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ティアラの1日

 俺はドアをノックした。


「ティアラ、俺だ」

「はい、今開けますわ」


 ガチャ、とドアが開く。ティアラは、俺の見知ったドレス姿になっていた。洗い流されたばかりの髪は、昨日より艷やかに見える。

 ティアラは1歩引いて、俺の全身を嬉しそうに見つめる。


「制服、とてもお似合いですわ。ケイスケ様」


 俺の格好は、上下とも黒を基調とした【コムレイズ】の制服だ。

 剣でも斬れず炎魔法を浴びても燃えないという国産タウロンシープかわ製のジャケットは、前の左右に5つずつボタンがあり、短い帯を留めている。両袖にはグレーの毛皮に紋様が刺繍されていて、少し厚みが増している。

 太もも辺りまである裾にやや被るズボンは、耐水性能や軽く丈夫な素材として評価の高い錬金布で編まれていて、希少金属マギメタルで覆われたブーツが膝上あたりまで伸びている。――ところどころ色の濃淡でグレーっぽかったりするが、全身ほぼ黒一色だ。


「どうも。それで、今日の予定は?」


 俺はバリバリ異世界の服装に、若干恥ずかしさを覚えながら訊ねた。

 着付けされている時にマリアからされた説明を思い出し、首筋あたりに走る寒気が余計に強まる。


「本日は午前中に博物館の見学と観光地の視察、正午過ぎに幼稚園で子どもたちに絵本の朗読をして、午後はお父様と付き添って他国の方とお食事をいたしますわ」

「え、いつ休むんだ?」

「移動中に少しゆっくりできますわ」


 移動時間は休憩とは言わないだろ。俺は聞きながら思った。

 16歳――俺と同い年の女の子が、休日返上で公務か。王族って大変なんだな……。


「では、玄関ホールまで降りましょう、ケイスケ様。……よろしくお願い致します」


 ティアラはドレスの裾を軽く上げて、恭しく礼をした。


「こちらこそ。姫様をお守りいたします」

「もうっ。ティアラとお呼びになって」


 ティアラは頬をマシュマロみたいに膨らませながら微笑む。

俺はティアラと共に廊下へ出た――もちろん、ドアは開けてもらった。

 階段へと歩いていると、角からフレッド隊長が現れた。俺を見るやいなや、一瞬眼光が鋭くなったが、ティアラの前だからか、悟られぬよう平静を装った。


「姫様。本日の公務におかれましても、益々その御威光が輝きますことと存じます」

「王宮を頼みます。いってきますわ」

「はっ。いってらっしゃいませ」


 ティアラが通り過ぎるまで、深々と頭を下げるフレッド隊長。しかし、俺はすれ違いざま、腕のあたりを掴まれた。


「この嘘つきの卑怯者めが。某を騙し、姫様の【コムレイズ】になりおって。貴様にその制服は似合わん。いい加減に身の程を弁えろ、小童が」


 凄まじい形相で俺を睨むフレッド隊長。腕を掴む力が、ぎちぎちと強まる。痛い。本当に潰す気でいるのか?

 だけど、俺にも言い分はある。


「騙したわけじゃない。本当に、あの時は【コムレイズ】なんてなりたくなかった。けど、ティアラが泣いてたんだ。怖がってる女の子を放って帰るなんて、できるわけないだろ」


 空いている方の手で、フレッド隊長の手首を掴み返す。


「あんたは違うのか? お姫様が泣いていて、それでも俺を追っ払うのかよ」

「…………!」


 フレッド隊長は憎々しげに俺の手を振り払い、肩をいからせて去っていった。

 俺は、その後ろ姿がなぜか気になって、見つめていた。彼は、どうしてそんなに俺を嫌うのだろう――。

 考えを巡らせていると、後ろから声が聞こえた。


「ケイスケ様ー? いきましょうー!」


 こうして、俺の【コムレイズ】初日は始まった。ティアラに付き添い、馬車みたいなものに乗って各方を回る。

 ヴァルス国立博物館で歴史的遺物を眺めたり眠たくなるような()()()()を聞かされてる間も、有名な河川やら由緒ある建物が並ぶ綺麗な街並みを歩いている間も、俺はずっとティアラの傍についていた。

 昼時になると、俺たちは次の目的地へ着くまで、馬車の中で軽食を摂ることにした。


「ティアラはすごいな」

「え?」


 家で作ってきた弁当を食べながら、ぽろっと口にする。


「朝早くに起きて、休日なのに午前中からあちこち行って、王家の仕事をしてる」

「王族として当然のことですわ」


 ティアラはサンドイッチに似た食べ物を頬張り、口元を手で覆って平然と答える。

 責任を負う――16歳にその重圧がいかに大変か、俺は分かっているつもりだ。俺が舞依を守る。そのことに苦を感じたことはないと断言できるが、楽ではないこともまた事実だ。

 ティアラは、その華奢な体に国という重大な責務を担っている。それを既に受け入れているようだから、すごいことだ。


「ケイスケ様、見て見て! 元気いっぱいで、なんてかわいらしいんでしょう!」


 ティアラは窓から見える子どもたちを眺め、笑った。やがて馬車が止まり、ここが目的地の幼稚園と知る。

 園長や組ごとの先生たちと対面し、園児たちを集めて一通りの挨拶を終えると、ティアラは椅子に座って絵本の朗読を始めた。俺は、やはり始終ずっと、彼女の傍らで目立たないように立っていることになる。

 朗読が終わると、ティアラは30分くらい園児たちと遊んだ。3時の昼寝の時間も付き合って、陽が傾き始めた頃に幼稚園をあとにした。


「辛いときないか?」


 今日1日、笑顔を絶やさないティアラを見ていて気になっていたことを、俺は馬車での移動時間にふと訊ねた。

 ティアラは、博物館見学の時も観光地視察の時も、幼稚園で朗読したり園児たちを寝かしつける時だって、ずっと笑顔だったんだ。

 俺には、それが心から笑っているように見えた。


「王族の務めってやつ、ティアラにとっては当然かもしれないけど、他の同い年の子は休日に遊びに出かけたり、特に何もしないでだらけたりする。

 周りにああしろこうしろって求められてることをやるの、苦しいと思ったことはないのか?」


 ティアラは、すすっていたティーカップを見つめて、少し考えた。やがて、音を立てずカップを脇の肘掛けにあるホルダーに置く。


「……たしかに、お休みも公務があります。他の方々と同じ生活とは言えないかもしれません。けれど、私は王族。お父様や国民の皆様のお役に立つことが使命なのです。そうした境遇に生まれたこと、人々のお役に立てることを、幸せに思いますわ」


 ティアラは、真っ直ぐ俺を見て言った。

 『楽しい』とか『やりたいこと』とか、そういうことは言わなかったんだ。

 ガタガタと。俺たちを乗せた馬車が揺れていた。

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