シュトラウス王
俺は結局、ティアラの涙に負けて【コムレイズ】に入ることになった。
女の子を泣かせない男になれ――生前の親父の言葉が、俺を妙な展開へと誘ったのだ。
フレッド隊長の怒りの形相に責められる傍ら、歓喜にはしゃぐティアラが思い出したように言ったのは、衝撃の言葉だった。
「ケイスケ様! ぜひ、お父様とお会いになって!」
ティアラの父親――つまり、ヴァルス王国の国王だ。俺はたった1日でお姫様はおろか、王様にも会うのか。
なんか、どんどん思いもよらない展開に呑まれていく気がしている。
「姫様! こやつをシュトラウス王に謁見させるのですか!? それは、いささかあまりに分不相応な待遇では…………」
フレッド隊長が苛立ち混じりにティアラに抗議する。
だが、ティアラはまるで動じない。
「あら、お父様なら娘の護衛に就く方と1度くらいはお会いしたいと考えるはずですわ。……私も、早くお父様にケイスケ様とお会いになってほしいですわ」
ティアラは、どこか逆上せたような表情を浮かべた。
「行きましょう、ケイスケ様! 今の時間でしたら、お父様も公務を終えられてるはずですわ!」
ティアラは俺の手を引いて、部屋をピューッと飛び出した。後ろから『姫様〜!』とフレッド隊長が追いかけるが、ティアラは気にも留めない。
廊下を直進し、階段を上る。ティアラは純白の高いヒールを履いていて、足取りが危なっかしい。
再び長い廊下を走り、その真ん中あたりにある厳かな扉へ向かう。きっと、あそこに王様がいるんだ――直感で分かった。
「きゃっ――」
バランスを崩したらしく、ティアラは前のめりに倒れていく。俺は、反射的にその体を背後から抱き留めた。
その時。柔らかい感触が掌に広がる。俺は転びそうになったティアラを抱いた拍子に、彼女の胸を掴んでしまっていた。
慌てて手を離すが、もう遅い。俺がお姫様の胸を揉んでしまった事実は消えない。えげつない自己嫌悪に襲われる。
「ごめん、俺――」
「ありがとうございます、ケイスケ様。さあ、参りましょう!」
ティアラは気にも留めていない様子で笑い、また俺の手を握って走り出した。俺が困惑している暇もなく、王様がいそうな部屋の扉がぐんぐん近づいてくる。
懲りてない…………そのうえ動じてない。もしかして、俺が悪気がないとはいえやってしまった最低の行為に、恥じらいとかないのか? 真っ先に助けたことへのお礼が出る辺り、多分そうなんだろう。
セクシュアルなことには疎いらしいお姫様は、艶やかな赤に金の豪華な装飾が煌めく巨大な扉を押し開けた。
「お父様!」
ティアラの歓声が、広い部屋に響いた。そこは王様の私室というよりは、王様が大勢の前に姿を現すための場所らしく、1000人くらいは余裕で入れそうな、身近なところだと体育館に似た場所だ。
もちろん、真っ白な大理石の床や天井のガラス画、壁一面に掛けられた三日月を3つ重ねた紋章の旗などを見ると、体育館と比べるのも失礼と思うほど荘厳だ。
そんな大広間の中央奥に、1人一段高い位置の椅子に座る人物がいた。王冠を被り、赤と金の厚いローブを羽織っている。
「ティアラ……どうしたのだ、そんなに嬉しそうにして。走るとまた転ぶぞ?」
穏やかで知性的な声が、微笑みを含ませて言った。ティアラは忠告を聞かず、俺の手を引いて彼の元へ駆け寄る。
「おや、この方は……」
「お父様、こちらが今朝私を助けてくださった、ケイスケ様ですわ」
ティアラが恭しく俺を指し示す。俺はクロワッサンみたいな豊かな顎髭の王様を前に、作法に不安を覚えながら会釈した。
「ほう……ティアラから話は聞いている。この国の姫を、私の娘を助けてくれたこと、誠に感謝する。本当にありがとう」
「いや、そんな……たまたま、当然のことをしただけで…………」
頭を下げられて、俺はどうするのが正解か見当もつかず、ただツブツブと中身のないことを言うしかなかった。
「ケイスケ様。こちらが私の父、シュトラウスですわ」
ティアラが俺にも紹介してくれた。俺が異世界から来たという審問会での言葉を、覚えていてくれてるのかもしれない。
ティアラが『王』とかでなく『父』という言葉を使ってくれたおかげで、俺の緊張は少し解けた。相手は王様かもしれないけど、同時にティアラのお父さんだ。どこにでもいる、普通の親と変わらない感情を持ってる。
子どもが無事でよかった――と。
「はじめまして、新原 佳助です。ティアラさんにはお世話になってます」
俺はお辞儀をして、今度はつらつらと流れるように言った。少なくとも、無難な挨拶としてはこれで過不足ないはずだ。
チラリと王様の顔を窺うと、優しい笑みを浮かべている。無礼なことはせずに済んだようだ。
すると、ティアラが横から楽しそうな顔をしてソソ〜っとにじり寄ってくる。
「お父様、ケイスケ様は、私の【コムレイズ】になってくださるの!」
「なんと! それはまことか!?」
声色に少しビックリしたが、どうやら王様は喜んでいるようだ。
「週2ですけどね」
俺はティアラに念を押す意味も込めて言った。
「構わないとも。王宮やティアラを守るのは王宮騎士隊の本領だ。今は王国全域の警備体制の強化で人員が不足しているとはいえ、国内有数の精鋭ばかりだから、心配はしておらん。
【コムレイズ】は本来、護衛のためという建前で、外の人間との交流が少ない王族の寂しさを紛らわす側近を集めるという制度なのだから。
ケイスケ殿は、ティアラの護衛ももちろんだが、何よりも娘の傍にいて、遊び相手になってほしい。ティアラには王位継承者としての公務もあるから、7日に2日というのも、存外ちょうどよいかもしれぬ」
なんだ、そういうことなのか。がっつりティアラを守るってより、つまりは退屈しのぎ要員ってわけだ。
「――ティアラ。早速ケイスケ殿を【コムレイズ】専用の部屋へ案内して差し上げたらどうだ?」
「まあ! そうですわね! さあ、ケイスケ様! 行きましょう! ケイスケ様には、ぜひ私の私室の隣の部屋へ来てほしいです!」
ティアラは三度俺の手を掴んで、さっき通ったばかりの扉へ引き返す。
「ケイスケ殿」
王様に呼び止められ、俺は振り返った。
「姫を…………我が娘を、よろしく頼む」
距離があって表情はよく見えなかったが、その声色は社交辞令的な挨拶で片付けるには重かった。
一方的に約束させるような力強い言葉。親父がいなくなる前日の記憶が、脳裏をかすめていった。
『もちろん、よろしくお願いしますわ!』とティアラは上機嫌に駆け出し、俺たちは広間を出ていった。
「――あれが【扉を開く者】か」
俺とティアラの去り際、王様の呟きが聞こえた気がした。




