4-9 アラクネと会話
セルジオの淫靡の森に空から向かう。地表すれすれを音速近くの速度で飛んで向かうと、然程時間はかからなかった。
「確かに、砂漠の中にぽつんとあるこの森の形、淫靡だね。納得(でも誰得?)」
森の中に飛び降り、辺りの気配を探る。この森の中のどこかにいる、という情報が本当ならすぐ見つかるはずだ。それ程ここは広くない。実際、ここに着地した瞬間から誰かに見張られている様だ。
「どうやら僕は招かれざる客の様だね」
「言葉は通じないか…仕方がない。僕は君たちと敵対する気はないんだけれど、自衛のために撃退させてもらうよ」
僕は【雷撃】を繰り出し相手を気絶状態にさせていく。上手く頭部に当てないと、何度でも喰らいついてくる厄介な敵だ。
森で暴れていると、中央の方から大きな気配が近づいてくるのが分かった。配下をやられて、御冠と言った所だろうか?
「貴方、私の森で随分暴れてくれたじゃない…。覚悟はできているんでしょうね」
「しゃべれる魔物…?!」
「高位の魔物は大抵話すことができるわ。そんなことも知らずにここに来るなんて、貴方の命運もお終いね。私の繭の中でゆっくりと泡沫の夢でも見ればいいわ」
「僕は、まだ負けるわけにはいかない」
「その意志はどこまで続くのかしら…?」
完全に孤立して囲まれてしまっているこの状況、不利だと言わざるを得ない。しかも、上を取られている為空からの脱出を試みることもできない。地面を掘るのにも、木の根が邪魔をして物凄く時間が掛かりそうだ。どうやら僕が生き残るのにはこの大量の敵を全て薙ぎ倒すしかなさそうだ。
「雷撃をこれだけ打ったのは久しぶりだよ…」
「その程度の攻撃では、私には全く効果がありませんよ…確かに私の子供たちを気絶させることができる位の威力はあるようですが」
僕の服装は粘液塗れだ。戦えば戦うほど動きが鈍らされていく。負のスパイラルが始まった。このままだと不味い。何か弱点を突かなければ、僕に勝ち目はなさそうだ。
「まだ練習中なんだけど…【雷斬り】で切り刻んでやる。覚悟してもらうよ」
「今まで手加減していたと?私も舐められたものです」
万力に魔法障壁を纏わせ剣を作り、電子銃を撃ち牽制しつつ切りかかる。アラクネの6っ本の足が悉く攻撃を防ぐ。
「まだまだですね。貴方の攻撃は人間には十分通用したのかもしれませんが、魔物には全く通用するレベルに達していませんね。甘すぎます。その報いを受けなさい」
僕はアラクネの鎌の一撃で右手を完全に切り飛ばされた。綺麗だとまで思ってしまったその斬撃は無惨にも僕の体から血を噴出させる。余りにも綺麗に切られたもので、一瞬何が起こったのか理解できなかったほどだ。僕は右手を押さえ、出血を止める。魔法障壁で切断面を焼き、完全に血が出ないようにする。
「くっ、ここまでか…できることはした。僕に悔いはない」
「ふふっ、諦めるのですか?では、予告通り貴方は繭にさせて貰いますよ。最後の夢を楽しみなさい」
僕は完全に頭から足まで虹色の糸に包まれることになった。
「さて、この男がどんな夢を見ているのか、私も一緒に覗き見させてもらう事にしましょうか。ここでの楽しみといえば、たまに来る人間を甚振る位の物なのですから、愉しまないと損です」
人間は死に瀕した時走馬灯を見るという。今見ている夢は、催眠効果のある繭のの効果によって、自らの最も望む姿が映し出されることになる。
「成程、領主として皆と笑って経営ですか…。素晴らしい夢でしたわ。そして彼がここに来た理由は、私の糸という訳ですか…。とんだ高望みでしたね…」
(しかしこの美貌、もう少し夢を見させてあげましょうか…私の眷属達も誰も殺さなかったようですし…)
僕は長い長い夢を見ていた。とても幸せで、皆に囲まれて人生を終わる夢だ。
「僕は死んだはずじゃ…確か皆にお別れを言った気がする。何故まだ生きてるんだろう」
「クスクス。貴方は私の森の中でずっと囚われていたのよ。愚かで馬鹿な人ね。何処か憎めないところはあるけれど、所詮人間、劣等種であることに違いはありません」
「それなら、何故僕を捕食しなかった?容易なことだっただろう」
「一つ聞きたいことがあったの、捕食する前に。貴方、私の糸が目当てだったんでしょう?無事に手に入れられると思ったの?」
「うん、倒せるかなとは思ってた。自惚れていたよ」
「貴方の夢を見させてもらったわ。余りにも平凡でつまらない一生だったわ。貴方、野望という物はないの?」
「僕は領地を繁栄させたい、そう願っただけ。それがいけないことかな?」
「小さな夢ね。でも悪くない夢だったわ。でも普通は夢の中では物凄い力で世界を征服してみたりするものよ。野望のない夢なんて、久しぶりに見たわ」
「質問には答えただろ…さあ、止めを刺せよ」
「気が変わったわ…貴方はまだ死ぬのには早すぎる。野望というものを知ってから出直してきなさい。既に代金は頂いているわ」
「(代金?僕の右腕の事か…)本当に帰ってもいいのか?」
「早く帰らないと私の気が変わるわよ。それと、今度来るときは人間社会に蔓延っている娯楽用品を持ってきなさい。ここにいると楽しみが少なくって暇なのよ。娯楽用品が気に入ったら、糸と交換してあげてもいいわ」
「ありがとう、君の心変わりが起こらないうちに帰らせてもらうよ」
僕は早々に魔法障壁を展開させて翼を作り【風撃】で風を起こして上へと飛び立つ。手足は縛られていて動かなかったが、飛行することに支障はない。
「天使…いえ、あれは人間、人間の筈よ。でも虹の天使みたいね。次来るのは何時かしら」
私は彼が遠くに去り小さくなって見えなくなるまで見守っていた。
「彼の前に来た野望なき人は、何百年前だったかしら。それとも何千年?随分前の話だったのは覚えてる。彼の夢はこじんまりとした家業を継いで暮らすこと。そんな小さな夢を大きな野望だと言い張るんだもの、滑稽な人だったわ。あれ以来、私が逃した人間はいないわ。人間を捕食し続けて様々な夢を見てきたけれど、…本当に長い年月が過ぎたものね」
私は数千年前に生きたアラクネの個体とは違う。夢を見るという能力を通じて代々受け継がれていた記憶が私をまるで数千年生きているように錯覚させているだけだ。けれどあまりにもリアルなので、不滅であるようにさえ思える。
「過去の夢を見ながら、少し眠りましょうか…憂愁の念にとらわれてしまったようです」
私は彼から剥ぎ取ったマントに身を包み、ゆっくりと目を閉じる。彼は野望がないといったけれど、きっとこのままでは彼の領地経営は失敗するだろう。
人間は思ったよりも欲深いものだ。繁栄した領地を見れば、隣国がこぞって攻めてくる。自国だって信用できないだろう。そんな攻撃から守り切れるとは到底思えない。魔道人形が使う技術も彼の領地だけの物ではないのだ。ワッカー国にも脅威となる技術がある。だからこそ国として存続できている訳だ。
「この儘だと確実に彼の夢は実現しないだろうな…口惜しい。何とかならない物かな」
私は、彼に付けて行かせた蜘蛛と視界を共有してみることができる。その蜘蛛を通して、彼のこれからを見守ることにした。いい暇つぶしになるし、なにかいい方法が思いつけば手を貸してあげたい。その一歩として、私は一匹の蜘蛛から始めることにしたのだ。
「あれ、森から蜘蛛が一匹ついてきたのかな…。珍しいな。お前の名前はst14589386にしよう。暗号名みたいでかっこいいな」
いつの間にか、不名誉な名前で瓶の中で飼われることになってしまったが…。諦めることにした。
アラクネ、最強…か?
片腕を失うタークス
大丈夫なんでしょうか




