vs.フレッド隊長!?
俺はティアラの執事ルドルフと模擬戦を行い、圧倒的格上のはずの彼に、一瞬だけ本気を出させた。俺はこんなに強いわけないのだが――。
なぜか、俺がティアラ直属の護衛隊【コムレイズ】に入る話が実現へ向けて本格的に進み始めているのを止めるため、ティアラを直接説得することになった。
ルドルフに教えてもらった道順を頭の中で繰り返しながら、赤と金のカーペットが敷かれた廊下を歩く。
「2右、3左、2個上、左突き当たり……」
どの角を、どっちへ曲がるか端的に分かる言葉だけを、ひたすら思い浮かべる。
すると、最初の右へ曲がる角の手前で、フレッド隊長が腕を組んで壁にもたれていた。俺が近づくのに気づくと、こっちを見てゆらりと上体を起こす。
明らかに俺を待っていた――俺は覚悟を決めて、そのままフレッド隊長の横を通り過ぎようとした。
「待て」
やっぱり。呼び止められて、俺は大人しく振り向いた。ずいっと詰め寄られ、思わず後ずさりそうになったが、なんとか堪えた。
「貴様らの企みに気づいてないとでも思ったら大間違いだ。必ず尻尾を掴んでやるからな。姫様を貴様らには絶対に渡さん」
まだ疑っているようだ――本当、この人は俺のことが気に入らないらしい。多分、初めて会った今朝から、ずっとフレッド隊長の中の第1容疑者は俺なんだ。
俺は面倒くささや悲しみを覚えながら、フレッド隊長の目を直視した。
「誤解です。今朝のことは、本当にさっき話した通りなんです。この世界のことも、ティアラ姫様のことも知らなかった。ただ、ドアを開けたらなぜかあそこに――」
「まだそんな嘘をつくか! 某は騙されぬぞ。そんなものは誰もが子どもの頃に聞く御伽話だ。貴様は最初から姫様の恩人という立場を利用し、【コムレイズ】に入ることで更に接近しようと――」
俺の話に全く耳を貸さないフレッド隊長。【コムレイズ】――俺は、なぜだかその言葉に、とりわけ強く反応した。
「俺は【コムレイズ】なんか入りたくない。今からお姫様に断りに行くんだ。立候補してたんなら、喜んで譲るよ、隊長」
図らずも、少し興奮気味に語調が荒くなってしまった。くそ、なんか調子狂うな。
フレッド隊長は、目をぱちくりさせた。
「なっ……!? 【コムレイズ】を辞退する!? き、貴様ぁ! 姫様直々のご勧誘を無下にするつもりかぁ!」
こいつは俺に入ってほしいのかほしくないのかどっちなんだよ。
余計に苛立ちは募る。
「で、では何か他の目的があるのだな!? なにが狙いだ……王宮騎士隊への編入か!? それとも――」
「隊長、そんなに俺を疑うなら、むしろ協力してほしい。俺は【コムレイズ】に入りたくない。あんたも俺に【コムレイズ】に入ってほしくない。利害は一致してる」
俺は機転を利かせて提案した。フレッド隊長は思いもよらなかったのか、依然として呆気にとられている。
「し、しかし、ではなぜルドルフとの模擬戦に応じたのだ!? 【コムレイズ】入りを拒否するならば、あの場で断ればよかったのだ!」
「その模擬戦で完敗すれば、諦めてもらえると思ったんだ」
実際、本気でやっても手も足も出ず負かされるくらいの実力差が、俺とルドルフにはあったはずだ。
けど、そうはならなかった。俺は瞬間的にルドルフと互角以上の力を発揮し、僅かながら彼を怯ませた。
これは、本来なら決してありえない。完全に想定と違うルートを、俺は今辿っているのだ。
「考えてみてください。俺がもしお姫様を誘拐するなら、【コムレイズ】に入った方が見るからに得だ。でも俺は入りたくない。なぜなら、俺はお姫様を誘拐するつもりはないし、早く家に帰りたいからだ。
だから、俺のことが信用ならないなら、協力して俺をお姫様から遠ざけてくれ」
俺の説得で少しは考えが変わったのか、フレッド隊長は何か言い返そうと口をモゴモゴ動かし、鎧をガシャガシャ鳴らして廊下を行ったり来たりし出した。
やがて、フレッド隊長は石でも噛んでいるかのような顔で俺と向き直った。
「いいだろう……だがなぁ、姫様との謁見で少しでも妙な真似をしたり、失礼を働いてみろ。俺は貴様を殺すぞ」
腰に携えた剣に手を添え、威圧してくる。やっぱり、この人は凄むと怖い。伊達に王宮騎士隊長やってるわけだ。
最近聞いたような脅し文句を受けて、俺は『はい』とだけ答えた。それ以上いざこざがあっても面倒なので、再びティアラの部屋へ向けて歩き始める。
角を右に折れると、また長い廊下とあみだくじみたいないくつもの分かれ道が広がっていた。戸惑いながら一歩踏み出したところで、不安に負けて少し後ろで着いてくるフレッド隊長を振り返る。
「――お姫様の部屋、どうやって行くんでしたっけ」
訊ねると、フレッド隊長の厳格な表情が、一気に呆れたように緩むのが分かった。
「貴様…………そんなことも分からず姫様に会いに行こうとしていたのか」
「ルドルフに聞いたよ。でも、あんたに絡まれて忘れちゃったんだ」
フレッド隊長は溜め息をつきながら俺の前へ歩み出た。どうやら案内してくれるようだ。
「なるほど、考えたな。姫様の私室の場所すら知らない者が、誘拐など目論むわけはない、と。暴漢の仲間でないフリとしては、実にうまい演技だ」
でかい背中を追う俺に、フレッド隊長は振り向かず皮肉を言う。まだ疑ってるのか。
「でなければ、貴様は本当に姫様の誘拐に関与していないのかもしれぬな」
ボソッと。フレッド隊長は確かに呟いた。鎧の金属音が発した空耳の可能性もなくはないが、俺はハッキリ聞いた。
これは、まさか……俺が誘拐目的じゃないと信じかけてくれてるのか? そんな手応えに、俺はバレないように安堵した。胸の中から重りが外れたような感覚がする。
にしても、フレッド隊長もカッチコチの堅物ではなく、話せばちゃんと分かる人なんだな。俺は少し見直した。
「ここだ。入るぞ」
しばらく歩いて、フレッド隊長は突き当たりの部屋の前で俺に言った。白金に煌めく派手な装飾の扉は、なるほどティアラのイメージによく合っていた。
さて、どう断るか――俺は頭の中で、瞬時に【コムレイズ】に入らずに済むような話運びを考える。
フレッド隊長はドアを3回ノックし、声を張る。
「姫様。王宮騎士隊長フレッドにございます。ルドルフとの模擬戦を終えた、ニイハラ ケイスケも随伴しております」
「どうぞ」
中から可憐な声に許されて、フレッド隊長は扉を開けた。




