表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/62

Tear of Tiara

 俺は2度目の異世界で、ヴァルス王国の姫ティアラの直属護衛隊【コムレイズ】に入らされることになりそうだ。

 ティアラの執事ルドルフとの模擬戦では、その実力差から絶対に負けて【コムレイズ】入りを避けられると思ったが、予想に反して俺はルドルフに一瞬だけ本気を出させる。異世界での俺は、なぜか本来より遥かに強い――。

 その後、王宮騎士隊のフレッド隊長を説得して、ティアラと直接話して俺の【コムレイズ】入りを取り下げてもらう協力をしてくれることになった。


「失礼します」


 フレッド隊長が、ティアラの私室の扉を開ける。中は、俺が最初に異世界へ来た時にいた部屋だった。

 ここでティアラを助けたのが今朝のことなんて、信じられないな……俺は思わず感慨に耽ってしまった。

 すると、真ん中のソファーに座っていた人影が立ち上がった。ティアラだ。振り返ると、長い髪の毛が川面のようになびいた


「あら、ケイスケ様! フレッド隊長も。ルドルフとの模擬戦はいかがでして?」


 快活な笑顔と声色。だけど、俺が今まで見聞きしたものとは違っていた。

 明らかに努めて張った声は、少し震えていて語尾も上ずったような不自然な余韻がある。

 それに、赤く腫れた眼――おそらく、俺たちが来るまで泣いていたのだ。ティアラは肌が白いから、よく分かる。


「……………………」


 言葉が出てこなかった。この部屋へ入る前、頭の中で組み立てた【コムレイズ】入りを回避する話運び。いかに自分がティアラ自身を守るのに相応しくないか。そういう諸々が、音もなく崩れていく。

 ティアラは、まだ俺や舞依と同じくらいの歳だ。強面の男3人に誘拐されそうになったら、泣いたり怖くなったりするのは当たり前だ。

 お姫様――そんな彼女と接して忘れそうになっていたけど、その実は他の大勢と変わらない女の子だ。


「――完敗でした」


 何も言えずにいる俺を見かねたように、フレッド隊長が言った。


「老齢のルドルフを相手に、手も足も出ません。王宮騎士隊長として見ても、姫様を傍でお守りする【コムレイズ】には、やはり不適格でございます」


 ティアラが息を呑むのが聞こえた。それは、なんとも痛切な響きだった。


「……で、でも、ルドルフは剣術の競技会でとても優秀な成績を修めています。そんな彼と比較するのは、あまりにもケイスケ様に不利ですわ。ケイスケ様は一般の方であるにも関わらず、暴漢3人をたった1人で撃退いたしました。まだ技術が足らなくても、きっと素晴らしい資質を――」


 まるで懇願するかのようなティアラの反論が、俺には聞いていて辛かった。

 どうしてそこまで俺にこだわるのかは分からないが、今の彼女を突き放すようなことを言うのは、キツい。

 でも、仕方ないんだ。俺は自分に言い聞かせた。俺は、帰らなくちゃいけない。悲しませちゃ、いけないから。


「資質とか、才能とか、そんなもの俺にはないです。お姫様が期待するようなものは、何もない。今朝のは、たまたまだ。俺にはお姫様を守れないし…………そもそも俺はあなたを守りたくない」


 絞り出した声が、ひどく冷淡に聞こえた。それでいい、そうなるよう喋ったつもりなのに………どうして、こんなに胸が痛いんだ。

 ティアラは、絶望を突きつけられたような顔をして、正直もう見ていられない。

 けど、耐えて直視しろ。どんなにお姫様が悲しんでも動じない冷酷な人間。そう思わせた方が、返って彼女も見限るのが楽だろう。


「どうして……ですの? お給料はお支払いしますし、おいしいごはんも食べられますわ。暖かくて寝心地の良いお部屋もご用意しますし、お休みだって……好きに取っていただいて構いませんわ。だ、だから――」


 今にも涙が溢れそうなほど潤んだ瞳を向けて、ティアラは俺にう。

 やめてくれ。俺は君が思うほど強くも、優しくもないんだ。何より、君のことも面倒見られるほど、余裕がない。

 俺は意を決した。はっきり、言おう。俺には君を守れない。俺は、君を守らない。


「――いい加減にしてくれよ」


 自分の声が、ティアラと同じくらい震えてる気がした。


「俺には16歳の妹がいる。両親はいないから、俺が面倒を見なきゃいけないんだ。

 今日だってバイトして生活費を稼がなきゃいけないのに、気がついたら異世界で、その上お姫様の護衛なんて無理なんだよ。

 今も妹は俺の帰りを待ってる。妹を悲しませるわけにはいかないんだ。だから……頼むから、俺を元の世界に帰らせてくれ」


 語気を荒らげて怒鳴り散らしたつもりだったが、俺の口調は案外、諭すように落ち着いていた。元々、感情を剥き出しにして口論、なんて向いてない。

 ティアラはよろめくように後退あとずさって、うつむいた。


「失礼いたしましたわ……私、ケイスケ様のことを考えもしないで、自分勝手なことばかり…………ごめんなさい…………」


 苦悶な表情は、彼女が懸命に我を圧し殺していることを告げていた。

 泣いてはいけない。自分が泣いたら、一番いけない――舞依と2人きりで生きてきた10年間で何回か見てきた顔だから、よく分かる。

 俺は心臓を捻られるような気持ちになりながらも、ティアラに背を向けた。


「――姫様、ご安心ください。このフレッド、必ずや姫様をお守りいたしますぞ! もう2度と、姫様をどこぞの賊になど指一本たりとも触れさせませぬ! 衣服や、姫様の吸われる空気さえも――」


 フレッド隊長が、励ますようにティアラに話しかける。俺はそれを背中越しに感じながら、ドアへ向かう。

 ティアラの声は、しない。涙を堪えているのか。あるいは、泣きながらも声を出すまいと唇を噛み締めているのだろうか。

 仕方がない、構うな――俺は自分に心の中で言い聞かせる。これでいいんだ。これで、舞依の傍にいられる。


「……………………」


 舞依を、女の子を悲しませない男になれ――。

 父さんに言われたことを、思い出したんだ。

 俺は、制止する心の声を振り切り、ティアラの方を向いた。


「――週2ならいい」


 俺の提案に振り返ったティアラは、目元に滲ませた雫が、ほろほろと頬を伝って流れ落ちていた。


「…………2日間【コムレイズ】の仕事をして、5日間休む。そしたら、また2日護衛する。それでもいいなら、やるよ。【コムレイズ】になる」


 ティアラはしばらくポカンとして、それからワァと花が咲くように笑った。


「ええ、ぜひ! むしろ私からお願いしますわ!」


 ティアラが駆け寄って、俺の両手を握り締める。あたたかい。これから、俺がこの温もりを守ることになるのか。

俺は、早くも安請け合いしてしまった自分のちょろさを、少しだけ憎く思った。

 そこへ、フレッド隊長が肩をいからせて俺に近づいてきた。


「おい貴様っ、話が違うではないか! 【コムレイズ】には入りたくないのではなかったのかっ!?」


 耳の奥が痺れるような声量だったが、ティアラはぴょんぴょん跳ねるように興奮していて、聞こえなかったようだ。よほど俺の【コムレイズ】入りが嬉しいらしい。


「…………泣いてる子を放っておけないでしょう」


 ごめんな、舞依。家で俺の帰りを待つ妹に、俺は想いをせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ