【扉を開く者】
俺はティアラに連れられ、彼女の父親でありヴァルス王国の国王シュトラウスに会った。これで、王様公認のティアラの護衛――【コムレイズ】ってわけだ。
娘をよろしく頼む、【扉を開く者】――王様が言っていた謎の言葉が、妙に気がかりだ。
そんな俺を引きずるように、ティアラは私室の隣の部屋へ向かう。【コムレイズ】専用の部屋らしい。
「さあ、お入りになって!」
ティアラは突き当たりから向かって右側の部屋のドアを開けて、俺を中へ招く。
室内は高級ホテルみたいな広さとレイアウトで、左の壁際にベッドや衣装箪笥、右側には別のドア――おそらくお手洗いだ――、奥側には一面ガラス張りの窓と向こう側にテラスがある。
ティアラは中央のソファを指し示して『どうぞお掛けになって』と促す。俺はそれに従った。そっと座ったソファの感触は、驚くほど柔らかかった。
「今日から、ここがケイスケ様の寝泊まりお部屋ですわ!」
「週2だけどね」
また釘を刺すように付け加える。
「でも、またこないだみたいにいつの間にか帰ったり、知らない内に来たりするようじゃ、週2も厳しいかもな」
ずっと抱いていた懸念は、思わず口から溢れてしまっていた。現状、俺は元の世界への帰り方も、この異世界への行き方も知らない。行き来の方法が分からないとなると、このままずっと異世界で【コムレイズ】か、さもなくば元の世界へ帰って2度と異世界へ来られないことだって有り得る。
すると、ティアラも考えるように天井を仰いだ。
「ケイスケ様が【扉を開く者】ならば、異世界を渡る方法には規則性があるはずですわ」
俺は顔を上げた。規則性――つまり、元の世界と異世界を自由に行き来できるかもしれないのか。
そうすれば舞依とティアラ、2人の面倒を好きな時に見れる。俺としてもすごくありがたい。
ティアラの口ぶりからして、どうやら異世界の行き来は【扉を開く者】の特権らしい。
「ティアラ。その【扉を開く者】って、一体なんなんだ?」
俺がどうして異世界へ来れるようになったのか。その真実を知るための重要なヒントがある気がする――俺はティアラに問うた。
「先ほどの審問会で、フレッド隊長がケイスケ様のお話を聞いて、『おとぎ話のよう』と仰っていましたよね? そのおとぎ話に登場するのが【扉を開く者】ですわ。
異世界を冒険する伝説で、各地に物語と一致する痕跡があることから、実話であると信じる方もいらっしゃいますの。
私も、今はそうですわ」
なるほど――たしかに今の俺とそっくりだ。
「――その【扉を開く者】は、どうやって異世界へ?」
「絵本では、【扉を開く者】が通る扉は、異世界への入り口になると描かれておりました」
扉…………? 俺は今朝から今までのことを思い返した。そういえば、俺が異世界へ行く時は、常に扉を通った時だった。最初は家の玄関、そして2度目はバイト先――。
いや、でもそれ以外にも扉を通るタイミングはあった。はるかと教室へ入る時や、この異世界でだって、ティアラと一緒に色々な扉を通ってきた。
異世界へ行く時と、そうでない時。一体なにが違うんだ。
「ティアラ。実は――」
俺は今朝から今までの行動を、覚えている限り話した。何か手がかりが得られるかもしれない。
玄関で舞依に見送られ、扉を開くと異世界へ来た。ティアラを助け、洗面所へ行くと家の前にいた。はるかと教室へ入り、授業を受け、バイト先の扉を開けてまた異世界に。審問会やティアラの部屋へ行く時に何度も扉を通り、そして王様と会い、今に至る。
途中から紙とペンを使って、時系列や因果関係を探る。2人でしばらくウンウン唸りながら考えていると、ティアラが『あっ!』と唐突に叫んだ。
「ケイスケ様が開けた扉が異世界へ通じるのでは?」
動揺と衝撃が、俺の胸を一突きした。
「ケイスケ様。もしかして今朝から、ご自分で扉を開けたのは3回しかないのでは? そしてその3回が、異世界へ行き来した時ではないですか?」
――そうだ。家の玄関を開けた時。ティアラを助けて洗面所へ行った時。バイト先のスタッフルームへ行く時。どれも、『俺が扉を開けた』タイミングだ。
教室へ入る時は、はるかが開けた。バイト先で鍵を受け取る時に通ったのは、自動ドアだ。2度目の異世界では、俺ではなくティアラが扉を開けていた。俺はティアラが開けた扉を通っていたのだ。
俺が扉を開けると、その先が異世界へ繋がる――きっと間違いない。俺は辿り着いた真実に感動すると同時に、なんて面倒な仕組みなんだと顔をしかめた。
「まるで伝説の通りですわ……ケイスケ様は、本当に【扉を開く者】なのですね!」
ティアラが興奮気味に盛り上がるが、俺は苦笑いを返すしか出来なかった。
この説が本当に正しければ、俺は扉を開ける度に異世界を行ったり来たりすることになる。自分で扉を開けられないのだ。
異世界を自由に行き来する方法は、俺の生活に不便を強いる理不尽でもあった。
「よかった……これでケイスケ様は、いつでも妹さんのところへ帰れますね」
そう言うティアラの声は、胸を撫で下ろした安堵に満ちたような、優しい響きをしていた。俺が異世界を行き来する方法が分かって、本当に心から喜んでいるのが分かった。
さっき【コムレイズ】の件を断る時に言ったことを、ティアラなりに真剣に受け止めてくれていたようだった。あの時のショックを受けた表情は、彼女の誠実さを表していたのだ。
ティアラは、ふと窓の方へ寄って、夜空を見上げた。
「…………妹さんは、おいくつなのですか?」
「……15歳。俺とは1つ違いの年子なんだ」
「まあ……ケイスケ様は、私と同い年なのですね」
ティアラは振り返って、嬉しそうに両手の五指を重ねた。無邪気な振る舞いや幼げの残る整った顔立ちから、てっきり歳下かと思っていた。
ティアラはハッと我に返ったような顔を一瞬浮かべ、少し俯いて、また窓の外を見た。
「――もう夜も遅いですわ。そろそろケイスケ様も帰らないと、妹さんが寂しい思いをしてしまいますわね」
舞依を悲しませない。今度は、ティアラから言われているように感じた。
「さっきの仮説を実証してみましょう。ケイスケ様が扉を開けて、無事に帰ることができれば、仮説は正しいということになりますわね」
「――ああ」
どこか切なそうな声色に、俺は気づいていないフリをした。
「今日は木曜日だから、明後日にまた来るよ。……【コムレイズ】として」
ソファから立ち上がって、来た方と別の扉の前に立つ。
「ここ、お手洗いでいいんだよな」
訊きながら、今朝のことを思い出した。ティアラも同じらしく、クスッと笑う。
「ええ。次に来られる時は、おいしいお飲み物をご用意いたしますわ」
「……楽しみにしてる」
本心から出た言葉だった。ドアノブを握る手が力む。早く舞依に会いたい一心か、あるいは異世界への一抹の名残惜しさかもしれない。
右肩に掛けたカバンには、生徒手帳やバイト先の鍵など、元の世界の物が詰まっている。その重さを、今になってひしひしと感じた。
俺は元の日常へと戻るため、扉を開けた。




