況じゃない。シュトラウス王の口調は自罰的で、ティアラに対して負い目を感じていることが分かった。
「さて。ケイスケ殿、頼みがある。王族は本来、護身用に武具の扱いや魔法の心得も学ぶ。歴代の王はそうしてきたし、私も同じだ。
だが、私たちはティアラを大切に育て過ぎた。王家として、何より娘として。そのため、そうした実技をティアラは学んでいない。歴史や地理、政治や経済などの座学によって知識を培っている。
私やルドルフが、まだティアラが赤ん坊だった頃に決めた方針でね」
シュトラウス王の言いたいことが、俺は見えてきた。
「あの子は人の役に立つことを優先するあまり、自分の身を守れない。どうか、ティアラの支えとなってくれ」
「……【コムレイズ】として、ですか」
俺には両親がいない。だから、両親が子どもの生き方を考えてくれることは、幸せなことだと思う。
けど同時に、親に生き方を束縛される子どもの切なさも、今は感じていた。ティアラは、自分のことより、国や国民のために生きている。そうしなければならない、そうするために生まれてきた家系だと、そう思っているのだろう。
何がティアラにとって幸せなのか。俺は分からなかった。
「ケイスケ殿。【コムレイズ】の意味を知っているかな」
シュトラウス王に問われ、俺は首を横に振った。
「『戦友』、『同胞』、『仲間』……そういう意味があるのだ。王族には家臣や味方はいても、そうした気の許せる関係とは縁遠いから、ティアラが幼い時に新しく制定した仕組みなのだ。
ケイスケ殿。ティアラの【コムレイズ】となってくれ。頼む」
シュトラウス王は、頭を下げた。周りには誰もいないが、それでも王様が、娘と同い年の若造に頭を下げている。
今のシュトラウス王は、ヴァルス王国の王様ではなく、ただのティアラの父親だった。
きっと。過ちは誰にでもある。それが、たとえ王様でも。良かれと思った育て方を、子どもが大きくなってから悔やむことも。親でさえ、子どもの幸せがなんなのか、分からないものなんだな。
俺と舞依は、親がいなくても幸せになれる。幸せでいられる。なら、ティアラだって、これから幸せになっていいはずだ。
「もうなってますよ」
俺が答えると、シュトラウス王はハッと顔を上げた。
「…………ありがとう。娘を、よろしく頼む」
シュトラウス王は、大きい手を差し出してきた。俺は、それに応じて握る。王様と握手するなんて、考えてもみなかったな。週2の護衛なのに、すっかり信頼されてしまっているみたいだ。
していると、建物からルドルフが数人を連れて出てくるのが見えた。俺は『王様』と、目線で人が来たことを伝える。
シュトラウス王は潤んだ目を拭い、元の威厳を感じさせる風格を醸し出した。
「陛下。間もなく到着されるとのことです」
「うむ」
シュトラウス王は、ルドルフの連れと共に建物へと向かった。俺も、ティアラの【コムレイズ】として彼女の元へ行こう。
シュトラウス王の後を追おうとすると、その行く手をルドルフが遮った。
「私からも、ケイスケ殿にお話……というより忠告がございます」
目を細めて、ルドルフは切り出す。
「ずっと考えていました。先日、姫様を誘拐しようとした賊のことを。なぜ白昼堂々、姫様のお部屋へ侵入することが出来たのか」
どうやら、こっちは『護衛』としての【コムレイズ】の話らしい。
「単刀直入に申し上げましょう。私は、王家関係者の中に内通者――裏切り者がいると睨んでいます」
「裏切り者?」
俺は思わず聞き返す。
「ええ。それも、姫様のお部屋の警備を掻い潜っての誘拐未遂。王宮内でも上位の幹部の関与――おそらく、最高審問官の内の誰かではないかと考えられます」
「…………まさか、それを探るために俺を審問会に?」
「それも理由の1つです。ケイスケ殿を疑っていたのは事実ですが、あなたは安全であると確信を得られました」
「え、なぜ?」
「今日、あなたはいくらでも姫様を誘拐するチャンスがあった。だがしなかった。シロと見て間違いないでしょう」
「……ティアラを囮に使ったのか?」
「結果的にそうなってしまったまで。ケイスケ殿を【コムレイズ】に強く推薦したのは他ならぬ姫様なのですから、私は反論などしません。ですが、もし本当にケイスケ殿が賊の一味であったら、と気が気でありませんでしたよ」
ティアラの意向には逆らわないが、俺の白黒をはっきりさせるには賭けるしかなかった、ということか。
「話を戻しますが、裏切り者は最高審問官5人の内の誰かである可能性が高い。そして、その裏切り者は他の4人を欺いて、今も虎視眈々と姫様を狙っているに違いありません」
「あの5人の、誰か…………」
「――更に最も疑わしいのは、仲間でないケイスケ殿が姫様のお側にいることを嫌っていた人物。そして、それはたった1人でした」
俺がティアラの側にいること――【コムレイズ】になることを嫌っていた者。
審問会で唯一、俺が有罪と言い張っていた人物。俺が【コムレイズ】になりたくないと言うと、協力してきた人物。今朝、俺が【コムレイズ】になったことに怒りを露にした人物。
……たしかに、頑なに俺がティアラの【コムレイズ】になることを拒絶する人物が、たった1人だけいる。
「ケイスケ殿…………フレッド隊長には、くれぐれも用心してください。姫様を守るために」
ルドルフはすれ違いざま、俺に囁いた。




