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君の手のひらで踊りたい。-解-  作者: 田邑綾馬


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そして、未来へ(二)

「やった!これ、飲めますかね?」

「まあ、見た目も匂いも大丈夫そうだね。どちらにせよ、私達には飲まないという選択肢はない」

「そ、そうですね」


 両手で水を掬い、一口含む。素直に、美味しいと思った。冷たくて、雑味がない。だけど少し泥臭くて、ちょっと草の風味。懐かしい味だ。

 十分飲める。そう判断し、麻耶さんにも勧めた。しかし持ち運べるよう容器など持ち合わせがないし、どうしたものか。私の所持品はスマートフォンと、社員証、右ポケットに飴が3つ。人類が滅んだ世紀末で、役に立ちそうなのは飴玉くらいだろうか。


 とりあえず、水が確保できてよかった。

 踵を返し、もう一つの目的地へ向かう。


「どこへ行くんですか?」

「アンチクトン」

「あっ、佐藤さんの店ですよね?」

「そう。あそこも、まあ、調理器具とか多いしね、一応」

「ちょうど今日、松下さん達と行きましたよ。門残払い気味でしたけど、佐藤さん、憩さんに連絡してくれたんですね。だから憩さんは私と会ってくれる気になったんですよね?」

「うーん」

「うーん?」

「そういうことにしておこうか。佐藤さんにも、まあ一応、貸しがあるから」

「貸し?」

「佐藤さんは、私(・)に生きる目的をくれたひとだから。佐藤さんがいなければ、私は今ここにいない」


 この台詞を聞いて、麻耶さんはこれまでで一番の笑顔になった。ぱあっと、花が咲くが如く晴れやかな笑み。

 ああ、この子はとても素直で、清らかだ。私の言葉をそのままの意味で受け取っている。だから、少し意地悪したくなった。


「生きる目的をくれたひと。麻耶さんにとって、それが久美さんなのかな」


 すると、彼女の表情はたちまち曇り、悲しみへと変わる。我ながら底意地が悪いと思うが、胸はちっとも痛まない。だって、事実だし。


「久美さんは冤罪じゃない、自らの手で人を殺した。刑務所から出すことは出来ないよ」

「わ、分かっています。でも、殺害動機は全く違う」

「それって大した問題かな?殺害したという事実に変わりないし、犯人の捕まった殺人事件に世間はもう関心がない。掘り起こすのは逆に久美さんの心を乱し、負担になるだけかもしれない」


 ああ、今まさにオモイカネは麻耶さんの身を案じて乱心していることだろう。私が麻耶さんを誘拐し、人質に取ったとでも考えるかもしれない。黒猫のケトあたりがそんな意地悪い妄想をしていそうだ。


 私の発言に、悲しみの表情から怒り顔へ変わる彼女を見て、そんな顔も出来るのかとつい笑ってしまった。

 声を上げて笑ってしまうと、今度はむくれっ面になって彼女は言う。


「な、なんで笑うんですか」

「いやあ、久美さんは幸せ者だなって。こんなに必死に身を案じてもらえて」

「当然です。私のせいで、久美さんはあいつを・・・」

「自分のためだよ」

「え?」

「守れなかった自分が許せなくて、彼女自身がそいつを許せなくて、そうした。だからそこまで気にしなくていいと思う」

「・・・やっぱり、駄目なんですね」

「その結論は、元の時代に戻れたらにしましょう」


 しばし続いた沈黙の後、旧アンチクトンに到着した。例に漏れず草に覆われた瓦礫と化し、二階と一階の店内部分は跡形もなく姿を消している。・・・が、敷地奥の一角だけが倒壊せず残っていた。四方をコンクリートに囲われたそこは洞窟のような形状をしており、広さは12畳ほど。ツタのカーテンを潜ると、中には驚きの光景が。


「えっ、えっ、人、いたんじゃないですか!?テーブルや椅子、クロスまで残ってますよ!」

「本当だね」

「あっ、銀のポットがある!これで水持ち運び出来そう!テーブルクロスを包みにして鞄にしましょう!あ、でも、私達以外に生存者がいて、これを勝手に持っていったら怒られるかな」

「大丈夫じゃない?こういう時は助け合いだもの」


 これらを使っていたのは神々だ、怒るはずもない。複数の神々が出入りし、使用していたから丈夫な空間と物質に変化しただけ、最近ここへ誰かが出入りしていた様子はない。


 割れたティーカップを拾い上げ、瞼を伏せる。ああ、これは年代もののティーカップで、すごく高いのに。私(・)がこつこつ収集した一点物だ。

 他、かろうじて使用可能なティーカップやフォーク、ナイフなどを収集しながら辺りを観察する。神が住んでいた場所でも、やはり隕石の威力には負けるらしい。神が直接宿った人間の肉体ですら電車の衝突に耐えられないのだから当然か。


「あっ、これ、ロウソクとチャッカマンじゃないですか!?」

「お、ラッキー」


   この部屋が神々専用の会議室で、明かりはロウソクのみだったことを私は知っている。彼らもたまには役に立つものだ。

 文明機器を回収し、さてこれからどうしたものかと頭を悩ませる。空は黄昏に染まり、そろそろ漆黒の闇が来る。今日の夜を越す場所は、さしずめ風を防げるここで良いだろう。


 今日はここで野営しようと提案しながら、そこらに群生していたイタドリを折って口に運ぶのを見て、麻耶さんが目を大きく張って驚きの声を上げる。「えっ」と。なおも私はもしゃもしゃ口を動かし続ける。もう一本、なるべく柔らかそうなイタドリを折り、麻耶さんへ差し出す。


「イタドリは食べれるよ。生の食べ過ぎはよくないけど、緊急事態だから。水分補給にもいい」

「お、美味しいですか?」

「飢えるよりマシでしょ」


 恐る恐る受け取って、恐る恐る口にする。嘘の吐けない彼女の顔が”不味い”と言っている。けれど文句は言わず、苦悶の表情で一本食べ切った。なかなか見込みのある子だ。

 そのご褒美と言ってはなんだが、ポケットから飴玉を取り出し、3つのうち2つをあげた。


「い、いいんですか?」

「うん。ここぞと言う時、大切に食べてね」

「一個でいいです、憩さんのなんですから」

「大丈夫。私(・)、飢えるのに慣れてるから」


 困惑する麻耶さんに微笑み返し、イタドリに手を伸ばす。野草もきのこも、食べられるか否かは実践して知っている。それで死にかけたことが何度かあるし、実際に一度死んだ。昆虫を口にしたこともあったようだ。


 ”ようだ”、というと、実体験しているのに可笑しな表現だが、神の涙を呑む前と後の『私』は少し状態が異なっている。橋本優子の記憶、三上栞の記憶、小郡環の記憶は確かにあって、優子以前のものもあるが、それは他人の記憶を覗き見しているような感覚で、自身の身に起きたこととは感じられない。だからこそ、冷静に過去の私(・)と向き合い、客観視できている。


「これからどうなるんでしょう。と言うか、どうしましょう」


 大事そうに飴玉をポケットにしまい込みながら、ぽつり、か細い声で麻耶さんが呟いた。当たり前であるが、相当心細いのだろう。


 旧神の間にある椅子を外へ引っ張り出し、埃や砂利を手で払ってやり、座るようジェスチャーする。並んで座り、沈みゆく太陽を眺めながら、これからの話をした。


「とりあえず、自宅に戻ろうと思う」

「憩さんの?」

「うん。うちの裏庭には、半地下がある蔵があってね、大きくはないんだけど石造りで頑丈なの。そこに防災品を常備してる。どうなっているか分からないけれど、他に当てもないし、可能性は潰しておきたいから戻ろうと思う。まあでも世田谷の端の方だから相当歩く。麻耶さんはどうする?麻耶さんの自宅に戻る?おうちどこだっけ?」

「い、一緒に行きます!この状況でバラバラはあり得ないです。ちなみに自宅は大宮で、徒歩は無謀です」

「よし、じゃあ明日は歩くぞ~」

「足、ヒールで大丈夫ですか?」

「明日までにヒール割って布巻き付けとくね」

「ワ、ワイルドですね」

「割とね」

「しかし、どうすれば過去へ戻れるんでしょう。戻ったとして、隕石墜落が事実ならそれをどう信じてもらえばいいんでしょう」

「信じてくれるひとたちがそれなりにいるからその点は問題はないと思う。問題は隕石落下をどう防ぐか、どうやって過去へ戻るか」


 隕石落下について、人間はもちろんだが、神々もただ大人しく衝突を待っていたとは考えにくい。衝突時、彼らはどうしたのか。ただ人間のすることを見守っていたのか、それとも少しくらい手を貸してやったのか。人類滅亡後、神々は高天の原へ戻ったのか。


 そもそも、隕石墜落の原因はなんだったのか。隕石を落としたのが神である可能性も無くはない、などと考察していると、夜の帳が落ち、辺りはゆっくり暗闇に包まれていく。完全に沈み切る前に、回収しておいた変形しているロウソクに火を灯す。


「まだ現代人にとっちゃバリバリ起きてる時間だけど、緊急事態なので早く休みましょう。麻耶さんが寝たらロウソクは消すよ、貴重な灯りだから節約しなきゃね。だから早く寝て」

「は、はい。おやすみなさい」


 にっこり笑顔を添えて言ったけれど、麻耶さんは顔を引き攣らせていた。そして椅子を繋げてそれを簡易ベッドとし、身体を縮こませながら横になった。すぐに入眠するのも熟睡することも難しいだろうが、横になって目を閉じれば体力の少しは回復し、精神も落ち着く。それに地べたではなく布張りの椅子の上に横になれるだけ彼女は幸せ者だ。ロウソクだって贅沢だ。


 見上げると、爛々と輝く星と、神々しい小望月《こもちづき》が空を飾る。ロウソクの灯りがなくとも、十分だと感じる光量に、私は火を吹き消した。


 そうだ、あの日も、満月には少し足らない月だった。

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